佐世保重工業の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

設備の持ち主も資本の持ち主も、この造船所の外で決まってきた。旧海軍工廠の施設を国から借りていた1952年4月までは新造船の建造そのものを禁じられ、何を造るかは自社の外にあった。二度の払下げで1962年5月に施設が社有財産になると、同年10月には世界最大の13万2,334重量トンのタンカー日章丸を竣工させ、1969年に修繕用の第3ドックを18万総トン、1973年に建造用の第4ドックを22万5,000総トンへ広げている。資本の側も1956年の大洋漁業から1977年の来島どっくへ移り、1978年6月には退職金83億円の3分の1を個人で保証した坪内寿夫氏が社長に就任した。7,100人だった従業員は1980年9月に3,448人となり、同年11月に3年ぶりに黒字化している。

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