スペースジェット開発中止(2023年・三菱重工業の決断)

更新:
論点 巨額の追加資金を投じて開発を続けるか
三菱重工業:業績の推移
売上高(億円)税引前利益率(%)
国産ジェット旅客機の事業化断念と、民間機開発からの撤収

何をなぜ決めたか:国産ジェット旅客機の事業化断念と、民間機開発からの撤収

概要

2023年2月7日、2022年度第3四半期決算の説明資料で、立ち止まりとしていたSpaceJet M90の開発活動を中止すると公表した経営判断である。開発再開に足る事業性を見出せないとしたもので、開発を担った三菱航空機は同年4月25日付でMSJ資産管理へ商号を変更し、2024年3月31日付で解散を決議した。

背景

三菱航空機は2008年4月に営業を開始し、リージョナルジェットの開発に入った。2015年11月に初号機が初フライトに成功したものの、量産初号機の引き渡し予定時期は延期が重なり、2020年2月には2021年度以降となる見通しを公表した。関連資産の減損はこれに先立つ2018年3月期から続いていた。

内容

中止の理由に挙げたのは4点であった。技術開発の長期化で一部の見直しが要り脱炭素対応も必要なこと、海外の製品パートナーから必要な協力を確保するのが困難と判断したこと、北米でスコープクローズの緩和が進まずM90では市場に適合しないこと、型式証明の取得にさらに巨額の資金を要し事業性が見通せないことである。

含意

事業用資産は2020年3月期に全額を減損し、以後に取得した資産も取得時に減損していたため、中止を決めた2023年3月期の損失は連結で5,869百万円にとどまった。減損は2020年3月期に176,073百万円、2021年3月期に80,599百万円を計上している。航空・防衛・宇宙セグメントは関連費用の減少で2022年3月期に黒字へ転じており、2023年3月期からはSpaceJetを報告セグメントから外した。防衛関連製品の増加で2025年3月期の売上収益は1兆306億円へ伸びている。

いつ何が起きたか 7件
当時の取締役 12名

当時の取締役(2022年6月株主総会決議)

考察:損を確定させてから、幕を引いた
考察

考察:損を確定させてから、幕を引いた

撤退の重さは、中止を決めた期の損失にはほとんど表れていない。2023年3月期に計上したSpaceJet事業の損失は連結で58億円にすぎず、その手前に2020年3月期の1,760億円、2021年3月期の806億円という減損が置かれている。量産初号機の引き渡し時期を見通せなくなった時点で事業用資産を全額落とし、以後に取得した資産も取得時に落とす処理を続けていた。会計の上では、この事業は中止を決める3年前にすでに終わっていたことになる。損を先に確定させたことが、あと一歩という心理から判断を切り離す助けになったと思われる。

もっとも、会社が並べた中止の理由を読むと、話は資金だけではない。海外の製品パートナーから必要な協力を確保するのが困難と判断したこと、北米でスコープクローズの緩和が進まずM90では市場に適合しないとしたことは、機体を仕上げる力ではなく、旅客機を売る側に立ったときに要る条件が揃わなかったことを指している。反省点に挙げたのも、型式認証プロセスへの理解不足と、長期にわたる開発を継続して実施するリソースの不足であった。3,900時間を超える試験飛行を安全に終えた技術の到達点と、産業として旅客機を成立させる条件との隔たりは、次期戦闘機への知見活用という形でしか回収されていない。

Yutaka Sugiura, 2026年7月
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図と表

三菱重工業:SpaceJet事業に係る損失の計上額

減損損失(百万円)開発の減速・中止に伴う損失(百万円)
三菱重工業:SpaceJet事業に係る損失の計上額
(百万円) 減損損失開発の減速・中止に伴う損失 備考
2018年3月期 102,237− IFRS移行日(2017年4月1日)には427,067を利益剰余金で調整している
2019年3月期 68,044− 翌期の有価証券報告書ではIFRS第16号の遡及適用後の58,386を示す
2020年3月期 176,073− 引き渡し時期を見通せなくなり、事業用資産を全額減損した
2021年3月期 80,59941,109 減損のうち47,950はSpaceJet事業へ配分したのれんである
2023年3月期 −5,869 開発活動の中止を公表。連結の「その他の費用」に計上した
出所:三菱重工業 有価証券報告書 2018年度(2019年3月期)〜2023年度(2024年3月期)(非金融資産の減損、その他の費用)
出所:三菱重工業 有価証券報告書 2018年度(2019年3月期)〜2023年度(2024年3月期)(非金融資産の減損、その他の費用)

三菱重工業:航空・防衛・宇宙セグメントの推移

売上収益(百万円)事業損益率(%)
三菱重工業:航空・防衛・宇宙セグメントの推移
(百万円) 売上収益事業損益 備考
2018年3月期 718,303△63,558 日本基準からIFRSへ移行した期。翌期有価証券報告書のIFRSの数値
2019年3月期 677,577△37,469 MRJ開発費用の減少により事業損益は260億88百万円改善した
2020年3月期 704,985△208,792 SpaceJet関連資産の減損により事業損益は1,805億61百万円悪化した
2021年3月期 702,109△94,841 減損損失額が減少し、事業損益は1,139億50百万円改善した
2022年3月期 605,29220,050 SpaceJetを含む区分での最後の期。関連費用の減少で黒字に転じた
2023年3月期 619,44239,981 SpaceJetを報告セグメントから除外し、前期を修正再表示している
2024年3月期 791,54772,692 防衛力の抜本的強化の方針を受け、受注高は前期比194.0%増加した
2025年3月期 1,030,64699,984 飛しょう体や防衛航空機等の増加で30.2%の増収となった
出所:三菱重工業 有価証券報告書 2018年度(2019年3月期)〜2024年度(2025年3月期)(経営成績の分析、セグメント情報)
出所:三菱重工業 有価証券報告書 2018年度(2019年3月期)〜2024年度(2025年3月期)(経営成績の分析、セグメント情報)

三菱重工業:三菱航空機(現MSJ資産管理)の資本金と債務超過額

債務超過額(百万円)
三菱重工業:三菱航空機(現MSJ資産管理)の資本金と債務超過額
(百万円) 資本金債務超過額 備考
2018年3月期 50,000110,046
2019年3月期 135,000− 資本金が増加し、この期の有価証券報告書に債務超過の注記はない
2020年3月期 135,000464,658
2021年3月期 500555,948 資本金を500百万円へ減らしている
2022年3月期 500564,747
2023年3月期 500576,424 2023年4月25日付でMSJ資産管理へ商号を変更した
2024年3月期 500640,640 2024年3月31日付で解散を決議し、議決権の所有割合は94.9%
出所:三菱重工業 有価証券報告書 2017年度(2018年3月期)〜2023年度(2024年3月期)【関係会社の状況】
出所:三菱重工業 有価証券報告書 2017年度(2018年3月期)〜2023年度(2024年3月期)【関係会社の状況】

開発中止の条件

開発中止の条件
科目 概要 備考
中止した対象 SpaceJet M90の開発活動 立ち止まりとしていた開発活動。旧称は三菱リージョナルジェット(MRJ)
中止の公表日 2023年2月7日 2022年度第3四半期決算の発表と同じ日に、決算説明資料で公表した
引き渡し延期の公表 2020年2月 量産初号機の引き渡し予定時期が2021年度以降となる見通しを公表
開発活動の減速の公表 2020年10月 民間航空機市場の不安定化等を踏まえ、開発活動を減速すると公表した
中止の理由 開発再開に足る事業性を見出せず 技術開発の長期化、パートナーの協力確保、北米市場への適合、資金の4点
型式証明 未取得 取得にさらに巨額の資金を要し、市場環境では事業性が見通せないとした
北米市場の制約 スコープクローズの緩和が進まず 労使協定による機体サイズ等の制限。M90では市場に適合しないとした
試験飛行の実績 3,900時間超 安全トラブルなく遂行したことを、開発により達成できたことに挙げた
会社が挙げた反省点 型式認証プロセスへの理解不足 長期にわたる開発を継続して実施するリソースの不足も併せて挙げた
2020年3月期の減損損失 176,073百万円 引き渡し時期を見通せなくなり、事業用資産を全額減損した
2021年3月期の減損損失 80,599百万円 うち47,950はCRJ事業の取得で認識しSpaceJetへ配分したのれん
2021年3月期の減速関連損失 41,109百万円 「SpaceJet開発減速に伴い想定される各種関連損失」として計上した
中止の期の損失(連結) 5,869百万円 2023年3月期。その他の費用に「SpaceJet事業に関する各種損失」で計上
中止の期の損失(単体) 5,949百万円 開発中止に伴い想定される各種関連損失3,840と貸倒引当金繰入等2,108
残る資産の帳簿価額 なし 2020年3月期に全額減損し、以後に取得した資産も取得時に減損した
報告セグメントの扱い 2023年3月期から除外 損益は「全社又は消去」へ移し、前期のセグメント情報を修正再表示した
開発を担った子会社 三菱航空機株式会社 名古屋市港区。議決権の所有割合は86.9%で、資本金は500百万円
子会社の商号変更 2023年4月25日 MSJ資産管理株式会社へ変更。本店も東京都千代田区へ移した
子会社の債務超過額 576,424百万円 2023年3月末時点。2024年3月末は640,640百万円に拡大している
子会社の解散 2024年3月31日付で決議 今後、清算手続きを実施する予定であると有価証券報告書に記載した
中止後の取組み CRJ事業と次世代技術への活用 海外OEMとの提携深化、次期戦闘機への知見活用、愛知の設備活用
出所:三菱重工業「2022年度 第3四半期決算説明資料」2023年2月7日 / 三菱重工業 有価証券報告書 2019年度(2020年3月期)〜2023年度(2024年3月期)【関係会社の状況】【非金融資産の減損】【その他の費用】
当時の取締役 12名

当時の取締役(2022年6月株主総会決議)

参考文献

参考文献

参考
  • 三菱重工業 決算説明会資料「2022年度 第3四半期決算説明資料」
  • 三菱重工業 適時開示「2022年度 第3四半期決算概要」
  • 三菱重工業 有価証券報告書「2022年度(2023年3月期)【関係会社の状況】、その他の費用、報告セグメントの変更」
  • 三菱重工業 有価証券報告書「2019年度(2020年3月期)、2020年度(2021年3月期)【非金融資産の減損】」
  • 三菱重工業 有価証券報告書「2018年度(2019年3月期)【非金融資産の減損】」
  • 三菱重工業 有価証券報告書「2023年度(2024年3月期)【関係会社の状況】」
  • 三菱重工業 統合報告書「MHIレポート2016」
  • 三菱重工業 決算説明会 質疑応答「2023年度 決算説明会 主な質疑応答」

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