四本潔
川崎重工業・元取締役社長
社長就任 1969年
生年月日 —
学歴 京都帝国大学工学部
出自 —
社長就任までの出自
社長に選ばれた経緯
抜擢
1968年1月に砂野仁氏から合併を持ちかけられた際、四本氏は川崎車輌をどうするかと問い返し、上田将雄氏の同意を取り付けた。1968年12月に川崎重工業の取締役、合併と同じ1969年4月に取締役副社長となり、同年11月に砂野氏の後任として7代社長に就任している。吸収された側の社長が存続会社の社長に座る人事であり、合併前の1968年10月期に875億円だった単体売上高は、合併後初の通期にあたる1970年3月期に2,159億円へ増えた。
在任中の主な施策
施策
合併初期の5か年計画は3社の融和を主眼に置いたため、経営資源の配分は総花的にならざるをえなかった。1971年度からは重点主義へ改め、船舶とプラント・エンジニアリングに加えて自動制御装置・産業ロボット・NCマシンなどの省力化機械を重点部門、航空機・海洋開発・大型土木建設機械・原子力を戦略部門に置いた。1975年度には1970年度実績2,461億円の2.54倍となる6,264億円の売上高を掲げたが、実績は4,901億円にとどまる。1971年4月に播磨工場を開設し、1972年4月には汽車製造を合併した。
在任の評価
評価
執筆予定
経歴 1969〜1976年
在任中の業績
就任前-
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-