山洋電気の決断社史:経営の意思決定を振り返る

更新:

決断

最大の顧客が回転機を捨てた年に、次の主力になる回転機を作り始めた。1963年春、電電公社が電源の静止型への移行を基本方針に据える。総売上の50パーセントを作る上田工場は、その半ばが公社の受注だった。同年12月に研究部を技術開発部へ改め、1964年2月に静止型製品の第一号を納めた。並行して1965年秋、提携先の米IMC社の薄型冷却ファンを改良した国産品の生産を東京工場で始めた。厚さ38ミリのこの製品はSan Aceと名づけられ、1979年に国内シェア30パーセントを確保する。同じ時期にステッピングモータが米IBMに採用され、生産の95パーセント以上がIBM向けとなる。静止型は電源として作り、行き場を失った回転機を冷却と位置決めへ移したことが、現在の3つのカンパニーを分けた。

免責事項およびポリシー