創業は1961年の株式会社化よりさらにさかのぼる。1943年4月、後の社長・西本貫一氏が和歌山市で個人経営の写真館『報国写真館』[1]を開業したのが出発点である。写真店の現場で感じた改善課題から、1951年に現像・定着を終えた印画紙の水洗い工程を自動化する『写真印画自動水洗機』を発明し[2]、これを足がかりに写真処理機器の開発へ相次いで乗り出した。1956年6月には有限会社ノーリツ光機製作所を設立し[3]、写真処理機器メーカーとしての事業基盤を整えた。個人商店の写真館主が自ら機械を発明してメーカーへと転身していく過程は、後の有価証券報告書が記録する1961年の株式会社化に先立つ、18年間の助走期間だった。
1961年11月、創業者の西本貫一氏が和歌山市にノーリツ鋼機を設立[4]した。資本金300万円、有限会社ノーリツ[5]光機製作所からの組織変更による株式会社化である[6]。同月、基幹現像所用の白黒フィルム自動現像機『RF-20E』の販売を開始し[7]、写真処理機メーカーとしての主力事業を立ち上げた。当時の日本では一般消費者が町の写真店でフィルムを現像・プリントに出す習慣が広がり、街中の現像所(DPE店)への業務用自動現像機の供給は、戦後復興期から高度成長期へ移行する写真産業の中で拡大していた領域だった。1964年7月には基幹現像所用カラーフィルム自動現像機『RF-C1[8]』の販売を開始し、白黒からカラーへの市場移行に対応する。1970年代に入ると、カラー写真が普及して町の写真店の現像処理量が膨大となり、機械の処理能力・自動化への需要が一段高まった。
1976年6月、ノーリツ鋼機は『QSS-1型ミニラボ』を開発する[9]。QSS(Quick Service System)は、フィルム現像からカラープリント仕上げまでを店内で45分以内に処理[10]する、現像からプリントまでを一台に統合した機種で、従来は外部現像所に送って数日待つ必要があったプリント受領を、その日のうちに完了できる仕組みを店内に持ち込んだ。1979年3月にはコンピュータ搭載の『QSS-2型』を完成させ[11]、発色制御の自動化を可能とする世代進化を果たした。QSSミニラボは町の写真店(DPE店)に直接設置できる小型・高速処理機として、世界中の写真小売店から熱狂的な支持を受け、ノーリツ鋼機を世界トップシェアの写真処理機メーカーへと押し上げる主力製品となる。創業者の西本貫一氏は社内で在任中90歳で逝去するまで第一線で経営を指揮し続けた人物で、QSSミニラボの世界戦略を直接主導した。
1978年12月、米国に NAC Corporation[12](後の NORITSU AMERICA CORPORATION)を販売会社として設立し、北米市場へ参入する。出資比率100%の完全子会社で、QSSミニラボの北米普及を直販体制で進める拠点立ち上げである。1980年1月にはイギリスに NORITSU (UK) LIMITED を出資比率50%(1988年1月に100%子会社化)で設立[13]し、欧州市場へ参入する。1981年12月には NORITSU (UK) LIMITED の子会社として Noritsu Deutschland GmbH を設立し(1982年10月にノーリツ鋼機100%子会社化[14])、ドイツ市場に進出。1984年6月には香港に NORITSU (FAR[15] EAST) LIMITED を設立して中国・東南アジア市場の入口を確保し、1985年3月にはブラジルに NORITSU DO BRASIL LTDA.、同年8[16]月にはシンガポールに NORITSU SINGAPORE PTE LTDを設立して、南米・東南アジアへの拠点配置を完成させた。1980年代前半に米州・欧州・東南アジア・南米へとほぼ毎年新拠点を設立する展開速度は、当時の日本企業としても異例の積極性で、QSSミニラボの世界シェア獲得に向けた直販ネットワーク構築の本気度を示している。
1985年8月には和歌山市梅原に本社工場が完成し、生産拠点を集約[17]する。1989年7月にはフランスに NORITSU FRANCE E.U.R.L.、同年10月にはオーストラリアに NORITSU KOKI[18] AUSTRALIA PTY. LIMITED を設立して欧州・オセアニアの拠点網を補完した。1980年代後半までに、北米・南米・欧州主要国(英・独・仏)・東南アジア・オセアニア・中華圏のほぼ全市場に直販子会社を配置する体制が完成しており、QSSミニラボは『写真現像機の世界標準』としての地位を占めた。1996年2月、大阪証券取引所市場第二部に上場し[19]、資本市場デビューを果たす。1997年9月には大阪証券取引所市場第一部に指定され、同年11[20]月には東京証券取引所市場第一部にも上場する。1980年代の海外展開の成果が業績として現れた1990年代後半に、資本市場での評価も定着した節目である。当時のノーリツ鋼機は、QSSミニラボのワールドワイドシェアで首位、フィルム時代のグローバル写真産業の不可欠なインフラ供給企業として首位を維持した。
2000年代初頭に状況は劇的に変化する。デジタルカメラの普及で、消費者がフィルム現像を町の写真店に出す習慣そのものが消失した。2000年代半ばにはコンパクトデジタルカメラの世界普及率が高まり、町の写真店(DPE店)の閉店ラッシュが世界中で進行する。QSSミニラボ事業は、ノーリツ鋼機がほぼ独占していた市場の縮小速度に直面した。一台数百万円のQSSミニラボを購入する写真店が世界中から消えていく状況で、ノーリツ鋼機の創業以来の主力事業は、わずか10年程度で市場が消滅する事態に陥っていた。在任中90歳で逝去する直前まで経営を指揮した創業者・西本貫一氏は、こうしたデジタル化の津波が押し寄せ始めた局面で2005年に亡くなる。創業から44年、QSSミニラボの世界制覇を主導した創業者の退場と、その事業の市場自体の消失がほぼ同時に進行するという、メーカーとして厳しい局面が2000年代後半に訪れていた。
2008年、創業家の西本博嗣氏が、株主提案による動議で経営陣刷新を主導した。茶山幸彦氏が短期間社長を務める過渡期を経て、2010年4月に西本博嗣氏自身が代表取締役社長CEOへ就任する[21]。創業者の意思を継ぎつつ、創業事業の整理と新規事業群への投資を同時並行で進める『事業ポートフォリオ大改造』の局面である。
2009年4月にNKリレーションズ株式会社を設立[22]して新規事業推進体制を整え、同年11月にはNKアグリ株式会社を設立して生鮮野菜の生産[23]・販売事業(後に2020年3月撤退)に進出した。創業事業から離れた業種への参入で、写真現像機メーカーから『事業投資会社型』への組織転換の意思を象徴的に示す動きであった。2010年6月、株式会社ドクターネットを買収し、医療支援事業に進出する(2018年4月譲渡)。[24]同年7月にはNKメディコ株式会社(現プリメディカ、2024年5月譲渡[25])を設立して医療分野へ参入した。2011年2月、新設分割によりNKワークスを設立し持株会社体制へ移行する[26]。主要事業(写真処理機器)をNKワークスへ承継し、持株会社のノーリツ鋼機の下で複数の事業会社を運営する組織形態に変わった。
2012年7月、エヌエスパートナーズを買収して医療機関向けコンサル事業に参入する(2020年4月譲渡[27])。同年9月にはいきいき株式会社(現ハルメク)を買収してシニア・ライフ事業に進出した(2020年8月譲渡[28])。同年12月には株式会社全国通販グループを買収してシニア・ライフ事業を強化する(2020年8月譲渡[29])。2013年5月には、日本医療データセンター(後のJMDC)・フィード・アイメディック・秋田ケーブルテレビを買収して[30]、医療・シニア分野の事業強化を短期間で連続して実行した。2013年10月には株式会社日本再生医療を設立して再生医療分野へ進出する(2020年2月譲渡)。[31]2010年代前半は、ほぼ毎年複数の企業を買収して新規事業を立ち上げる『投資会社型経営』のフェーズで、写真現像機メーカーの蓄積された現金(QSSミニラボ世界制覇期に積み上がった利益剰余金)が、新規事業への投資資金として投下されていく構図であった。
しかし、買収による多角化模索は2010年代後半から再評価のフェーズに入る。シニア・ライフ事業(ハルメク・全国通販・日本共済)、医療データ事業(JMDC等)、再生医療(日本再生医療)、生鮮野菜(NKアグリ)、写真処理機器(NKワークス)と、まったく異なる事業を同時に抱える構造は、グループ全体の経営管理コストを増大させ、シナジー創出も限定的で、株主への説明責任の観点でも整理が求められていた。2015年1月、テイボー株式会社を買収して『ものづくり事業を強化・拡大』[引用元][32]する。テイボーは1970年代から続く筆記具用ペン先メーカーで、MIM(メタル・インジェクション・モールディング)技術[33]を持つ精密部品メーカーであった。テイボー買収は、後の『ものづくり』コア事業3軸への絞り込みの最初の一手となる戦略的M&Aである。同年6月には本社機能を集約し、本店所在地を東京都港区へ移転[34]した。和歌山から東京への本社移転は、創業地との別れを象徴する組織再編でもあった。
2016年2月、創業の写真処理機器事業を営むNKワークス[35]をグループ外へ譲渡する。NKワークスは譲渡後にノーリツプレシジョンとなり[36]、QSSミニラボの保守事業を継続した。創業から55年、QSSミニラボの世界制覇から40年を経て、ノーリツ鋼機は祖業の写真現像機事業から手を引いた。『ノーリツ鋼機』という社名の由来そのものを担う事業が、グループの外に出ていく重大な節目であった。2020年前後にGeneTech株式会社(バイオ分野、2020年9月譲渡[37])、株式会社ジーンテクノサイエンス(現キッズウェル・バイオ、2019年4月持分法適用会社へ異動[38])、ユニケソフトウェアリサーチ(医療情報分野、2018年5月譲渡)と買収が続くが[39]、これらは2010年代前半の医療・バイオ多角化路線の延長線上の最終局面で、後に整理対象となる。
2017年11月、日本共済株式会社を買収して保険分野を強化する(2020年11月譲渡)。[40]2019年2月には株式会社soliton corporationを買収してものづくり事業のコスメ分野を強化した[41]。2019年3月、持株会社体制移行後初の中期経営計画FY21を発表[42]する。経営計画体系の整備で、それまでの連続する買収から経営管理体系の整備フェーズへの移行を示した。2019年12月、子会社の株式会社JMDCが東京証券取引所マザーズ市場に上場する[43]。子会社の株式公開で、グループ内の医療データ事業の評価を市場に開示した。
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|---|---|---|---|---|
| 1943〜2008年QSSミニラボの世界制覇 ── 写真現像機メーカーの全盛期 | 西本貫一 | ノーリツ鋼機を設立 | ★ | |
| 西本貫一 | 基幹現像所用白黒フィルム自動現像機RF-20E販売開始 | ★ | ||
| 西本貫一 | 基幹現像所用カラーフィルム自動現像機RF-C1販売開始 | ★ | ||
| 西本貫一 | QSS-1型ミニラボを開発 | ★★ | ||
| 西本貫一 | NAC Corporationを販売会社として設立 | ★ | ||
| 西本貫一 | コンピュータ搭載のQSS-2型完成 | ★ | ||
| 西本貫一 | NORITSU (UK) LIMITEDを販売会社として設立 | ★ | ||
| 西本貫一 | NORITSU (FAR EAST) LIMITEDを香港に設立 | ★ | ||
| 西本貫一 | NORITSU SINGAPORE PTE LTDを設立 | ★ | ||
| 西本貫一 | 本社工場が竣工 | ★ | ||
| 西本貫一 | NORITSU KOKI AUSTRALIA PTY. LIMITEDを設立 | ★ | ||
| 西本貫一 | 大阪証券取引所市場第二部に上場 | ★ | ||
| 西本貫一 | 大阪証券取引所市場第一部に指定 | ★ | ||
| 西本貫一 | 東京証券取引所市場第一部に上場 | ★ | ||
| 茶山幸彦 | 創業家2代目の動議による経営陣刷新と事業投資会社への転換 2008年、創業者の孫にあたる西本博嗣氏が株主提案の動議で経営陣の刷新を主導し、写真現像機メーカーから事業ポートフォリオを組み替える投資会社型へ会社の性格を移した判断。2010年4月に西本博嗣氏自身が社長へ就いた。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 2008〜2015年創業事業からの完全撤退と多角化模索 | 茶山幸彦 | NKリレーションズを設立 | ★ | |
| 茶山幸彦 | NKアグリを設立 | ★ | ||
| 西本博嗣 | ドクターネットを買収 | ★★ | ||
| 西本博嗣 | 新設分割によりNKワークスを設立し持株会社体制に移行 | ★★ | ||
| 西本博嗣 | 医療・シニア・農業の連続買収による事業ポートフォリオの組み立て 2009年から2013年にかけて、ノーリツ鋼機が医療・シニア向け通販・農業の会社を相次いで買い集め、写真処理機器に代わる収益源を組み立てた判断。2013年5月にオリンパスから医療関連4社をまとめて引き取り、買収の頻度と規模が最も高まった。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 西本博嗣 | テイボーを買収 | ★★ | ||
| 2015〜2025年「ものづくり」コア事業3軸とFY30中計 | 西本博嗣 | NKワークスを譲渡 | ★★ | |
| 岩切隆吉 | AlphaThetaを買収 | ★★ | ||
| 岩切隆吉 | 買い集めた医療・シニア・農業事業の連続譲渡と「ものづくり」への集約 2018年から2020年にかけて、ノーリツ鋼機が2010年代前半に買い集めた医療・シニア・農業・保険の事業を相次いで手放し、コア事業を『ものづくり』に絞り込んだ判断。売却と並行してDJ機器のAlphaThetaを取得した。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 岩切隆吉 | JMDCの一部株式をグループ外へ譲渡 | ★ | ||
| 岩切隆吉 | センクシアを買収 | ★ |
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事実根拠:出所(ノーリツ鋼機)