西本貫一
ノーリツ鋼機・元有限会社ノーリツ光機製作所より組織変更し設立・代表取締役社長
社長就任までの出自
勤め先に属さず自ら事業を起こした経歴で、写真店の主人が機械を作って売る立場へ転じた道筋である。出発点は1943年4月に和歌山市で個人で開いた写真館「報国写真館」だった。1951年、現像と定着を済ませた印画紙を洗う工程を自動でこなす写真印画自動水洗機を発明し、これを起点に写真処理用の機器を次々と生み出していき、1956年6月に有限会社ノーリツ光機製作所を立ち上げた。発行済株式の41.5%を握る筆頭株主は、2006年3月期の時点で西本興産だった。
社長に選ばれた経緯
初代社長で前任はいない。1961年11月、自ら興した有限会社ノーリツ光機製作所が、資本金300万円の株式会社ノーリツ鋼機へ組織変更された。1943年の写真館開業から18年、有限会社の設立から5年が経っている。同月に基幹現像所向けの白黒フィルム自動現像機 RF-20E の販売が始まり、1964年7月にはカラーフィルム用の RF-C1 が続いた。1996年3月の講演でも1997年11月の東証一部上場時点でも、代表取締役社長は西本氏である。
在任中の主な施策
1976年6月、フィルム現像からカラープリント仕上げまでを45分以内に店内で終える QSS-1型ミニラボを開発した。1979年3月にはコンピュータを積んだ QSS-2型を完成させ、発色制御を自動化する。1978年12月の米国 NAC Corporation を皮切りに、英国・ドイツ・香港・ブラジル・シンガポール・フランス・オーストラリアへ販売子会社を設立し、代理店を介さず直接売った。1996年初めのミニラボ市場占有率は国内47.5%・日本を除く海外50.2%で、販売子会社は16社を数えた。1996年2月に大阪証券取引所第二部、1997年11月に東京証券取引所第一部へ上場している。
在任の評価
執筆予定