ノーリツ鋼機医療・シニア・農業の連続買収による事業ポートフォリオの組み立て

消えた祖業の代わりを買って揃える——縮まない市場を選んだ4年間の買収

時期 2013年5月
意思決定者(推定) 西本博嗣 社長CEO
論点 多角化と資本配分
概要
2009年から2013年にかけて、ノーリツ鋼機が医療・シニア向け通販・農業の会社を相次いで買い集め、写真処理機器に代わる収益源を組み立てた判断。2013年5月にオリンパスから医療関連4社をまとめて引き取り、買収の頻度と規模が最も高まった。
背景
2011年2月の持株会社化で写真処理機器は子会社NKワークスへ移り、本体には投資判断と現金が残った。手元資金は250億円程度で、これを何に振り向けるかがそのまま経営の中身になっていた。
内容
2012年にエヌエスパートナーズ・いきいき(現ハルメク)・全国通販グループ、2013年5月にオリンパスビジネスクリエイツから日本医療データセンター・フィード・アイメディック・秋田ケーブルテレビを取得。同年10月には日本再生医療を設立した。
含意
事業間の関連ではなく、需要が縮まないことを買収の条件に置いた。集めた事業の多くは数年後に手放されたが、日本医療データセンターは後のJMDCとして2019年に上場し、2022年にはオムロンへ株式33%を約1,118億円で譲る資産になった。
筆者の見解

打率ではなく、一本の当たり

2009年から2017年にかけてノーリツ鋼機が取り込んだ会社は、医療コンサル、雑誌、通販、生鮮野菜、再生医療、バイオ、医療情報、少額短期保険、ペン先と、業種の並びとしてはまとまりを欠く。事業間の相乗効果を説明しにくい構成であり、管理の手間も増える。それでも買い続けられたのは、写真処理機器の市場が消えた経験から、一つの事業に頼る形へ戻る道を選ばなかったためとみられる。

この買い方の採点は、平均ではなく分布で行うほかない。取得した会社の大半は数年で外へ出て、残った利益の大半は日本医療データセンター一社から出た。20億円程度と評価されていた会社の株式33%が1,118億円で売れる展開を、2013年の取締役会が予見していたとは考えにくい。当たりを引く確率を上げるのではなく、当たりが出るまで持ち続けられる現金を切らさなかったことが、この4年間の買収の実際の設計であった。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

持株会社の下に空いた棚

2011年2月、ノーリツ鋼機は新設分割でNKワークスを設立し、写真処理機器の事業一式を移した。本体は持株会社となり、手元に残ったのは資金と、どの事業を抱えるかを決める権限であった。連結売上高は2012年3月期に188億円まで縮んでいる。2004年3月期の907億円と比べれば5分の1であり、写真の機械が埋めていた棚は、そのぶん空いたままになっていた[1][2]

空いた棚を埋める元手は残っていた。ミニラボの全盛期に積み上がった現金は250億円程度あり、会社はこれを使って業態の変更を含むM&Aを探していた。稼ぐ製品を持たない持株会社にとって、この資金の置き場所を決める作業が事業そのものになる。新製品の開発計画ではなく、買収候補の一覧が経営会議の議題になる会社へ変わっていた[3]

縮まない市場を条件にする

買う先の選び方には一貫した条件があった。写真処理機器で経験したのは、製品の優劣とは無関係に客の習慣が消える現象である。同じことが起きにくい分野、すなわち高齢化が進むかぎり需要が細らない領域が候補になった。医療の周辺と高齢者向けの物販がそこに当たる。ノーリツ鋼機はヘルスケアを重点分野とし、既存事業との相乗効果ではなく、市場の側の持続性を買収の条件に置いた[4]

相手方の事情も味方した。2013年当時のオリンパスは損失計上の先送りが発覚した後の窮地にあり、内視鏡と関連分野へ資源を集めるため子会社4社の売却を決めていた。売り手が急ぎ、買い手が現金を持つ状況で交渉が成立している。ノーリツ鋼機が引き取った会社のひとつが、医療ビッグデータを扱う日本医療データセンターであった。買収時点でのこの会社の企業価値は20億円程度にすぎない[5]

決断

2012年、半年で三社

買収は2012年に密度を増した。7月にエヌエスパートナーズを取得して医療機関向けのコンサルティングに入り、9月にはシニア女性誌を出すいきいき(現ハルメク)を傘下に収めてシニア・ライフ事業へ進んだ。12月には全国通販グループを買い、高齢者向けの通信販売を重ねている。半年で三社、いずれも写真とも機械とも関係のない事業であった[6]

買った先は小さな会社ではなかった。雑誌と通販を束ねたハルメクの持株会社は、後年の譲渡時点で売上高197億円、営業利益3億6,500万円の規模を持ち、シニア女性誌『ハルメク』の購読者は32万人に達している。写真処理機器の売上が280億円台まで落ちていた時期に、この一群が持ち込む売上は無視できない大きさであった。買収は穴埋めではなく、収益源の差し替えとして機能し始めた[7]

2013年5月、オリンパスから4社をまとめて

2013年3月29日、ノーリツ鋼機は子会社NKリレーションズを通じて、オリンパスの完全子会社であるオリンパスビジネスクリエイツから4社の株式を譲り受けると発表した。診療報酬明細書の分析を手がける日本医療データセンター、歯科材料のカタログ通販のフィード、整形外科用品のアイメディック、そして秋田ケーブルテレビである。取得後の持分は前三社が100%、秋田ケーブルテレビが50%となり、実行日は同年5月2日であった[8]

一度に4社を引き取るこの取引で、医療関連の事業は一気に厚みを得た。同年10月にはさらに日本再生医療を設立し、再生医療にも入っている。ケーブルテレビ会社まで含む取り合わせは、事業の系統で説明できるものではない。売り手が手放したい塊をそのまま受け止め、あとから組み替えるという買い方が、この時期のノーリツ鋼機の型であった[9]

結果

数字はすぐ戻った

買収の効果は決算に直接現れた。連結売上高は2012年3月期の188億円から2013年3月期に274億円、2014年3月期には551億円へ増え、営業利益も30億円まで回復している。2012年3月期に16億円の純損失だった最終損益は、2013年3月期に4億円の黒字へ戻った。写真処理機器の縮小が続くなかでの増収であり、増えた分はそのまま買った会社の売上であった[10]

買い集めはその後も止まらなかった。2015年1月には筆記具用ペン先を作るテイボーを取得し、医療とシニアに偏っていた構成へ製造業を加えている。2016年にはバイオのGeneTech、ジーンテクノサイエンス、医療情報のユニケソフトウェアリサーチが続いた。2017年11月には少額短期保険の日本共済まで傘下に入り、グループの業種は医療・通販・農業・保険・精密部品にまたがった[11][12]

一社だけが桁を変えた

集めた会社のなかで、日本医療データセンターだけが別の育ち方をした。同社はJMDCと名を変え、2019年12月に東京証券取引所マザーズ市場へ上場する。オリンパスから引き取った時点の企業価値20億円程度に対し、2021年秋の時価総額は4,397億円に達した。診療報酬明細書の分析という地味な事業が、医療データの利活用が政策課題となるなかで評価を変えた[13][14]

回収も一社に集中した。2022年2月22日、オムロンがJMDCと資本業務提携を結び、親会社のノーリツ鋼機から株式33.0%を総額1,118億円で取得すると発表する。実行は同月25日であった。4社まとめて引き取った取引の一部が、9年後に1,000億円規模の売却代金になっている。残る会社の多くは、これと前後して順に手放されていった[15][16]

出典・参考

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