パイオニアの決断社史:経営の意思決定を振り返る

更新:

決断

経営を担う人材を、社内ではなく社外から採り続けた。1971年、創業者の松本望氏は同族企業からの脱皮を掲げて外部の石塚庸三氏を社長に迎え、自らは相談役に下がる。外部スカウトで固めた混血経営では役員11名のうち生え抜きが創業者と息子ら数名にとどまり、部・課長級約160人でも生え抜きは10人足らずだった。1979年には自己資本比率74.0%・売上高営業利益率10.2%と業界一の収益力を達成する。この財務を背に、石塚庸三氏はビデオテープレコーダーへ向かう同業を横目に光学式ディスクへ絞り、1980年6月に家庭用レーザーディスクプレーヤーVP-1000を発表した。1982年4月の石塚庸三氏の客死後も創業家の松本誠也氏が同じ路線を引き継ぎ、外から来た経営者の決めた選択が次の10年を作った。

免責事項およびポリシー