プラズマディスプレイ(PDP)を独自開発。静岡工場で量産開始
オーディオ専業の限界と次世代テレビ規格の模索
パイオニアは1990年代半ば、経営の岐路に立っていた。創業以来の柱であった家庭用オーディオは1980年代初頭に通産省から構造不況業種に指定されるほど市場が縮小し、もう一つの柱だった業務用カラオケも1994年以降、主流がレーザーディスク方式から通信方式へ移行したことで急速にシェアを失った。1996年3月期には連結で147億円の経常赤字を計上し、同年9月には約1000人の希望退職を実施するに至る。売上高の約45%を占めるカーエレクトロニクスだけが利益を出している状態であり、それ以外の事業は軒並み赤字だった。
1998年3月期には連結で188億円の経常黒字に転じたものの、その内訳は特許料収入に伴う利益128億円を含んでおり、本業の利益は60億円にとどまった。伊藤周男社長は1996年6月の就任直後から技術偏重の社風を改め顧客志向への転換を推進したが、同時に将来の収益源となる新たな柱の構築が急務であることを強く認識していた。1998年8月に発表した「2005ビジョン」では、連結売上高を1998年3月期の5598億円から2005年度に1兆2000億円へ引き上げる目標を掲げた。
1990年代後半、次世代の大画面テレビをめぐる技術競争が本格化していた。40型を超える大画面ではプラズマディスプレイ(PDP)が本命と目され、液晶はモバイルから中型まで、有機EL(エレクトロ・ルミネッセンス)は将来技術として位置づけられていた。富士通やNECといった半導体技術を持つ大企業がプラズマの量産に乗り出し、松下電器産業も本格参入を準備する中、パイオニアはレーザーディスクで培った光ディスク技術をプラズマパネルの製造に応用できるとの判断から、この市場への参入を決めた。
レーザーディスク技術を転用し独自開発のPDPに投資
1997年4月、パイオニアは静岡県の子会社・静岡パイオニアでプラズマディスプレイパネルの量産を開始した。投資額は約358億円に上る。パイオニアがPDP事業に踏み切った背景には、レーザーディスクで蓄積した蛍光体塗布技術やガス封入技術がパネル製造に転用できるという技術的な根拠があった。富士通やNECが42型を主力にする中、パイオニアは50型の高解像度パネルに特化し、画質の差別化で勝負する戦略を採った。
しかし、設備投資型事業はパイオニアにとって初めての経験だった。年間の設備投資額が200億〜300億円規模のパイオニアに対し、富士通はPDP第2期ラインだけで500億円を投じ、総投資額は3000億〜4000億円規模に達していた。資本力で劣るパイオニアは、規模の競争ではなく高画質・大画面という付加価値で差別化を図るほかなかった。もっとも、50型高解像度パネルは生産技術のハードルが高く、良品率が思うように上がらないという課題を当初から抱えていた。
2004年2月、パイオニアはNECのプラズマディスプレイ事業を約400億円で買収した。山梨県田富町の第4ラインだけでは年間約60万台の生産にとどまり、2005年の世界市場規模350万台、さらにその先の急拡大に対応できないと判断したためである。伊藤社長は「ゼロから工場を造ると2年かかる。時間を買う」(2004/05/03日経ビジネス)と説明し、同時にテレビ事業の開発陣をNEC側と合わせて約600人に増強した。パイオニアはパネル技術には自信を持っていたが、テレビとしての完成品を作る開発力が手薄だったことを自覚しての判断だった。
液晶の急成長とプラズマ市場の縮小が招いた巨額損失
プラズマテレビ市場は2000年代前半に急速に立ち上がり、パイオニアは画質面で高い評価を得た。2003年度の地域別売上比率は北米4割、欧州3割、日本2割と海外が中心で、特に北米ではハイビジョン放送の普及に伴い販売が伸びた。伊藤社長は「シェア15〜20%で十分」(2004/05/03日経ビジネス)と語り、利益重視の姿勢を示した。しかし、競合各社がシェア獲得のため価格を引き下げる動きを止めず、富士通日立プラズマディスプレイが700億円以上を投じて生産能力を拡大するなど、価格競争は激化の一途をたどった。
一方、プラズマ陣営が想定していなかったのは、液晶テレビの大型化が急速に進んだことである。液晶は当初30インチ以下が主戦場とみられていたが、シャープや韓国メーカーが大型パネルの量産コストを引き下げ、40型以上の領域にも浸食してきた。プラズマが画質で優位に立っていた大画面市場そのものが液晶に侵食され、プラズマテレビの需要は2000年代後半に入ると急速に縮小した。パイオニアが投じた設備投資は回収の見通しが立たなくなり、2008年3月期にはディスプレイ事業で巨額の損失を計上する。
2009年3月、パイオニアはプラズマテレビ事業からの完全撤退を発表した。静岡・山梨・鹿児島の生産拠点に投じた累計1000億円超の投資は、最終的に回収できなかった。カラオケ事業の喪失に続く第二の柱の崩壊は、パイオニアの財務基盤を大きく毀損し、2019年の上場廃止へとつながる構造的な遠因となった。オーディオ専業企業が設備投資型のディスプレイ事業に社運を賭けた判断は、技術の優位性だけでは市場構造の変化に抗えないという現実を示すものとなった。