重要な意思決定
20083月

プラズマテレビなどから撤退。社員1万名の削減

背景

高画質戦略「KURO」でも覆せなかったプラズマの価格競争

パイオニアは1997年に世界初の民生用50型ハイビジョンプラズマテレビを商品化し、薄型テレビ市場の先駆者としての地位を築いていた。2004年3月期には営業利益437億円を計上し、同年にはNECのプラズマ事業を約400億円で買収するなど攻勢をかけた。しかし、パネル生産は装置産業であり、コスト競争力は生産規模に直結する。松下電器やサムスンが数千億円規模の設備投資で量産体制を構築する中、規模で劣るパイオニアは価格競争で劣位に立たされた。

パイオニアは価格競争からの脱却を図り、高画質プラズマテレビ「KURO」を投入した。しかし同サイズの他社製品と比べて約2倍の価格差が生じ、販売台数は計画の72万台に対して48万台にとどまった。「業界随一のパネル技術」への自信が撤退判断を遅らせ、2008年秋まで山梨への新工場建設を画策していたとされる。技術力への過信が経営判断の遅れを招いた構図であった。

決断

ディスプレイ事業からの完全撤退と1万名規模の人員削減

2009年2月、パイオニアはディスプレイ事業からの完全撤退を発表した。2010年3月までに自社ブランドのプラズマテレビの販売を終了し、以降の自社開発を中止する方針を示した。同時に正規従業員約6000名、派遣・請負社員約4000名の合計約1万名の人員削減と、全世界30社の生産会社のうち約3割の統廃合を決定した。通期の純損失予想は1300億円に達した。

ホームエレクトロニクス事業はオーディオ、DJ機器、CATV関連機器の3分野に集約された。須藤社長は「技術力・資金力・販売力が時代のスピードについていけなかった」と述べた。世界初のプラズマテレビを商品化した先駆者が、わずか12年でその事業から完全撤退するに至った。薄型テレビ市場では液晶方式が主流となり、プラズマ陣営は松下電器を除いて壊滅した。