稲畑産業オーガニック成長からマジョリティ出資へ——丸石化学品・大五通商・ノバセルの連続買収
自力の伸びだけで長期ビジョンに届くのか——中堅商社が資本配分を組み替えた3年
- 概要
- 2023年から2024年にかけ、稲畑産業が丸石化学品・大五通商・ノバセルを相次いで子会社化し、2024年5月の中期経営計画「New Challenge 2026」で投資の積極化を成長戦略の柱に据えた経営判断。
- 背景
- 前中期経営計画NC2023は3期連続で売上高・営業利益とも過去最高を更新して終わったが、稲畑勝太郎社長は長期ビジョンの達成にはオーガニック成長だけでは足りないと述べていた。
- 内容
- 2023年に大五通商(追加取得後の所有割合67.6%)と丸石化学品(同63.58%)を子会社化し、2024年6月にはダイセルとの合弁会社ノバセルの株式66.7%を取得した。3カ年で見込む営業キャッシュフロー等650億円程度のうち50〜60%を成長投資に充てる方針を示した。
- 含意
- ノバセルは2025年3月期に売上高120億円・利益10億円強を稲畑産業へ寄せ、連結売上高は8,378億円・営業利益258億円と過去最高を更新した。買収した事業をどこまで既存事業と噛み合わせられるかが次の課題として残っている。
買う会社に変わることの、その先
この判断で目を引くのは、業績が悪いから買ったのではないという点にある。稲畑産業は3期連続で過去最高を更新した直後に、自力の伸びだけでは長期ビジョンに届かないと社長自身が述べ、資本配分の枠組みを数字で外へ示した。好調な会社が自らの成長の型を不足と呼ぶのは、簡単なことではない。2023年の大五通商と丸石化学品は、いずれもすでに株式の一部を持っていた相手の持ち分を引き上げる案件であり、見知らぬ会社をいきなり買いに行く形ではなかった。関連会社の整理を最大の試練として語った稲畑勝太郎社長らしい、手元の関係から広げる進み方だったとみることができる。
残る問いは、買った後にどれだけ噛み合うかに移っている。ノバセルは初年度から売上高120億円・利益10億円強を寄せたが、稲畑社長が今後に求めるものとして挙げたのは金額ではなく既存コンパウンド事業との相乗効果であった。食品側では大五通商の傘下でさらに買収が続く一方、生活産業事業の立て直しが課題として残る。1978年に商社でありながら製造拠点を持つと決めた会社が、45年を経て今度は会社ごと買い足す側に回った。売る力と作る力をどう組み合わせるかという問いに、稲畑産業はまだ答えを出し終えていないとみられる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
過去最高を3期続けた会社が抱えた不足感
2021年度から2023年度までの中期経営計画NC2023を、稲畑産業は3期連続で売上高・営業利益とも過去最高を更新して終えた。2024年3月期の連結売上高は7,660億円、営業利益は212億円である。稲畑勝太郎社長は2024年6月の決算説明会で、期間中に円安が続いた追い風があり、最終年度には新規連結の効果もあったこと、合成樹脂事業の自動車分野が想定以上に売上を伸ばしたことを要因に挙げた。一方で、最終年度はOA関係の市場環境が想定以上に悪く、フラットパネルディスプレイでもパネルメーカーの稼働が低迷した期間が計画時の想定より長かったと述べている[1][2]。
それでも稲畑社長は、この成長の型に足りないものがあると考えていた。2024年6月の決算説明会では、従来の稲畑産業はどちらかといえばオーガニックな成長で、急激ではないが成長するところに特徴と良さがあるという評価を受けてきたと述べたうえで、長期ビジョンを達成するにはオーガニック成長だけでは足りないという自覚のもとに、この中期計画では投資の積極化を成長戦略の柱に据えたと説明した。2010年に創業120周年で定めた長期ビジョン「IK Vision 2030」の残り期間が7年を切るなかでの発言であった[3][4]。
商社機能と製造機能を重ねてきた会社の勘定
稲畑産業は1978年6月、山陽化工との合弁でシンガポールに樹脂コンパウンド製造のSANYO-IK COLOR (PTE.) LTD.を設け、商社でありながら自社の製造拠点を持つ会社になった。以後、営業拠点と製造拠点を同じ地域へ並べる配置を重ね、2012年11月にはメキシコ・シラオへ自動車向けのIK PLASTIC COMPOUND MEXICO、2013年7月にはフィリピンへIK PLASTIC COMPOUND PHILS.を設けている。2025年時点の樹脂コンパウンド製造は7カ国7拠点、年産19.5万トンに達した。買収による成長を語る前提として、製造を自ら抱える経験がすでに40年以上あった[5][6]。
買収に踏み込む判断を下した稲畑勝太郎社長には、逆向きの経験もあった。2005年12月、前社長である叔父の稲畑武雄氏の急死を受けて46歳で社長に就いた稲畑氏は、翌2006年の取材で、最大の試練は40歳を目前にした時期の関連会社の整理であったと語っている。数多く作られていた関連会社を、部員の理解を得ながら畳んだ経験を挙げ、社会的な存在意義のないものは生き残れないことを学んだと述べた。会社を増やす判断は、会社を減らした経験の延長線上にあった[7]。
決断
2023年、既存出資先2社の持ち分を引き上げる
最初に動いたのは食品側であった。2023年2月28日、稲畑産業は静岡市の大五通商の株式56.7%を追加取得する契約を結び、所有割合を67.6%へ引き上げた。大五通商は1974年設立で、食品包装資材と食品機械を扱う商社部門と、ウナギ加工品などの農水産加工品を作る製造部門を併せ持つ。直前期の売上高は85億8,000万円、営業利益は4億1,300万円、純資産は22億6,000万円で、取得価額は公表されていない。稲畑産業は商社機能を生かして大五通商の製造する農水産加工品を拡販し、国内外で調達する加工品を同社のECサイトなどの販路へ載せる考えを示した[8][9]。
続いて本業に近い側でも持ち分を引き上げた。2023年3月13日、稲畑産業は丸石化学品の株式35.22%を関西ペイントなどの大株主から追加取得し、持ち株比率を28.36%から63.58%へ引き上げると発表した。株式譲渡の実行日は同年3月30日である。丸石化学品は1918年創業で業歴100年を超え、直前期の売上高は310億円、営業利益は4億3,900万円、純資産は81億4,000万円であった。稲畑産業は化学品分野の専門知識を持つ人材と同社の情報収集力・顧客基盤をグループに取り込み、人員の交流や物流の統合、海外拠点を使った協業で商社機能を強めるとした[10][11]。
中期経営計画で資本配分を数字にし、ノバセルへ踏み込む
2024年5月、稲畑産業は3カ年の中期経営計画「New Challenge 2026」を発表した。最終年度である2027年3月期に売上高9,500億円・営業利益270億円を掲げ、メインテーマを「投資の積極化による成長の加速」と置いた。あわせて資本配分の考え方も数字で示している。3期累計の当期純利益計画535億円程度に減価償却費見込み115億円程度を足した営業キャッシュフロー等650億円程度を原資とし、その50〜60%程度を成長投資、40〜50%程度を株主還元へ振り向ける枠組みである。稲畑社長は、成長投資と株主還元のどちらに重点を置くかというIR面談での質問が多かったため、あらかじめ分かりやすい形で示したと説明した[12][13]。
この計画の下で実行された最も大きな案件がノバセルであった。稲畑産業とダイセルは2024年2月29日に株式譲渡契約とパートナーシップ契約を結び、同年4月1日にノバセルを設立、6月28日に稲畑産業が株式の66.7%を取得して連結子会社とした。出資比率は稲畑産業66.7%、ダイセル33.3%である。ノバセルはダイセルミライズなどが手がけてきた樹脂着色と樹脂コンパウンドの研究開発・販売事業を承継し、香港・シンガポール・タイの子会社も稲畑産業のグループに入った。稲畑社長は2024年6月の説明会で、合弁会社から出てくる技術や生産アイテムが各コンパウンド拠点へ広がることに期待すると述べている[14][15]。
結果
買収した事業が数字に出た2025年3月期
効果は翌期の数字にすぐ表れた。2025年3月期の連結売上高は8,378億円、営業利益は258億円、親会社株主に帰属する当期純利益は198億円で、いずれも過去最高となった。稲畑社長は営業利益の前期比46億円増のうち、合成樹脂事業で32億円、情報電子事業で15億円ほどの増益があったと説明し、合成樹脂ではノバセルを新規連結に加えたことで利益面の貢献がおよそ12億円あったと述べた。ノバセル単体では、2025年3月期に売上高120億円、利益面で10億円強の貢献があったとしている[16][17]。
買収の手は2025年に入っても止まっていない。同年1月、子会社となった大五通商が佐藤園の株式を取得し、同社とマルカブ佐藤製茶を稲畑産業グループに加えた。食品側で買った会社が、さらに自らの判断で買収を実行した形である。もっとも2025年3月期は生活産業事業が不調で、稲畑社長は同事業の立て直しを非常に大事な要素に挙げた。買収で外形は広がったが、取り込んだ事業が期待どおりに稼ぐかどうかは別の問題として残った[18][19]。
規模ではなく中身で問われる段階へ
買収で加わったコンパウンド事業を、稲畑産業はどう見ているか。稲畑社長は2025年6月の説明会で、日系の競合として大日精化工業、川崎三興化成、ヘキサケミカルを挙げ、7拠点合計19万5,000トンにノバセルを加えた規模は日系勢の中ではかなり大きいと述べた。ただし海外には中国の金発を筆頭に規模の大きい企業があり、グローバルの競争では生産規模よりも内容が鍵になるとした。強みとして挙げたのは7カ国7拠点それぞれが歴史を経て生産技術を年々改善し、一つのネットワークになっている点と、コンパウンド拠点が商社拠点と全く同一の動きをしている点であった[20][21]。
拠点を分散して持つことの意味は、通商環境の変化でも試された。稲畑社長は米国の相互関税を受け、OAの生産地が関税の高いベトナムから関税の低いフィリピンへ移る動きがあり、稲畑産業の場合は移管先に受け皿があると説明した。生産能力そのものは19万5,000トン前後で数年動いておらず、2025年7月にメキシコで1件の増設を予定するにとどまる。買った会社を足して規模を作るのではなく、既存のコンパウンド事業との相乗効果をどこまで高められるか——稲畑社長がノバセルについて今後求めるものとして挙げたのも、その一点であった。2026年3月期の連結売上高は8,327億円、営業利益262億円、当期純利益206億円となっている[22][23]。
- 稲畑産業 2024年3月期 決算説明会 質疑応答
- 稲畑産業 2025年3月期 決算説明会 質疑応答
- 稲畑産業 中期経営計画「New Challenge 2026」(2024年5月)
- 稲畑産業 ニュースリリース(2024年6月28日)「稲畑産業株式会社と株式会社ダイセルによる合弁会社 ノバセル株式会社の株式取得に関するお知らせ」
- M&A Online(2023年2月22日)「稲畑産業<8098>、包装資材卸やウナギ加工品製造などの大五通商を子会社化」
- 日本M&Aセンター M&Aニュース(2023年2月22日)「稲畑産業、大五通商を子会社化へ」
- M&A Online(2023年3月13日)「稲畑産業<8098>、化学系専門商社の丸石化学品を子会社化」
- 日本M&Aセンター M&Aニュース(2023年3月13日)「稲畑産業、丸石化学品を子会社化へ」
- 週刊東洋経済 2006年10月28日号「[トップの履歴書]稲畑産業社長 稲畑勝太郎 老舗商社の標準化改革に意欲示す「いらち」社長」
- 稲畑産業 有価証券報告書【沿革】
- 稲畑産業 有価証券報告書(2025年3月期・連結)