稲畑産業の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

作る側から降りる選択を、二度している。1944年7月、創業者が社長を務めた日本染料製造が住友化学工業へ合併され、稲畑産業は住友化学工業の染料・化学品・医薬品の特約販売店に指定される。自社での原料製造から撤退し、仕入先は1社へ集約された。二度目は医薬品である。1939年に新設した医薬品部門は医薬情報担当者を全国へ200数十名配置し、業界では商社でありながらメーカーと呼ばれていたが、薬価基準の引き下げが続いて新薬を開発するメーカーとの差は開いた。1984年2月に住友化学工業と共同で住友製薬を設立し、同年10月に45年続いた直営の医薬品事業を譲渡した。残った営業は化成品と機械・建材・食品で、ここから合成樹脂と情報電子が主力へ移った。

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