日本紙パルプ商事の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

製紙メーカーの再編が止まった年に、紙の卸が先に集約した。1968年3月に王子製紙・十條製紙・本州製紙の3社が合併を申請したが、新聞用紙で6割・グラビア紙で8割に達するシェアを公正取引委員会が問題視し、同年9月に取り下げとなった。生産の集約が止まる一方、資本自由化を前に代理店の体質強化を求める声はむしろ強まる。1969年7月に中井と富士洋紙店が合併覚書へ調印し、1970年1月に対等合併で日本紙パルプ商事として新発足する。資本金15億円・半期売上406億円の中井と2億円・174億円の富士洋紙店という差がありながら比率は1対1に据え、社名も両社の名を残さなかった。年商合計1,650億円は紙流通で初の1,000億円企業にあたり、以後の卸売網整備・上場・海外拠点の設置はこの規模を前提に進んだ。

  • 1970年 中井・富士洋紙店合併
    業績の推移

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