なぜ新王子製紙は、神崎製紙との合併から3年足らずで次の合併に進んだのか。洋紙の市況は回復し、新王子製紙の利益率は本州製紙を大きく上回っていた。単独でも経営は成り立っていた。それでも本州製紙を選んだのは、日本製紙に譲った首位を取り戻すには、品種の重ならない板紙の最大手を加えるのが最も早かったからだと思われる。旧神崎製紙の損失問題で社内の主導権は旧王子に固まり、本州製紙も釧路工場の買い戻しにめどをつけた。両社の事情がそろった時機を、新王子製紙は逃さなかった。
もっとも、品種が重ならないことは、合併の効果が出にくいことでもあった。洋紙と板紙では、工場も顧客も市況も別々に動く。合併しても洋紙の値崩れを防ぐ力にはならず、板紙事業は本州製紙の低い利益率を抱えたままになる。しかも大国昌彦社長は、反対を押して876億円の釧路工場の買い戻しを受け入れ、人員も自然減で減らすと決めた。社内の融和を優先した分、合理化の速度は低下したのだろう。規模の拡大を先に実現し、収益の改善を後に回す順番が、この合併には最初から組み込まれていた。
今から振り返れば、この合併は部分的な成功だった。規模の狙いは当たった。洋紙の需要が縮むなかで、段ボール原紙を含む生活産業資材は2025年3月期に外部売上高7,616億円となった。印刷情報メディアの2,289億円の3倍を超え、会社で最大の部門である。本州製紙から引き継いだ板紙が、洋紙に代わる最大の収益源になったことになる。しかし収益は追いついていない。同じ期の生活産業資材のセグメント利益は85億円で、売上高の約1%にとどまり、資源環境ビジネスの305億円を下回る。後に回した収益の改善は、現在も終わっていない。