本州製紙との合併(1996年・王子HDの決断)

更新:
論点板紙最大手との合併で業界首位に復帰するか
王子HD:業績の推移
売上高(億円)当期純利益率(%)
洋紙主体と板紙主体の二社の統合と、王子製紙への社名復帰

何をなぜ決めたか:洋紙主体と板紙主体の二社の統合と、王子製紙への社名復帰

概要

1996年10月、新王子製紙は本州製紙と合併し、商号を王子製紙へ改めた。合併比率は本州製紙の株式6株に新王子製紙の株式5株を割り当てるもので、合併会社の商号を王子製紙に戻すことも早い段階で決まった。両社は合併の効果として、海外植林の資金力の拡充、原料調達での規模の利点、国際競争力の強化を挙げた。

相手は、戦後の分割で生まれた兄弟会社である。1949年、王子製紙は過度経済力集中排除法により苫小牧製紙・本州製紙・十條製紙の3社に分かれた。苫小牧製紙は1960年に王子製紙の商号を取り戻しており、本州製紙との合併で、旧王子系3社のうち十條製紙の系譜を除く2社が再び1社になった。

背景

1993年4月、十條製紙が山陽国策パルプと合併して日本製紙が発足し、売上高で王子を上回った。王子製紙は同年10月に神崎製紙と合併して新王子製紙となったが、首位を取り戻す規模には届かなかった。発足直後には、合併前の半年間の株式の先物・オプション取引で旧神崎製紙が抱えた75億円の損失が判明し、神崎製紙の社長だった河村俊彦会長は代表権のない取締役相談役に退いた。

相手の本州製紙は、財務の立て直しの途中にあった。1988年に主力の釧路工場を子会社へ1,198億円で譲渡し、その代金で借入金を返済していた。1995年9月末の借入金は本州製紙1,782億円、新王子製紙1,895億円と同じ水準だったが、本州製紙の売上高は新王子製紙の3分の2弱で、1996年3月期の売上高経常利益率の見通しは新王子製紙の8%に対し本州製紙は2.2%だった。

内容

本州製紙は合併に先立ち、子会社に移していた釧路工場を876億円で再取得すると決めた。本州製紙の米澤義信会長はかねて『釧路(工場)を戻すまでは合併はできない』と言い切っており、洋紙の市況が回復して釧路工場の印刷用紙の抄紙機3台が利益を出すようになったことで、買い戻しのめどが立った。合併の時期について、米澤義信会長は『合併はもう2、3年先と思っていたが、経営環境の変化が速かった』と明かしている。

新王子製紙の社内では、買い戻しに多額の資金が要り、合併会社の財務体質が悪くなるとして反対が多かった。それでも大国昌彦社長は『後で頑張れば済むことだ』と判断し、買い戻しを受け入れた。合併で増加した人員は、定年退職による自然減と新規採用の停止で減らし、人員の削減は行わなかった。

含意

合併会社は、国内の紙パルプ業界で初めて売上高1兆円を超えた。連結売上高は、本州製紙を1年通して取り込んだ1998年3月期に1兆3,487億円となり、世界の製紙会社で6位の規模になった。板紙の再編は、1998年10月の段ボール子会社7社の設立、2001年10月の王子コンテナーへの統合、2002年10月の王子板紙への段ボール原紙の生産・販売の一元化と段階を踏んだ。

規模の拡大は、収益にすぐには結びつかなかった。1999年3月期は市況の悪化もあって連結で124億円の当期純損失となり、戦後初の赤字を計上した。1996年に26,600人だった国内のグループ従業員は2002年までに5,000人近く減少したが、2001年6月の中長期経営計画はさらにグループ人員の約14%にあたる3,200人の削減を掲げた。2025年3月期には、段ボール原紙を含む生活産業資材の外部顧客への売上高が7,616億円となり、印刷情報メディアの2,289億円を大きく上回った。一方で同じ期のセグメント利益は85億円で、資源環境ビジネスの305億円を下回った。

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考察:規模を先に取り、収益を後に回した合併
考察

考察:規模を先に取り、収益を後に回した合併

なぜ新王子製紙は、神崎製紙との合併から3年足らずで次の合併に進んだのか。洋紙の市況は回復し、新王子製紙の利益率は本州製紙を大きく上回っていた。単独でも経営は成り立っていた。それでも本州製紙を選んだのは、日本製紙に譲った首位を取り戻すには、品種の重ならない板紙の最大手を加えるのが最も早かったからだと思われる。旧神崎製紙の損失問題で社内の主導権は旧王子に固まり、本州製紙も釧路工場の買い戻しにめどをつけた。両社の事情がそろった時機を、新王子製紙は逃さなかった。

もっとも、品種が重ならないことは、合併の効果が出にくいことでもあった。洋紙と板紙では、工場も顧客も市況も別々に動く。合併しても洋紙の値崩れを防ぐ力にはならず、板紙事業は本州製紙の低い利益率を抱えたままになる。しかも大国昌彦社長は、反対を押して876億円の釧路工場の買い戻しを受け入れ、人員も自然減で減らすと決めた。社内の融和を優先した分、合理化の速度は低下したのだろう。規模の拡大を先に実現し、収益の改善を後に回す順番が、この合併には最初から組み込まれていた。

今から振り返れば、この合併は部分的な成功だった。規模の狙いは当たった。洋紙の需要が縮むなかで、段ボール原紙を含む生活産業資材は2025年3月期に外部売上高7,616億円となった。印刷情報メディアの2,289億円の3倍を超え、会社で最大の部門である。本州製紙から引き継いだ板紙が、洋紙に代わる最大の収益源になったことになる。しかし収益は追いついていない。同じ期の生活産業資材のセグメント利益は85億円で、売上高の約1%にとどまり、資源環境ビジネスの305億円を下回る。後に回した収益の改善は、現在も終わっていない。

Yutaka Sugiura, 2026年7月
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図と表

王子HD:連結売上高と経常利益の推移

売上高(億円)経常利益率(%)

連結売上高は本州製紙を1年通して取り込んだ1998年3月期に1兆3,487億円となったが、翌期は戦後初の最終赤字に転じた

王子HD:連結売上高と経常利益の推移
(億円)売上高経常利益当期純利益備考
1998年3月期13,487400110本州製紙を1年通して取り込んだ最初の期
1999年3月期12,0626△124戦後初の連結最終赤字
2000年3月期12,05516356
2001年3月期12,529582128
2002年3月期12,038201△177
出所:王子製紙 アニュアルレポート「Oji Paper in Perspective, 2002」(連結損益計算書)(1998年3月期〜2002年3月期)
出所:王子製紙 アニュアルレポート「Oji Paper in Perspective, 2002」(連結損益計算書)(1998年3月期〜2002年3月期)
参考文献

参考文献

参考
  • 日経ビジネス 1996年4月8日号
  • 日経ビジネス 2001年6月25日号
  • 王子ホールディングス 有価証券報告書 第101期(2025年3月期)【セグメント情報】
  • 日本会社史総覧(東洋経済新報社、1995年)「新王子製紙」
  • 王子製紙 有価証券報告書「第82期(2006年3月期)【沿革】」
  • 王子製紙 アニュアルレポート「Oji Paper in Perspective, 2002」
  • 王子製紙 アニュアルレポート「Oji Paper in Perspective, 2003」

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