アンビックとフジコーの不織布事業を経営統合し「エフアンドエイノンウーブンズ」を発足
縮小する市場であえてシェアを買い増す——ニッケの「逆張り」M&Aは不織布事業をどこまで強くしたか
更新:
- 概要
- 2023年12月1日、日本毛織は連結子会社のアンビックとフジコーが担ってきた不織布・フェルト事業を経営統合し、アンビックを「エフアンドエイノンウーブンズ(F&A Nonwovens、通称FANS)」に改めた。2002年のアンビック子会社化から約20年をかけて積み上げた不織布事業の集大成で、長岡豊社長が主導した再編である。
- 背景
- 日本毛織は2002年8月にアンビックを子会社化して繊維専業から不織布分野へ参入した。その後、中国製の安価な不織布が紙おむつ・マスク向け市場に流入して価格競争が激しくなる一方、日本毛織は2020年5月に不織布専業最大手のフジコーと資本業務提携を結び、2021年9月に株式交換で完全子会社化した。
- 内容
- 2023年10月、日本毛織はフジコーの不織布・フェルト事業を会社分割してアンビックへ承継させ、同年12月1日付でアンビックを「エフアンドエイノンウーブンズ」へ改称・本社を大阪市中央区へ移転する経営統合を実施すると発表した。両社の経営資源を集約し、国内外での収益力と競争力を高める狙いであった。
- 含意
- 日本経済新聞は、価格競争が激しい汎用品市場を避け、機械用フィルターなどニッチ領域に注力しながら他社の不織布事業を統合していく手法を「逆張り」の戦略として報じた。産業機材事業の売上高はFY19の257億円からFY25には351億円へ拡大し、長岡社長は不織布事業を「第3の収益の柱」と位置づけている。
縮小市場での統合という賭け
この決断の核心は、成長市場でシェアを奪い合うのではなく、縮小・成熟した市場であえてM&Aを重ね、ニッチ領域の存在感を高めるという発想にある。中国製の安価な不織布が汎用品市場を侵食するなかで、日本毛織はフィルターなど専門性の高い用途に的を絞り、他社が撤退・売却する事業を拾い集めることで規模を確保した。2002年のアンビック子会社化に始まり、フジコーとの提携・完全子会社化、そして経営統合という段階を踏んだ約20年がかりの積み上げは、単発の買収では得にくい厚みを不織布事業にもたらしたとみることができる。
もっとも、縮小市場でのシェア拡大が、事業としての収益性をどこまで長く維持できるかは、なお開かれた問いである。産業機材事業の売上・利益はここ数年拡大を続けているが、それは中国勢が手を出しにくいニッチ領域を選び続けられるかどうかにかかっている面が大きい。富田一弥前社長が語った「買収後の資産有効活用」という規律と、長岡豊社長が掲げる「第3の収益の柱」という位置づけが、今後も整合的に保たれるかどうかが、この「逆張り」戦略の持続性を左右するとみられる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
2002年アンビック子会社化——繊維専業からの多角化と不織布参入
日本毛織は羊毛紡織を祖業とするメーカーであったが、1970年代の石油危機と繊維不況を経て、繊維以外の収益源を広げる多角化を段階的に進めてきた。2002年8月、その一環として不織布・フェルト製造のアンビック株式会社を子会社化し、産業資材分野に参入した。不織布は自動車・建材・濾過材など幅広い用途を持つ素材であり、繊維事業の高機能化にもつながる買収であった[1]。
日本毛織は2006年8月にスポーツ用品・釣糸・産業資材を手がける株式会社ゴーセンを子会社化するなど、その後も繊維関連の周辺事業を相次いで取り込み、連結売上高はFY05(2005年11月期)の758億円からFY07(2007年11月期)の1,027億円へと2年間で35%拡大した。不織布はこの多角化の流れのなかで、産業機材事業を構成する一領域として育てられていった[2][3]。
不織布市場の構造変化とフジコーとの接近
2010年代後半以降、紙おむつやマスクといった汎用品向けの不織布市場には中国製の安価な製品が流入し、国内市況の悪化と価格競争の激化が進んだ。汎用品での消耗戦を避けるには、機械用フィルターのような専門性の高いニッチ領域に主力を移し、規模を確保する必要があった。日本毛織が不織布事業でのM&Aを積み重ねる背景には、こうした市場構造の変化があった[4]。
日本毛織は2020年5月、不織布専業最大手の株式会社フジコーと資本業務提携を結び、翌2021年9月には株式交換で完全子会社化した。当時の社長であった富田一弥氏(現会長)は、M&Aを成長戦略の核に据える方針を統合報告書で語っており、フジコーとの提携もその路線に沿う一手であった[5][6]。
決断
2023年12月、経営統合と「エフアンドエイノンウーブンズ」発足
2023年10月、日本毛織は、兵庫県姫路市のアンビックと同県伊丹市のフジコーが手がける不織布・フェルト事業を、同年12月1日付で経営統合すると発表した。フジコーの不織布・フェルト事業を会社分割してアンビックへ承継させ、アンビックは商号を「エフアンドエイノンウーブンズ」に変更、本社を大阪市中央区へ移す内容であった[7]。
統合の狙いは、両社に分かれていた経営資源を一本化して効率的に活用し、収益力を高めるとともに国内外での競争力を強めることに置かれた。統合報告書でも、旧フジコー伊丹工場跡地の再開発検討を含め、産業機材セグメントにおける不織布事業の集中投資を進める方針が示された[8][9]。
「文化を重視する」M&A観と長岡体制への継承
富田一弥前社長は、買収先企業との向き合い方について、統合報告書で「精査の結果に基づき、ある意味容赦なら買収後に当該企業の資産を有効活用しているからこそ収益性を上げてきた」と述べ、買収後の資産活用を収益化の核心に据える経営観を語っていた。あわせて、買収する会社の文化を重んじる考え方も示しており、フジコー統合でも同じ考え方が引き継がれた[10][11]。
2022年2月に就任した長岡豊社長は、この路線をさらに進め、2024年4月に集塵機器フィルターの株式会社カンキョーテクノ、同年8月に不織布製造の呉羽テック株式会社を相次いで子会社化した。富田氏が敷いたフジコー統合という土台の上に、長岡社長がニッチ領域のM&Aを積み重ねる構図が続いた[12]。
結果
「逆張り」戦略としての評価と産業機材事業の拡大
日本経済新聞は、価格競争が激しい汎用品市場を避け、機械用フィルターなど専門性の高いニッチ市場に的を絞りながら、東洋紡グループから取得した呉羽テックのように他社が手放す不織布事業を相次いで統合していく日本毛織の手法を「逆張り」の拡大戦略として報じた。安値競争を回避しつつシェアを積み上げる構図が、成熟市場での数少ない成長経路として描かれた[13]。
産業機材事業の売上高はFY19(2019年11月期)の257億円・利益18億円から、FY24(2024年11月期)に売上308億円・利益19億円、FY25(2025年11月期)には売上351億円・利益28億円へと拡大した。5年間で売上は約37%、利益は約57%増加し、不織布を軸とする集中投資が数字にも表れた[14]。
「第3の収益の柱」としての不織布事業
長岡豊社長は、繊研新聞のインタビューで「カンキョーテクノ、呉羽テックをM&Aでグループ化」したことに触れ、「不織布事業を第3の収益の柱に」する方針を明言した。衣料繊維・人とみらい開発に続く第3の柱として不織布を明確に位置づけたこの発言は、2002年のアンビック子会社化から約20年をかけた統合の到達点を示すものであった[15]。
長岡社長は前年の繊研新聞インタビューでも、第2次中期経営計画(2021〜2023年度)の総括として営業利益の達成度に触れつつ、「3番目の収益柱の育成」を課題に挙げていた。FANS発足とその後のカンキョーテクノ・呉羽テック買収は、この課題に応える形で進んだ動きであった[16]。
- 日本毛織 有価証券報告書 第195期(2025年11月期)【沿革】
- 日本毛織 有価証券報告書 第177期(2007年11月期)【主要な経営指標等の推移】
- 日本毛織 有価証券報告書(各期・セグメント情報)
- 日本毛織 統合報告書2020(経営者対談)
- 日本毛織 統合報告書2021(座談会・トップメッセージ)
- 日本毛織 統合報告書2024(FY24決算説明会要旨)
- 繊維ニュース(2023年10月16日)「ニッケ/不織布事業会社を経営統合/アンビックとフジコー」
- 日本経済新聞(2024年10月15日)「ニッケ、逆張りの不織布拡大 M&Aでニッチ市場統合」
- 繊研新聞(2024年1月31日)
- 繊研新聞(2025年1月28日)