北越コーポレーション の歴史

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創業 1907年
創業者 田村文四郎・覚張治平
創業地 新潟県長岡市
創業
1907年4月、長岡随一の紙卸商・田村文四郎氏と書籍商・覚張治平氏ら143名が出資し、長岡市で北越製紙株式会社を興した。翌1908年10月に長岡工場で板紙の製造を始め、信濃川の水力と越後平野の稲藁を原料に黄ボールを抄いた。田村家が築いた販路に安価な原料と自前の動力を結び付け、紙を売る側だった商人が川上の製造へ移った。1920年12月に市川工場で上質紙を抄き、1937年5月に設立した北越パルプで原料へ遡り、1949年5月に東京証券取引所へ株式を上場する。ただし工場は新潟と関東に限られ、全国に工場網を持つ王子・十條・本州の3社とは規模で開きがあった。
決断
買収の標的にされた会社が、以後は自ら株式を持つ側へ回った。創業以来、新潟と関東の工場に抄紙機を継ぎ足して品種を上げてきたが、同業と合併して規模を作る道は取らなかった。2006年7月、王子製紙の敵対的TOBに対し三菱商事への303億円の第三者割当増資でホワイトナイトを迎え、応募率5.33%で不成立に追い込む。守り切ったあと資本は外へ向かい、2009年10月に紀州製紙を株式交換で完全子会社として2011年4月に吸収合併し、2012年8月には大王製紙株を取得して持分法適用関連会社とした。同年9月にフランスのBernard Dumas、2015年10月にはカナダのAlberta-Pacific Forest Industriesを取得し、特殊紙と森林資源の拠点を海外へ置いた。
現況
売上の9割を占める紙パルプの利益が、1年で3分の1に縮んだ。2026年3月期の連結売上高2,877億円のうち紙パルプ事業は2,613億円を占め、セグメント利益は前期の182億円から59億円へ減少した。全社営業利益も197億円から75億円へ、当期純利益は155億円から72億円へ下がっている。海外売上は990億円で3割を超え、2015年に取得したカナダのAlberta-Pacificを通じてパルプ市況の振れを直に受けるようになった。2021年10月には株式の7.3%超を持つオアシス・マネジメントがキャンペーンを開始し、時価総額の約75%に相当する政策保有株式の縮減を求められた。独立を守るために積んだ株式が、資本効率を問われる対象へ変わった。
競合
同業と合併せず、株式を持つ形で相手とつながってきた。2006年に王子製紙が仕掛けた敵対的TOBは、三菱商事の増資引き受けと日本製紙の対抗買いによって不成立に終わり、国内製紙の再編はここで止まった。王子ホールディングスが四半世紀の段階合併で首位を保ち、大王製紙が小売店の棚で選ばれる品目を増やしたのに対し、北越は2012年に取得した大王製紙株22.3%を長く事業へ生かさないまま保有した。2024年2月、両社は生産技術・原材料購買・製品物流の3分野で戦略的業務提携を結び、2026年度に北越30億円・大王20億円の営業利益上積みを掲げている。防衛の足場として取得した株式が、12年を経て設備と物流を共有する提携へつながった。
北越コーポレーション:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
1997年3月期2026年3月期

創業ストーリー 創業と製紙基盤の確立と事業ポートフォリオ再編 (1907年〜)

稲藁を活かした紙卸商の製造業転身

1907年4月、長岡の紙卸商・田村文四郎[1]と書籍商・覚張治平を中心とする143名の出資者が北越製紙株式会社を設立した。稲作の盛んな新潟は原料となる稲藁の調達が容易な土地柄であり、新潟随一の紙商であった田村家が築き上げてきた広範な販路がそのまま創業時の販売基盤となった。翌年10月にはドイツ製の抄紙機を据え付けて長岡工場での板紙製造を開始し[2]、1914年に設立した北越板紙を1917年に合併して新潟工場とし[3]、長岡と新潟の2拠点体制を築いた。原料・販路・水力という製紙業の3条件を地元の信濃川流域で完結させたところに、創業期の北越製紙の独自性と強さがあった。

  • 北越コーポレーション 有価証券報告書 第187期(2025年3月期)【沿革】
    • [1]1907年4月 長岡市にて設立総会を開催し北越製紙㈱を創業(同年5月9日設立登記)
    • [2]1908年10月 長岡工場で板紙の製造を開始(祖業である板紙生産の起点)
    • [3]北越板紙は1914年7月に新潟市に設立した板紙生産の関連会社で、1917年2月に合併して新潟工場と称した。1920年12月の新設は市川工場(千葉県)である

第1次世界大戦の好景気を受けて北越製紙は業容を急拡大したが、大戦後の反動不況により1920年に新設した市川工場は採算割[4]れが続いた。好況期の拡張投資が不況期に採算上の負担となる構図は、設備投資の規模が直接固定費を押し上げる装置産業の宿命でもあり、北越製紙が直面した最初の本格的な経営試練となった。経営の中核には引き続き田村家の出身者が据えられ、田村家から出た社長が1950年代まで歴任する創業家支配の統治体制がはっきりとした形をとって定着した。創業時の人脈と販路に支えられた経営構造は、戦後の業界再編期に至るまで色濃く残り続けた。

  • 北越コーポレーション 有価証券報告書 第187期(2025年3月期)【沿革】
    • [4]1920年12月 市川工場を新設(千葉県)。新設直後に第一次世界大戦終結による不況に直面し採算割れが続いた
  • 北越コーポレーション 有価証券報告書 第187期(2025年3月期)【沿革】
    • [1]1907年4月 長岡市にて設立総会を開催し北越製紙㈱を創業(同年5月9日設立登記)
    • [2]1908年10月 長岡工場で板紙の製造を開始(祖業である板紙生産の起点)
    • [3]北越板紙は1914年7月に新潟市に設立した板紙生産の関連会社で、1917年2月に合併して新潟工場と称した。1920年12月の新設は市川工場(千葉県)である
    • [4]1920年12月 市川工場を新設(千葉県)。新設直後に第一次世界大戦終結による不況に直面し採算割れが続いた

戦後復興期に獲得した洋紙生産国内5位

戦時中に空襲を免れた北越製紙は早期に生産体制を立て直し、1951年には製紙業界のなかでもトップレベルの収益を計上した。同社はこの収益を設備投資の原資として振り向け、長岡・新潟・市川の3拠点で抄紙機を相次いで新設して増産体制を整えた。その結果、1955年には洋紙生産高で国内シェア5位を確保し、新潟を本拠とする地方企業でありながら王子・本州・十條といった東京資本の大手と互角に競う存在として業界内外の注目を集めた。地方発の中堅メーカーが大手の一角に並ぶという、戦後の製紙業界では異例の位置取りをした時期である。

しかし1957年からの景気低迷で収益性が低下し、北越製紙は再建方策案を策定して希望退職を含む人員整理に踏み切らざるを得なくなった。1959年には鈴木一弘による株式買い占め事件が起き、外部からの経営介入のリスクが現実のものとして同社の前に立ち現れた。株式の買い占めは当時の上場企業に共通する脅威だったが、創業家支配が残る地方中堅メーカーにとっては組織防衛の足場そのものが論点となる事件でもあった。さらに1963年には田村文吉会長の逝去によって創業家による経営に区切りがつき、半世紀以上にわたって続いた田村家中心の統治構造は終わりを迎えた。地方の中堅紙メーカーから業界中位の企業へと立場が変わるなか、北越製紙は新たな統治構造への転換を迫られた。

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北越コーポレーションの沿革1907〜2021年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1907〜1963年創業と製紙基盤の確立と事業ポートフォリオ再編北越製紙を設立
長岡工場で板紙の製造を開始
北越板紙を設立
市川工場を新設(千葉県)
ファイバーの生産開始
北越パルプを合併★★
北越水運を設立
運送事業に参入
東京証券取引所に株式上場
紀州製紙パルプを設立
洋紙生産高・国内シェア5位
北越製紙再建方策案を策定・人員削減へ★★
本社機能を移転
鈴木一弘氏による株式買い占め事件★★
田村文吉会長が逝去
1964〜2020年設備更新と震災復興と事業ポートフォリオ再編新潟地震で新潟工場が被災・抄紙機新設で復興へ★★
国内初の表裏のない板紙生産を開始
勝田工場を新設・紙器の生産開始
子会社北越パッケージを設立
新潟工場への設備投資を再開
新潟工場に7号機(上・中質塗工紙抄紙機)を新設
新潟工場に8号機を新設・ECFパルプ生産開始
三菱製紙との業務提携を発表★★
三輪正明新潟県中越地震で長岡工場が被災
三輪正明王子製紙の敵対的TOBに対する自主独立の防衛

2006年7月、業界首位の王子製紙が同6位の北越製紙に1株860円・発行済株式の50.1%以上を目標とする敵対的TOBを仕掛けた。北越は三菱商事への第三者割当増資でホワイトナイトを迎え、買収防衛策も併せて自主独立を選んだ。日本製紙の対抗買いも加わり、王子は9月に過半数取得を断念し、北越は独立を守った。

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★★★
岸本晢夫新潟工場に9号機(上質塗工紙抄紙機)を新設
岸本晢夫株式交換により紀州製紙を完全子会社化★★
岸本晢夫東日本大震災で関東工場が被災
岸本晢夫大王製紙の株式取得★★
岸本晢夫三菱商事と天然ガス発電事業に参入
岸本晢夫商号を北越コーポレーションに変更
岸本晢夫三菱商事との業務提携を解消★★
岸本晢夫新潟工場の抄紙機6号機を「段ボール原紙抄紙機」に改造
2021〜2026年買収防衛と株主対立と事業ポートフォリオ再編岸本晢夫オアシスによるキャンペーン「より「強い」北越」の開始

2021年10月、北越コーポレーションの株式を7.3%以上保有する香港の投資ファンド、オアシス・マネジメントが『より「強い」北越(A Better Hokuetsu)』と題したアクティビスト・キャンペーンを開始し、時価総額の約75%に相当する政策保有株式の縮減とバイオマス発電への集中投資を岸本晢夫社長に迫った局面。

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★★★
出典・参考
  • 北越コーポレーション 有価証券報告書 第187期(2025年3月期)【沿革】

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