決断
1956年5月に取締役として迎えた王子製紙副社長の木下又三郎氏を、同年11月には社長に据えた。木下氏が新工場の製品を選ぶのに使った条件は市場性、原料の安定、新技術、公共性、そして他社に同様の計画がなく無駄な競り合いを避けられることの五つで、残ったのが段ボール原紙であり、王子・十條が抄いていない紙を選ぶことも新工場の前提に織り込まれていた。1957年1月、既設工場の合理化と釧路への段ボール原紙工場の新設を同時に決めた。原料には、帯広営林局が有償の処分先を探していた道東の低品位広葉樹を充てた。建設資金80億円余は資本金20億円の会社がほぼ全額を借入金で調え、北海道東北開発公庫の10億円を皮切りに、市中の五大銀行と生命保険三社があとに続いた。
1988年 釧路工場の子会社譲渡
1957年1月 釧路の段ボール原紙工場新設
釧路の段ボール原紙工場新設二度の減配と経営首脳の退陣を経て、既設工場の合理化と釧路の新工場建設を同時に走らせた再建計画同じ経営論点に直面した企業 | 構造改革・リストラ業績の推移1956 1957 1962 売上高(億円) 119 133 254 営業利益率(%) 8.4 12.0 −