三菱製紙の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

原料と立地を先に押さえ、高級紙の品目を広げてきた会社である。1901年に用水の豊かな高砂町へ工場を移し、上級紙で国内首位の地位を得た。1908年には木材パルプに代わる原料を求めて台湾中部で1万5000町歩の竹林の払下げを受け、1911年に竹パルプの工業化で成功を収めた。しかし台風と竹材の不足で原価が膨らみ、台湾の工場は1916年に閉鎖となった。一方で、1917年に大消費地の東京近辺へ中川工場を新設し、1918年には輸入品が占めていたアート紙の製造に着手した。原料の転換は台湾からの撤退で終わり、高級紙の品目を広げる路線が残った。

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