神崎製紙の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

アート紙を先に作り、原紙とパルプは後から遡って建てた。払込資本金1,000万円は全額が王子製紙への工場代金に消え、設備投資も運転資金も借入に依るほかなかった。そこで加藤藤太郎社長は、原料でも原紙でもなく付加価値の最も高いアート紙から始め、その資金で抄紙、次にパルプへ下る順序を決める。創立の1カ月後にあたる1948年10月20日に最初のアート紙を巻き取り、1949年11月にはアート紙の全国生産量の50%を占めた。原紙を自給する抄紙機がそろったのは1950年3月、原木からパルプを作るSP設備の完成は1951年4月で、無一文からの出発から2年8カ月で一貫工場ができている。最終製品を先に持ったことで、原紙を待つあいだも現金が入り、次の設備の担保になった。

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