1994年の合併は、財閥系総合化学が抱いた"規模の追求"という発想を体現していた。三菱系で連携と重複を続けてきた石炭化学の三菱化成と石油化学の三菱油化を一つにまとめ、川上から川下までを自前で握るフルライン企業をつくる——業界再編の先駆けとして期待を集めた統合であった。だが、あらゆる石化製品を並べる"百貨店"の体質は、不採算事業の整理をむしろ遅らせる方向に働いた。対等色の強い合併ゆえの遠慮や、長く染みついた自前主義が、規模の利を数字として取り出す作業を鈍らせた面もあったとみられる。
その後の三菱化学、そして三菱ケミカルの歩みは、この合併が"ゴール"ではなく組み替えのはじまりであったことを示している。脱・総合、医薬の分離と再結合、2017年の3社ワンカンパニー化、さらに近年の石化再編——規模を追って一つにまとめ、次に選択と集中で解きほぐすという往復運動が、四半世紀にわたって繰り返されてきた。財閥系総合化学が掲げた規模の追求と、その後の選択と集中への揺り戻しは、いま脱炭素と中国勢の台頭に揺れる石油化学業界に、なお同じ問いを投げかけている。