テレウェイの吸収合併(1998年・KDDの決断)更新:2026/10/15KDD:業績の推移売上高(億円)経常利益率(%)データ出所同業他社の吸収と商号のKDD株式会社への変更1998年12月、国際電信電話がトヨタ自動車系の長距離通信会社である日本高速通信(テレウェイ)と合併し、KDD株式会社が発足した経営判断。合併交渉は1997年11月11日、郵政省が国際電信電話株式会社法の廃止法案を次の通常国会に出すと決めた日に明らかになった。1998年3月の時点で合併は10月の予定とされ、実際の合併は12月にずれ込んだ。何をなぜ決めたか:同業他社の吸収と商号のKDD株式会社への変更概要1998年12月、国際電信電話がトヨタ自動車系の長距離通信会社である日本高速通信(テレウェイ)と合併し、KDD株式会社が発足した経営判断。合併交渉は1997年11月11日、郵政省が国際電信電話株式会社法の廃止法案を次の通常国会に出すと決めた日に明らかになった。1998年3月の時点で合併は10月の予定とされ、実際の合併は12月にずれ込んだ。背景1997年6月の法改正で国内と国際の相互参入が認められた。国際専業の国際電信電話は国内の回線をほとんど持たず、NTTに公衆回線への接続料を払っていた。相手のトヨタ自動車は、通信事業の立て直しを奥田碩社長が「年内に決める」と期限を切っていた。テレウェイの1997年3月期は売上高1119億円・経常利益8億円で、7年ぶりの単年度黒字ながら累積損失は646億円に達していた。内容トヨタ自動車は合併に先立ち、増減資でテレウェイの累損を一掃し、1998年1月には増資で出資比率を52.8%に上げて子会社にした。合併で新会社の筆頭株主はトヨタ自動車になるとみられた。規模は国際電信電話が大きく、1997年3月期の売上高は3224億円とテレウェイの約2.9倍であった。テレウェイにとっては、通信技術者を抱える国際電信電話の技術陣が魅力とされた。合併後の網には、高速道路沿いに敷いた約9,000kmの光ファイバーが加わった。含意合併でテレウェイの光ファイバー網は国際電信電話のものになり、のちにIIJ・ソニー・トヨタ自動車が出資するクロスウェイブコミュニケーションズがその長期利用権を取得した。トヨタ自動車の山本幸助副社長は『音声通話は値下げ競争もあり、今後も収益が著しく向上することは考えにくい。ただし、自前の回線をもつ通信会社を身内に抱えているのは、総合的な事業展開に役立つ』と、音声通話の収益に多くを期待していなかった。合併でテレウェイと国際電信電話がDDIと対等になるという見方もあり、2000年10月にはDDI・KDD・IDOの3社が合併した。いつ何が起きたか5件筆者考察考察考察:線を取得するということ売上高で約2.9倍の差があった国際電信電話が、新会社の筆頭株主の座をトヨタ自動車に渡す形の合併を受け入れた。累積損失646億円を抱えた長距離会社を合わせてでも欲しかったのは、高速道路沿いに引かれた国内の幹線だったのだろう。国際専業のまま国内へ出た会社にとって、自前の陸上網は買うほかに手早く得る手段がなかったと思われる。もっとも、線を取得することと、その線で稼ぐことは別であった。合併後には旧テレウェイの光ファイバー網の長期利用権が他社へ渡り、合併でDDIと対等になるという見立ても、2年足らずでDDI・IDOとの3社合併へ行き着いた。テレウェイとの合併は、国内と国際を一貫して提供するための完成形ではなく、より大きな再編へ移るまでの中継点だったとみられる。Yutaka Sugiura, 2026年7月参考文献参考文献参考日経ビジネス 1997年11月17日号日経ビジネス 1998年3月2日号日経ビジネス 1997年6月30日号日経ビジネス 1998年8月3日号証券調査 2000年2月1日号「産業研究 日本のインターネット産業と関連企業の展望」日経ビジネス 1998年3月2日号(日経BP社)KDDI アニュアルレポート「アニュアルレポート2001(2001年3月期)」次に読む決断KDDの意思決定1997年KDDKDDルートKDDの国内延伸企業向け国内電話への参入と、列島周回海底ケーブルの敷設1997年1998年KDDKDD国際電信電話法の廃止根拠法の消滅に伴う特殊会社の立場からの離脱と一民間企業への移行1998年同じ問い:合併後の統合2010年システナシステナカテナ吸収合併と商号変更合併した二社を「システナ」の新社名の下に一体化する再編2010年2000年メディパルHDメディパルHD三社合併でクラヤ三星堂発足医薬品卸3社の対等合併と、これに伴う本店の東京移転2000年2000年KDDIKDDIDDI・KDD・IDOの合併長距離・国際・携帯を1社に統合した総合通信事業者の発足2000年2001年日本興亜損害保険日本興亜損害保険興亜火災海上保険との合併三社統合構想の破談と、残る2社での合併による再出発2001年2003年コニカミノルタコニカミノルタミノルタとの経営統合株式交換方式の採用と、両社を子会社とする持株会社の設立2003年×出所