KDDの歴史

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沿革

1953年に日本電信電話公社の国際部門を切り出して株式会社として発足した国際電信電話が起源。

政府の直営事業を株式会社へ移行した最初の例で、1985年まで国際通信を法で独占した。日本の国際通信を担った特殊会社で、2000年に第二電電・日本移動通信と合併して解散した。

1953年1961年1964年1967年1997年1998年2000年国際電信電話1953年特殊会社で発足日本電信電話公社1953年国際部門を分離株式上場1961年東証に上場太平洋ケーブル1964年TPC-1が開通太平洋衛星1967年衛星通信が開通国内電話に参入1997年企業向けを開始決断KDD法の廃止1998年特殊会社でなくなる決断日本高速通信1998年吸収合併決断KDDI2000年3社合併で解散第二電電・日本移動通信2000年合併
KDD
歴代社長と長期業績(敬称略)
1985年3月期
単体
売上高
2,119億円
売上高純利益率
9.6%
出所:会社年鑑(1986年版)
売上高129億円売上高681億円売上高2,119億円純利益率14%純利益率10.4%純利益率9.6%1961/31965/31970/31975/31980/31985/31990/31995/32000/32005/32010/32015/32020/32025/32030/3
  1. 国際電信電話法が公布[1]
  2. 国際通信を担う特殊会社の設立が決定[2]
  3. 会社設立委員会の委員が任命[3]
  4. 設立委員会と電電公社が出資・譲渡財産の範囲で協定[3]
  5. 国際電信電話が発足[4]創業
  6. 日本電信電話公社の国際部門を承継[4]
  7. 東京局舎(KDD大手町ビル)を起工[5]
  8. 大阪局舎(KDD備後町ビル)を起工[5]
  9. 国際電報料金を全面的に値下げ[5]
  10. 社内に海底線調査班を設置[6]
  11. AT&TとTPC-1建設の可能性について討議を開始[6]
第1章電電公社の国際部門を切り出して発足した資本金33億円の特殊会社
売上高
  • 売上高
KDD売上高—
  1. 東京・大阪・名古屋の各証券取引所市場第二部に上場[7]上場
  2. 太平洋ケーブルの建設保守協定が郵政省・大蔵省の認可[6]
  3. 神奈川県二宮町に陸揚局用地を購入[6]
  4. 引受先9社と外債の契約に調印[8]
  5. ハワイ側から太平洋ケーブルの敷設工事を開始[6]
  6. 太平洋ケーブルTPC-1が開通、商用を開始[6]
  7. RCA・ITTと衛星通信運用協定を締結[9]
  8. 太平洋衛星が正式開通[10]
  9. 日中国交回復交渉の先遣隊に技術者を派遣[11]
  10. 小型衛星通信装置で臨時回線を開設[11]
  11. 新宿のKDDビルが完成[12]
  12. 国際テレックス電子交換設備が稼働[12]
第2章日本初の超高層ビルへ本社を移転するまでに伸びた通信量
売上高当期純利益率
  • 売上高
  • 当期純利益率
KDD1978年3月期売上高1,071億円売上高当期純利益率8.6%
  1. 貴金属の密輸と過剰接待が発覚(KDD事件)[1]
  2. 経営陣の刑事責任と郵政省の監督責任を追及[13]
  3. 山一証券取締役相談役だった日高輝氏が会長に就任[14]
  4. 電気通信事業法の施行で通信市場が開放され、国際通信の法律上の独占が終わる[15]
  5. 日本国際通信と国際デジタル通信が設立[16]
  6. ITJとIDCが専用線と国際電話のサービスを開始[1]
  7. 国際通信の独占が実態として崩壊[17]
  8. 新会社の参入と料金値下げで33年ぶりの減収減益[18]
  9. 市原博氏が社長に就任[18]社長交代
第3章税引き利益98億円に対し交際費20億円という比率
売上高経常利益率
  • 売上高
  • 経常利益率
KDD1985年3月期売上高2,119億円売上高経常利益率20.5%
転換期

1997年〜国内通信への参入と第二電電・日本移動通信との合併

  1. ルートKDDの国内延伸[19]隣接領域への展開
  2. 国際電信電話法の廃止[1]収益モデル転換
  3. テレウェイの吸収合併[20]合併・経営統合
  4. 連結経常利益が38億円にとどまる[20]
  5. DDI・KDD・IDOの合併[21]合併・経営統合
売上高
  • 売上高
KDD売上高—
出典・参考21件
出典・参考
  • [1]会社銀行八十年史「日本会社史 国際電信電話」(1955年)
  • [2]国際電信電話株式会社法(昭和27年法律第301号)
  • [3]国際電信電話株式会社二十五年史(国際電信電話「会社発足時の設備と資本金」)(1979年)
  • [4]会社銀行八十年史(東洋経済新報社「国際電信電話」)(1955年)
  • [5]国際電信電話株式会社二十五年史(国際電信電話「短波通信時代」)(1979年)
  • [6]国際電信電話株式会社二十五年史(国際電信電話「第一太平洋横断ケーブル(TPC-1)」)(1979年)
  • [7]『国際電信電話株式会社二十五年史』「株式の上場」(国際電信電話株式会社)(1979年)
  • [8]国際電信電話株式会社二十五年史(国際電信電話「広帯域通信への移行時代」)(1979年)
  • [9]国際電信電話株式会社二十五年史(国際電信電話「衛星通信の商用開始」)(1979年)
  • [10]国際電信電話株式会社二十五年史(国際電信電話「衛星通信誕生の意義」)(1979年)
  • [11]日経ビジネス 1991年9月16日号「市原博氏[国際電信電話]登場」
  • [12]国際電信電話株式会社二十五年史(国際電信電話「国際通信の多様化時代」)(1979年)
  • [13]日経ビジネス 1979年11月5日号「『株式会社で独占公認』KDDゆえ“密輸”と過剰接待の大まじめぶり」
  • [14]私の履歴書 経済人16「日高輝」(日本経済新聞社、1981年)
  • [15]日本産業史 第4巻(日本経済新聞社「通信-情報通信産業の誕生」)(1994年)
  • [16]日経ビジネス 1987年6月8日号「所詮ムリだった第2KDD調整」
  • [17]日本産業史 第4巻(日本経済新聞社、1994年)「通信-情報通信産業の誕生」
  • [18]日経ビジネス「市原博氏[国際電信電話]登場 生え抜きの営業通に社員の期待」(1991年9月16日)
  • [19]日経ビジネス「国際電信電話(KDD)海底ケーブルで国内参入 名門通信の期待と不安」(1997年6月16日)
  • [20]日経ビジネス「トヨタが仕掛ける新たな通信再編」(1997年11月17日)
  • [21]KDDI 有価証券報告書【沿革】

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