1997年度のモータ部門が出した6億円の赤字を、半導体関連部門の16億円の黒字が埋めていた。数字だけを見れば整理の対象ははっきりしていたが、切り離す相手は東京芝浦電気の"芝浦"の由来にあたり、東芝の重電部門の本流でもあった会社である。株式の61.6%を握る東芝は、その中身をモータから製造装置へ入れ替える側に回った。
ただし、この入れ替えが実を結んだと言えるのは、その後の数字を知っているからにすぎない。装置に絞った会社は2002年3月期・2003年3月期に連続赤字を計上し、合併時に掲げた海外売上高比率50%前後という目標も2006年3月期は39.5%にとどまった。それでも2005年3月期の売上高885億円は、合併時に単純合計で520億円とされた規模の1.7倍にあたる。1939年に東芝の兵器・機械部門として切り出された会社は、59年後に東芝への部品供給元であることをやめている。