そばめしで冷凍食品へ集中(2001年・ニチロの決断)

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ニチロ:業績の推移
売上高(億円)経常利益率(%)
家庭用・業務用の調理冷凍食品への集中と、ライン直結の商品開発体制への移行1990年代に子会社がコンビニエンスストア向けで広げた調理冷凍食品を、ニチロが1999年発売の"そばめし"を機に主力へ据え、全社一本の開発部を解体して生産ラインに直結した開発体制へ移した判断。買収と中国の生産拠点を重ね、2007年3月期には加工食品事業が連結売上高の6割を占めた。

何をなぜ決めたか:家庭用・業務用の調理冷凍食品への集中と、ライン直結の商品開発体制への移行

概要

1990年代に子会社がコンビニエンスストア向けで広げた調理冷凍食品を、ニチロが1999年発売の"そばめし"を機に主力へ据え、全社一本の開発部を解体して生産ラインに直結した開発体制へ移した判断。買収と中国の生産拠点を重ね、2007年3月期には加工食品事業が連結売上高の6割を占めた。

背景

宮畜産(後のニチロサンフーズ)が1993年からセブン-イレブン向けに餃子を納入して売上を拡大し、冷凍食品の市場規模も1998年に7,475億円へ拡大していた。少量多品種・業務用中心の生産は、大手とは異なる開発の速さを求めていた。

内容

1999年9月発売の"そばめし"は包材1,000箱から始まり、1か月で3,000箱、4か月で1万箱に伸びた。全社一本の開発部を解体してラインに直結させ、若手の提案をまず小さく作らせる。売れてもライン増設は急がず、売り止めを繰り返した。

いつ何が起きたか7件
筆者考察
考察

考察:外れる前提で、安く出す

それでも商品は世に出て、1,000箱で足りるはずの包材は1か月で3,000箱、4か月で1万箱に伸びた。ここで効いたのは商品を当てる目利きではなく、外れると見込んだ商品でもいちばん安いデザイナーと1,000箱の包材で出せる仕組みであった。全社一本の開発部を解体して生産ラインに直結させた体制は、外れる前提の試作を安く数多く回すために選ばれたとみられる。

ただし、この作り方には取りこぼしが伴った。めったにライン増設に踏み切らない方針のため売り止めが繰り返され、2001年2月14日からの関東以東の売り止めは再開の見通しすら立たなかった。集中をアクリフーズの子会社化や中国工場で補うと財務が重くなり、2005年3月期には71億8,600万円の当期純損失と12.0%の自己資本比率として現れた。2007年3月の商品開発センター新設も、ラインへ預けた開発を規模に見合う体制へ戻す必要が生じたためだと推察される。小さく試す仕組みは、事業が大きくなるほど作り直しを迫られる。

Yutaka Sugiura, 2026年8月
参考文献

参考文献

参考

  • 証券アナリストジャーナル 2000年4月号
  • ニチロ 有価証券報告書(2007年6月28日提出)
  • ニチロ 有価証券報告書【沿革】

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