ニチロの決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

漁場を失うたびに、会社の重さを海から陸へ移してきた。1920年の尼港事件と戦後恐慌で1,000万円の負債を抱え、朝鮮銀行の融資条件だった三社合同を受け入れて1921年3月に日魯漁業となる。露領の漁場を集約して1932年11月には経営漁場298・工場32に達したが、1945年8月の終戦で在外資産をすべて失った。戦後は日ソ漁業条約の割当が上限となり、1960年から5年間で300億円を陸上加工と畜産加工へ投じて1968年に無配へ転じる。1977年の二百カイリ規制では北洋漁業を縮めて陸上加工へ転換し、1979年9月に米ピーターパン・シーフーズを買収してアラスカへ加工拠点を開設した。陸へ移すたびに設備投資が先行し、資本金70億円の会社が9年で約350億円を投じて金利負担に追われた。

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