キリンHDの決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

首位を取りすぎないために、増やす先を本業の外へ置いた。国内シェアが60%を超えた1972年、独占禁止法による企業分割論が国会で4年にわたり審議され、麒麟麦酒は拡販を自制してビール外への多角化を選んだ。以後の成長はビールの外に置かれ、1981年12月の第二次多角化方針で医薬事業を始め、1990年4月には腎性貧血治療剤エスポーを発売する。海外では同じ順序をとらず、規模そのものを取得しにいった。2007年から2008年にかけて豪州乳業の首位と2位を相次いで買収し、2011年10月にはブラジル2位のスキンカリオールを傘下に収めている。だが南米は現地経済の低迷と競争激化で採算を確保できず、2017年2月に減損したうえでハイネケンへ譲渡して撤退した。技術で伸ばした医薬が残り、規模で買った海外ビールは残らなかった。

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