EPO製剤を発売(アムジェンから製品導入)
アムジェン創業とEPO実用化への到達
1980年、米国でバイオベンチャーのアムジェンが創業した。遺伝子組換え技術を用いた医薬品の実用化を目指し、創業初期からEPO(エリスロポエチン)の研究開発に注力した。EPOは腎性貧血などの治療薬として需要が見込まれていたが、体内由来物質の量産は困難であった。1983年、アムジェンはEPO遺伝子のクローニングに成功し、医薬品としての実用化に道を開いた。
一方、キリンは1982年以降、ビール製造で蓄積した発酵・培養技術を活かしてバイオ医薬品領域への参入を進めていた。しかし、基礎研究から独自に医薬品を開発するには時間とリスクが大きく、特にEPOの知的財産はアムジェンが保有しており、独自開発は特許紛争に直結する可能性があった。
アムジェンとの提携による特許リスクの回避
1984年、キリンはアムジェンとの提携を決断し出資を行った。EPOの開発成功が確認された段階での提携であり、基礎研究リスクを回避しつつ事業化に参画する選択であった。キリンは日本国内での承認取得、流通、販売を担い、アムジェンが製剤技術と特許を提供する役割分担が設計された。
この判断は特許を巡る競争の回避という意味を持っていた。同時期に中外製薬はバイオ薬品に独自投資を行い、アムジェンとの特許紛争に直面していた。キリンは提携によって研究開発リスクと法的リスクの双方を抑制し、事業化への最短経路を選択した。
医薬品事業の事業化と収益の柱の形成
1990年、キリンはアムジェンとの共同でEPO製剤「エスポー」を日本国内で発売した。医薬品の商業化プロセスに関与する形で事業経験を蓄積し、酒類事業からのキャッシュフローを開発原資として投入できたことが、参入を支えた。
EPO製剤の成功は、キリンの医薬品事業を構想段階から実行段階へと移行させた。ビール事業とは異なる高付加価値の収益構造を持つ事業として、グループの事業ポートフォリオに新たな柱を加えた。のちの協和発酵工業の買収を通じた医薬品事業の本格展開は、このEPO製剤での事業化経験が前提となっている。