重要な意思決定
19872月

事業部制を導入

背景

高シェア維持下で進んだ市場変化への対応遅れ

1980年代半ば、キリンは国内ビール市場で約60%前後のシェアを占め業界首位を維持していた。しかし市場全体の成長率は鈍化し、缶ビールの普及や飲用シーンの多様化により、商品ごとの差別化が重要な局面に入っていた。

当時の組織は製造・販売・研究を機能別に配置する体制であり、大量生産・大量販売には適していたが、商品ごとの採算管理や迅速な意思決定には時間を要した。シェアの推移を見ると1980年代前半をピークに微減傾向が始まっており、主力商品の比重が高い中で、環境変化への反応速度が課題として認識され始めていた。

決断

事業単位での意思決定を可能にする組織再編

1987年2月、キリンは事業部制の導入を決定した。ビール事業を中心に、商品・事業単位で企画、開発、販売を担う体制へと組織を再編した。従来は全社ベースで管理されていた業績を事業単位で可視化し、シェア動向や収益性の変化を迅速に経営判断へ反映させることが狙いであった。

事業部制は単なる管理手法の変更ではなく、市場や顧客に近い単位で意思決定を委ねる仕組みでもあった。商品改良や新商品投入のスピードを高め、変化する消費者ニーズへの対応力を強化することが意図されていた。シェアと業績が安定しているうちに、将来の競争環境を見据えた先行対応として実施された。

結果

組織改革の直後に訪れたドライショック

事業部制の導入により、商品別の収益管理体制は整備された。しかし皮肉なことに、導入直後の1987年3月にアサヒビールがスーパードライを発売し、市場環境は一変した。新しい味の提案が消費者の選択基準を変え、キリンのシェアは急速に低下し始めた。

事業部制は組織の動き方を変える改革であったが、主力ラガーの味を根本的に変えるかどうかという戦略判断とは次元が異なっていた。組織構造の見直しだけでは、市場の非連続な変化に対応しきれないことが、直後のドライショックによって明らかになった。