決断
利幅を守るため、売り先との間に商社を置かなかった。1956年、赤井三郎氏は自ら渡米して米キャリホン・ロバーツ社との納入契約を取りつけ、商社を通さず現地代理店と直接契約する輸出網を敷いた。中間マージンを負わない販路は利益率を高く保ち、1969年時点で輸出比率は約95%、代理店は世界170店に達した。先発のソニーと重ならない縦型のテープレコーダーへ絞ったことも、この販路を支えている。一方で1975年11月には家庭用ビデオへ参入したが、テープ駆動の技術は近くても規格は自前で持てず、売り先との距離を詰めて得た利幅は守れなかった。
1975年11月 ビデオ参入とVHS後発合流
ビデオ参入とVHS後発合流テープ駆動技術の親和性に依拠して家庭用ビデオへ参入したが、VHS対ベータマックスの規格競争に後発で合流し、規格の主導権を掌握できないまま量産販売に依存する第2の柱を抱えた判断同じ経営論点に直面した企業 | 新規事業・多角化業績の推移1974 1975 1980 売上高(億円) 247 290 778 経常利益率(%) 5.3 5.2 1.4 1956年 縦型テープレコーダーで輸出