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穐田誉輝体制での多角化と海外レシピ買収

2012年実施

料理レシピ一分野への依存を、どう抜け出すか——穐田誉輝が約2年で約90億円を投じた多角化とM&A

時期 2012年5月
意思決定者 穐田誉輝(社長)
論点 多角化と海外展開
概要
2012年5月、社外取締役だった穐田誉輝が創業者・佐野陽光に代わり社長に就き、国内料理レシピへの依存を「一本足打法」と捉えて多角化した経営判断。習い事・海外レシピ・結婚・求人へ相次いで買収と出資を重ね、約2年でM&Aと大型出資に総額およそ90億円を投じて、生活領域全般のプラットフォーム化をめざした。
背景
創業者の佐野陽光は代表を退き、発行済株式の約44%を握る筆頭株主兼取締役として残ったまま海外へ拠点を移した。引き継いだ穐田は、2012年4月期に売上39.1億円・営業利益19.3億円という高収益を保ちつつ、その稼ぎがほぼ国内レシピ一分野に集中する構造に成長の頭打ちを見ていた。
内容
2013年に習い事「サイタ」(約10億円)とallthecooks・Mis Recetas、2014年にアラビア語圏Shahiya、2015年に結婚情報「みんなのウェディング」(約28.6億円のTOB)を相次ぎ取得。約2年でM&Aと出資に総額約90億円を投じ、2015年に売上高100億円を超えた。
含意
売上高は39.1億円から168.5億円へ約4倍に伸びた一方、利益は追いつかず、2016年12月期は増収減益に転じた。allthecooksやサイタでは減損が相次ぎ、EC事業は京王百貨店へ売却。料理への集中を求める佐野との路線対立が深まり、この多角化が2016年の経営権をめぐる対立の争点となった。
筆者の見解

90億円の多角化が残したもの

穐田体制の多角化は、単一事業に依存する高収益企業が次の成長をどこに求めるか、という問いへの一つの答えだった。国内レシピという安定した稼ぎ頭を持ちながら、その一分野への集中を「一本足打法」と捉え、習い事、海外レシピ、結婚、求人へと約2年で約90億円を投じて事業の裾野を広げた。売上高は39.1億円から168.5億円へ、規模の面では狙いどおりに伸びた。だが、買収した海外レシピや習い事の多くは収益に結びつかず、減損と売却が続いた。規模の拡大と利益の伴わなさが同居した結果は、多角化の速さと投資額に見合う果実を、事業ごとに検証しきれていなかった可能性を示している。

この多角化は、事業戦略にとどまらず、経営の主導権をめぐる火種にもなった。料理レシピへの集中を重んじる創業者の佐野と、生活領域全般への拡張を進める穐田とでは、資源をどこへ振り向けるかという根本の考え方が食い違っていた。約44%を握る筆頭株主として佐野が背後に残る資本構成のもとで、この路線の違いは事業の拡大とともに深まっていく。多角化が売上を押し上げる一方で利益が伴わず、減損が続いた実績は、集中を求める側にとって、拡張路線を問い直す材料にもなった。生活のプラットフォームをめざした穐田の投資は、2016年に表面化する経営権をめぐる対立の、直接の争点となっていく。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

創業者の退任と「一本足打法」という問い

2012年5月、クックパッドは創業者からの世代交代を迎えた。料理レシピの共有サービスを育て、株式上場まで導いた佐野陽光が代表執行役を退き、社外取締役だった穐田誉輝が代表執行役社長に就いた。穐田は価格比較サイトのカカクコムを社長として率いた経歴を持つ投資家型の経営者で、創業家以外の外部人材が経営の先頭に立つ点で、同社にとって異例の交代だった。佐野は発行済株式の約44%を握る筆頭株主兼取締役として残り、生活の拠点を海外へ移して海外事業に専念した。所有では創業者が最大株主として背後に控え、日々の事業運営は迎えられた穐田が担うという分業のもとで、その後の多角化が始まった[1]

穐田が引き継いだ事業は、収益の面では健全だった。2012年4月期の単体売上高は39.1億円、営業利益は19.3億円で、売上の半分近くが利益として残る高収益の構造を保っていた。ただし、その稼ぎはほぼ国内の料理レシピ事業に集中しており、成長を一分野に頼る形が続いていた。穐田はこの状態を「一本足打法」と捉え、料理以外の生活領域へ事業を広げる多角化に着手する。結婚、習い事、知育、求人、電子出版といった暮らしの各場面に、買収と出資で足場を築き、レシピで培った利用者基盤を生活全般のプラットフォームへ延ばす構想を描いた。単一事業の高収益を、より広い領域の成長へ組み替えようとする試みだった[2]

決断

習い事への進出——コーチ・ユナイテッドの買収

多角化の最初の一手は、料理から離れた習い事の分野だった。2013年9月6日、クックパッドは習い事の予約サービス「サイタ(Cyta.jp)」を運営するコーチ・ユナイテッドを約10億円で買収し、全株式を取得して完全子会社とした。コーチ・ユナイテッドは有安伸宏が創業した企業で、楽器や語学、スポーツなどの個人指導を、教える側と習う側とで仲介する事業を手がけていた。レシピという「作り方」を共有する事業と、技能を「教わる」場をつなぐ事業には、生活の学びを支えるという点で通じるものがあった。この買収は、料理に限らず暮らしのさまざまな行動を自社サービスで支えるという穐田の構想を、最初に形にした案件となった[3]

世界のレシピを買う——英語・スペイン語・アラビア語圏へ

買収の矛先は、同じ2013年のうちに海外のレシピ市場へ向かった。12月20日、クックパッドは北米で英語圏向けレシピサービス「allthecooks」を運営する会社を約5.3億円で取得して完全子会社とし、あわせてスペイン語圏向け「Mis Recetas」を運営するITYIS SIGLO XXIから、同事業を約11.1億円(800万ユーロ)で譲り受けた。国内で確立したレシピ共有のモデルを、言語圏ごとに異なる料理文化のうえへ移植し、世界展開を本格化させる狙いだった。日本語圏で先行したサービスを足がかりに、英語圏とスペイン語圏という利用者数の大きい市場へ、既存事業の複製で踏み出す構えを示した[4]

翌2014年10月30日には、対象がアラビア語圏へ広がった。クックパッドは中東・北アフリカで大きな利用者を集めるレシピサービス「Shahiya」を運営するNetsilaを、基本の取得対価約13.9億円に、業績連動のアーンアウト最大約0.53億円を加えた条件で買収すると発表し、翌2015年1月に全株式を取得した。英語圏、スペイン語圏に続くアラビア語圏の押さえは、主要な言語ブロックを順に埋めていく展開の一環だった。買収対価に将来の業績に応じた後払いを組み込んだ点には、成長途上の海外サービスの価値を見極めきれないなかで、支払いを実績に連動させて取得側の負担を調整する意図がうかがえる[5]

結婚・求人への拡張と投資の基準

生活領域への拡張は、料理から最も遠い結婚の分野にも及んだ。2015年4月21日、クックパッドは結婚式場のクチコミサイト「みんなのウェディング」に対し、総額約28.6億円の株式公開買付け(TOB)を実施した。買付けで26.87%を取得し、穐田個人の保有分と合わせて約40%を握って、同年7月に連結子会社とした。結婚に加えて求人サービス「クックパッド・ジョブ」や知育、電子出版へも手を伸ばし、暮らしの節目を横断的に押さえる構えを強めた。2012年に始まる約2年のあいだに、クックパッドがM&Aと大型出資へ投じた資金は、総額でおよそ90億円に達した[6]

次々と分野を広げる買収の裏には、投資家として穐田が持つ独特の判断軸があった。穐田は自らの投資基準について、「違法なものはやらない。人を不快にさせることはやらない」の二点だと語っている。事業内容そのものよりも、法と利用者の心情に反しないかを最低限の条件に置き、そのうえで生活のあらゆる場面へ網を広げる発想である。この基準のもとで買収と出資を重ねた結果、多角化は数字の面でも実を結び、2015年には年間の売上高が100億円を超えた。単一事業に依存する構造からの脱却は、規模の拡大という点では確かに進んでいた[7]

結果

規模は4倍、利益は追いつかず——相次ぐ減損

多角化は、売上の規模を目に見えて押し上げた。連結売上高は2012年4月期の39.1億円から、2013年4月期49.8億円、2014年4月期65.7億円と伸び、決算期を12月へ移した2015年12月期には約133億円(IFRS)、2016年12月期には168.5億円へ拡大した。数年で規模はおよそ4倍になった。ところが利益はこの伸びに追いつかなかった。営業利益は2012年4月期の19.3億円から2015年12月期の64.0億円まで拡大したのち、2016年12月期は50.1億円へ減り、増収減益に転じた。2016年12月期の売上は、なおレシピ事業が144億円と85%を占め、多角化で広げたその他インターネットメディアは22億円(13%)にとどまっていた。

広げた事業のいくつかは、早くも綻びを見せた。海外レシピでは、2015年12月期に北米のallthecooksで約2.7億円ののれん減損を計上した。生活領域の拡張として抱えたEC事業は、2016年10月に京王百貨店へ売却して手放した。習い事のサイタも振るわず、2017年には約8.7億円の減損を計上したうえで、クラウドワークスへ譲渡された。約10億円で買った事業を、数年のうちに、取得額に近い規模の減損を伴って手放した計算になる。生活領域を面で押さえる構想のもとで広げた投資は、収益として回収しきれないまま、個別に整理へ向かうものが相次いだ[8]

出典・参考