「レシピ集中」への方針転換と食領域の新規事業への再投資

穐田体制の多角化事業を売り払い、料理という本業へ絞り込んだクックパッドは、何に賭け直したのか

更新:

時期 2017年3月
意思決定者 岩田林平 クックパッド 社長
論点 多角化路線の清算と料理・食領域への再集中
概要
2016年の"お家騒動"で創業者・佐野陽光氏が前社長・穐田誉輝氏を退けたのち、岩田林平社長の下でクックパッドは「レシピへの集中化」を新方針に掲げた。穐田体制が買い集めた結婚情報や海外レシピの各社を売却する一方、動画・生鮮EC・スマートキッチンといった食領域の新規事業へ再投資した経営判断。
背景
穐田誉輝氏は2012年の社長就任後、みんなのウェディングの子会社化や海外レシピサイトの買収を重ねて業容を広げた。だが2016年3月、議決権約43.6%を握る創業者の佐野陽光氏が株主提案で穐田氏を退け、多角化路線そのものが否定された。同じ時期、テキスト投稿型のレシピは動画勢の台頭で陳腐化し始めていた。
内容
岩田林平社長は2017年3月の株主総会で「今後約10年は投資フェーズ」との見方を示し、買収各社を次々に売却しながら本業へ資源を戻した。2017年12月に流通向け動画「cookpad storeTV」、2018年9月に生鮮EC「クックパッドマート」を投入。storeTV子会社は三菱商事を引受先に約40億円の増資を実施した。
含意
事業領域を料理・食へ狭める判断は、多角化のリスクを断つ一方で、動画勢との競争と重い先行投資に縮小均衡の芽を残した。生鮮ECは赤字が続き、売上は縮小を続けた。2023年には人員削減と本業回帰の縮小均衡へと連なり、佐野陽光氏が11年ぶりに社長へ復帰した。
筆者の見解

筆者見解

この転換は、多角化のリスクを断つという意味では筋が通っていたとみることができる。穐田体制の広げた結婚情報や海外レシピの事業は、料理という本業との距離が遠く、統合の負担も小さくなかった。それらを売り払い、食という一つの領域へ資源を集めた判断は、創業者の一貫した主張とも重なっていた。ただ、集中の先で選んだ動画・生鮮EC・スマートキッチンは、いずれも先行投資が重く回収に時間を要する事業で、本業が細るなかで支え続ける原資は乏しかったとみられる。

結果として、集中化は失った成長を取り戻す道ではなく、残った本業を守る守勢の入り口になった側面がうかがえる。動画で先行したクラシルなどが規模でクックパッドを追い抜き、賭けた新事業が柱へ育つ前に会社は人員半減の縮小へ向かった。領域を狭める判断そのものより、狭めた先で何に賭け、どこまで投資を続けるかの見極めが、その後の明暗を分けたとみることができる。集中と投資のあいだの均衡をどう取るかは、いまなお同社に残された課題といえる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

穐田体制が広げた多角化と、その否定

2012年5月に創業者の佐野陽光氏が社長を退くと、後任にはカカクコムの元社長・穐田誉輝氏が就いた。穐田氏は料理レシピという一分野への依存から抜け出すべく、国内では食に関する生活インフラの新サービスを連発し、海外では投稿型レシピサイトの買収を矢継ぎ早に進めた。2015年8月には結婚情報サービスのみんなのウェディングを子会社化し、関連するのれんは約20億5000万円に達した。業容は広がり、2016年12月期には上場以来7期連続の増収を記録した[1][2]

お家騒動と、動画勢の台頭

拡大の途上で歯車は狂った。2016年3月、議決権の約43.6%を握る創業者の佐野陽光氏が経営ビジョンの歪みを問題視し、株主提案を経た取締役会で穐田氏を社長から退けた。佐野氏のいう歪みとは、穐田氏が推し進めた多角化戦略そのものを指していた。同じ頃、スマートフォンの短尺動画で調理を見せるクラシルなどが利用者を集め、文字と写真で手順を伝えるクックパッドは相対的に目新しさを欠き始めていた。売上収益は2016年12月期の168億円を頂点に細り始めた[3][4]

決断

多角化の清算と「レシピ集中」の宣言

創業者の意向を軸とする新体制で、クックパッドは岩田林平社長の下、レシピへの集中化を新方針に掲げた。穐田体制が過去数年で買収してきた各社を次々に売却し、みんなのウェディングとの資本業務提携も2016年12月に解消した。あらゆる市場への多角化ではなく、食の領域を確実に攻めることで独自性を高める路線であった。買収各社の切り離しにより売上は縮小へ転じたが、経営の主張は料理という創業以来の本業へ絞り込む方向で一貫していた[5][6]

食領域の新規事業への再投資

縮小と並行して、岩田社長は攻めの布石も打った。2017年3月の株主総会では今後約10年は投資フェーズとの見方を示し、料理・食に絞った新規事業を矢継ぎ早に立ち上げた。2017年12月には流通向けの動画サービス「cookpad storeTV」を投入し、店頭のタブレットで食材に合わせたレシピ動画を流す仕組みを47都道府県へ広げ、設置端末は1万台に達した。2018年8月末には同サービスを運営する子会社が三菱商事を引受先に約40億円規模の第三者割当増資を実施した[7][8]

より大きな挑戦は、料理に特化したネット通販であった。2018年6月には食器や料理道具を扱うECアプリ「Komerco」を、9月には生鮮食品を扱う「クックパッドマート」を東京の一部地域で始めた。マートは在庫を出品店舗が持つ販売プラットフォームでありながら、集荷から配達までの物流網構築という未知の領域へ踏み込んだ。注文者の自宅には配送せず、提携するドラッグストアなどの受け取り棚から本人が持ち出す方式で、最低注文金額や送料を無料にして既存のネットスーパーと差別化した。レシピデータと家電を連携させるスマートキッチン「OiCy」も、シャープなどと組んで動き出した[9][10]

結果

再投資は成長を取り戻せず

領域を狭めて成長を続けられるかについて、株式市場は当初から懐疑的であった。株価は2015年8月の穐田社長体制時のピークから6分の1程度まで下落していた。集中化に伴う新規事業は数を増やしたものの、本業の会員・広告事業の細りを補うには至らなかった。売上収益は2016年12月期の168億円から2017年12月期の134億円、2018年12月期の118億円へと減り続け、投資フェーズを掲げる分だけ利益も圧迫された。賭け直した食領域の新事業は、期待された次の柱へはなかなか育たなかった[11][12]

生鮮ECの赤字と、縮小均衡への接続

集中化から数年を経ても、成果は乏しかった。2023年度の売上高は76億円、営業損益は27億円の赤字となり、2016年度に168億円の売上と50億円の営業利益を誇った高収益企業の面影は薄れた。次の柱と期待された生鮮EC「クックパッドマート」は投資費用が重く赤字が続いた。主力レシピの有料会員も、2023年12月時点で152万人と前期末から約16万人減った。会社は止血策として3度の人員削減に踏み切り、従業員数は147人へと6割減った。集中化の賭けは、縮小均衡へと接続した[13][14]

出典・参考
  • 週刊東洋経済 2014年3月14日号「最強のレシピサイトが狙う世界の食インフラ」
  • 週刊東洋経済 2018年10月6日号「お家騒動経たクックパッド 『レシピ集中』戦略の成否」
  • 週刊東洋経済 2024年2月24日号「凋落のクックパッド 本業不振、投資も重い」
  • クックパッド 有価証券報告書(2016年12月期・連結)
  • クックパッド 有価証券報告書(2017年12月期・連結)
  • クックパッド 有価証券報告書(2018年12月期・連結)

免責事項およびポリシー