1997年2月、日本興業銀行を辞した31歳の三木谷浩史氏[1]は、資本金1000万円で株式会社エム・ディー・エムを東京都港区愛宕に設立[2]し、同年5月に楽天市場を開業した[3]。開業時の出店はわずか13店[4]。百貨店系のバーチャルモールが月100万円単位の出店料[5]を取っていたのに対し、楽天は月額5万円の固定料金[6]という一桁低い水準を提示した。プログラミングを要しない編集ツール『RMS』で店主自身にショップを開設させ[7]、商店街の個人商店主を主な顧客層に据えて出店の敷居を下げた。出店契約では半年分のシステム利用料を一括で前払いさせ[8]、外部資金に頼らず運転資金をまかなって1998年12月期から2期連続の経常黒字[9]を確保した。初年度の出店獲得は、営業メンバーが商店街を1件ずつ訪ね歩く地道な営業に頼った。
この料金設計が出店数の急増を呼び、1998年12月に320店、1999年12月に1800店、2000年12月に4800店[10]、2003年1月には6150店まで拡大した[11]。出店料収入は出店数に比例して積み上がり[12]、モール専業の収益はこの時期まで出店数の伸びに支えられていた。1999年6月には株式会社エム・ディー・エムから楽天株式会社へ商号を変更した[13]。2000年4月には日本証券業協会へ店頭登録し[14]、新規株式公開で495億円を調達した[15]が、同年1月から6月までの売上高は11億2700万円[16]にとどまっていた。消費不況が続くなかでも楽天市場の取引総額は2001年の523億円から2002年に約4割増の750億円[17]へ伸び、東京・銀座の百貨店に匹敵する規模[18]へ達した。
店頭公開で得た495億円の使途が定まらぬ時期、山田善久常務は『買うのは簡単だけれどカネは使えばいいというものではない』[引用元]と述べ、資金の投下を急がなかった。しかし2000年10月の米ニールセン・ネットレイティングス調査で、ヤフー!ショッピングが利用者数で楽天市場を抜いて首位に立った[19]。先発の座を脅かされた楽天は、2000年11月末に赤字のポータルサイト運営会社インフォシークを90億円で完全子会社化すると発表した[20]。利益重視を掲げてきた楽天にとって、1999年10月から2000年9月までの1年間に6億5000万円の経常損失を抱える会社の取得は路線の変更を伴った。三木谷氏は買収の狙いを『ショッピングを核にした総合メディア企業を目指す』[引用元]と語り、公開で得た資金をヤフーとの集客力の差を埋めることに充てる考えを示した。
買収後のインフォシークでは、同社出身ではなく一般社員だった森学氏が再建責任者に抜擢され、2000年9月期に約13億円の営業赤字だった同社を2002年6月から9月期に4700万円の営業黒字へ転換させた。もっとも、集客力を失えば収益源である出店者が離れる[21]という出店者数への依存は、2000年末の時点ですでに指摘されていた。翌2001年3月には楽天トラベルを開業し[22]、ショッピング単一事業からの多角化に着手した。2001年に入ると出店数の伸びは緩やかになり、出店数に依存する収益モデルそのものへ疑問を投げかける論調[23]が目立ってきた。
2002年2月、楽天は1997年以来の固定5万円制を改め、月商100万円を超える店舗にシステム利用料を上乗せする従量課金[24]へ移ると発表した。場所を固定料金で貸す不動産型から、出店者の売上に連動して収益を得るフランチャイズ型へ営業を切り替える[25]転換であり、三木谷氏自身が2002年7月から営業本部長を兼務して[26]陣頭に立った。制度変更には特命チームによる約1年のシミュレーション[27]が先立っており、三木谷氏は『創業当時から、固定料金制はいずれ改める必要があると思っていた。仮に出店者数が半分になってもやり通す覚悟だった』[引用元]と当時の判断を語っている。営業部門は新規開拓から出店済み店舗のコンサルティングへ組み替えられ、電子商取引コンサルタント1人が150社前後を担当し、社員約290人のうち約60人がこの業務に就いた[28]。
新料金の適用は2002年4月、初課金は5月[29]で、その5月は退店数が出店数を58件上回った[30]ものの、6月以降は純増が続いた。2003年12月期の連結売上高は181億円、経常利益は44億円[31]と前期からほぼ倍増した。三木谷氏はこの時期、金融業界を除く日本の上位30社に相当する経常利益1000億円を中長期の目標に掲げていた[32]。2003年9月には宿泊予約サイト『旅の窓口』を運営するマイトリップ・ネット[33]、同年11月にDLJディレクトSFG証券(現楽天証券)を子会社化し[34]、短期間に600億円強を投じて[35]ショッピング・旅行・金融の三領域を束ねた。総取扱高は2003年10〜12月期に422億円と前年同期比76%増[36]へ伸びた。
2004年9月には、あおぞら銀行とオリックスが保有するカードローン会社あおぞらカード[37]の全株式を74億円で取得した[38]。9月24日には日本プロフェッショナル野球組織へ加盟を申請し[39]、宮城県仙台市を本拠地とする新球団の構想を示した。11月には東北楽天ゴールデンイーグルスの新規参入が承認された[40]。翌12月、楽天はジャスダック証券取引所へ上場し[41]、店頭登録から本則市場へ移った。
三領域体制の確立により、連結総資産は2004年12月期の3075億円から2005年12月期の1兆6577億円[42]へ急膨張した。クレジット、ペイメント、証券、銀行という金融事業を抱え込んだ結果で、2006年12月期には金融セグメントの資産だけでクレジット4166億円、証券5283億円を占めた。連結売上高も2005年の1297億円から2016年には7819億円へ6倍に拡大した[43]。一方で買収したLycos Japanや海外テレビショッピング事業の減損[44]により、2008年12月期は特別損失809億円を計上して純損失549億円[45]となり、創業以来初の赤字を記録した。同期の連結売上高は2498億円、営業利益は472億円[46]で本業は黒字を保っており、赤字は投資の後始末によるものだった。
創業以来初の赤字を出した2008年、楽天は経営難のイーバンク銀行の増資を引き受けた[47]。2009年2月には金融庁の主要株主認可を得て優先株を普通株へ転換し、議決権比率48.69%で連結子会社とした[48]。同行は2010年5月に楽天銀行へ商号を変更した[49]。
2010年1月にはビットワレットを取得し、電子マネー『楽天Edy』[50]をグループへ加えた。通信では2007年8月にIP電話事業のフュージョン・コミュニケーションズ(現楽天コミュニケーションズ)[51]を、保険では2012年10月に持分法適用会社だったアイリオ生命保険(現楽天生命保険)を子会社化した[52]。2013年12月期からは国際会計基準へ移行し[53]、インターネットサービスとインターネット金融の2つのセグメントに区分した。2016年12月期のフィンテック事業の営業利益は655億円に達し、金融は物販と並ぶ収益の柱となった。
楽天は2010年代前半に海外の買収を相次いで進め、2010年7月にフランスのPriceMinister[54]、2012年1月に電子書籍のKobo[55]、2014年3月にモバイルメッセージングのViber Media(約900億円規模)[56]、同年10月に北米のオンライン現金還元サービスEbates(約1000億円規模)[57]を子会社化した。あわせて2012年6月にスペインで動画配信を手がけるWuaki.TV(現Rakuten TV Europe)[58]、2013年9月にVikiを取得し[59]、欧米のデジタルコンテンツを集めた。三木谷氏は2010年に社内英語公用語化を宣言し、世界企業への転換を掲げた。2011年12月期には海外電子商取引事業の減損で特別損失840億円を計上し、純損失11億円に転落した[60]。
PriceMinisterは2021年にブランドを閉鎖し、Ebatesは北米のRakuten Rewardsとして継続した。有利子負債は2013年12月期の3896億円から2018年12月期の1兆2341億円へ3倍強に膨らんだ[61]。国内では2013年11月に東北楽天ゴールデンイーグルスがプロ野球日本シリーズで初優勝した[62]。同年12月には東京証券取引所市場第一部へ上場市場を変更した[63]。2017年6月には民泊事業へ参入する楽天LIFULL STAY(現楽天ステイ)を設立した[64]。
三木谷氏は創業期から、在庫を持たない事業モデルを選好の基軸に据えていた[65]。旅行も証券も物流を伴わず[66]、楽天市場は在庫を持たず、楽天ブックスの書籍在庫は日販に委ねる構造を徹底した。三木谷氏は『在庫を持たない『ノータッチモデル』が好きですね』[引用元]と明言し、さらに『企業の価値は最終的にはROEで決まると思う。究極的に重要なのは、企業として社会正義があるかどうかと、リターンを株主に配分しているかの2つだけ』[引用元](三木谷浩史氏 日経ビジネス 2004/03/22)と語った。同氏は旅の窓口とショッピングモールを合わせた総取扱高1兆円を目標に掲げた。
2002年11月に始めた楽天スーパーポイント[67]は、楽天市場で貯めたポイントを旅行・証券・カード・銀行で使えるクロスユースの共通通貨となり、会員IDで各事業を束ねる楽天経済圏の原型[68]を作った。2017年12月期には売上収益9444億円、営業利益1493億円[69]と過去最高を更新した。2018年3月には朝日火災海上(現楽天損害保険)を子会社化し[70]、カード・銀行・証券・生保・損保を揃えた。
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| 1997〜2004年月5万円の仮想商店街から三領域への事業基盤拡充 | 三木谷浩史 | 楽天グループ創業——興銀を辞した31歳が月5万円で開いた仮想商店街 1997年2月、日本興業銀行を辞した31歳の三木谷浩史氏が、東京都港区愛宕で資本金1,000万円の株式会社エム・ディー・エムを設立し、同年5月に楽天市場を出店わずか13店で開業した。月額5万円の固定料金で個人商店主を取り込み、半年分前払いの前受金型で運営費を抑え、2000年4月には日本証券業協会の店頭市場へ公開して約495億円を調達した。 詳細を読む | ★★★ | |
| 三木谷浩史 | 『楽天市場』サービス開始 | ★ | ||
| 三木谷浩史 | 楽天に商号変更 | ★ | ||
| 三木谷浩史 | 日本証券業協会店頭登録 | ★ | ||
| 三木谷浩史 | 『楽天トラベル』サービス開始 | ★ | ||
| 三木谷浩史 | 「不動産型」から「フランチャイズ型」への料金体系転換 2002年、楽天は1997年以来の月額5万円固定という出店料を改め、月商100万円を超える店舗からシステム利用料を上乗せする従量課金へ移行した。三木谷浩史会長兼社長はこれを『第2の創業』と呼び、場所を固定料金で貸す不動産型の営業から、出店者の売上に連動して収益を得るフランチャイズ型の営業へ切り替えた経営判断。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 三木谷浩史 | 『楽天スーパーポイント』サービス開始 | ★★ | ||
| 三木谷浩史 | マイトリップ・ネット(旅の窓口)を子会社化 | ★★ | ||
| 三木谷浩史 | 旅の窓口・DLJ証券の連続買収による三領域経済圏の構築 2003年、楽天が宿泊予約サイト『旅の窓口』を運営するマイトリップ・ネットと、インターネット証券のDLJディレクトSFG証券(現・楽天証券)を短期間で連続買収し、翌2004年にあおぞらカード(現・楽天カード)も取得して、ショッピング・旅行・金融の三領域を束ねた経営判断。三木谷浩史会長兼社長は、物流や在庫を自社で抱えない『ノータッチモデル』を選好の基準に据えた。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 三木谷浩史 | あおぞらカード買収による個人金融参入——後の楽天カードとなる会社の取得 2004年8月27日、楽天があおぞら銀行・オリックスグループの保有するカードローン会社あおぞらカードの全株式を74億円で譲り受けることで基本合意し、同年9月に完全子会社化した経営判断。この法人格が2011年に楽天カード株式会社となり、グループ金融の中核へ育った。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 三木谷浩史 | 球界再編下のプロ野球新規参入——東北楽天ゴールデンイーグルスの設立 2004年の球界再編(近鉄・オリックス合併問題と史上初のプロ野球ストライキ)を受け、楽天が仙台市を本拠地とする新球団の設立を日本プロフェッショナル野球組織(NPB)に申請し、11月2日のオーナー会議で1954年以来50年ぶりの新規参入が全会一致で承認された経営判断。球団名は東北楽天ゴールデンイーグルス。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 2005〜2018年金融の取り込みによる経済圏の拡張と創業以来初の赤字 | 三木谷浩史 | 初の純損失を計上 | ★ | |
| 三木谷浩史 | イーバンク銀行への200億円出資と傘下化——楽天銀行として金融の中核を取り込む 2008年9月、楽天がインターネット専業のイーバンク銀行(後の楽天銀行)へ約200億円の優先株式を引き受けて資本・業務提携し、2009年2月に連結子会社化した経営判断。証券・クレジットに続いて銀行という決済インフラをグループへ取り込み、金融事業の中核を固めた。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 三木谷浩史 | ビットワレットを子会社化 | ★ | ||
| 三木谷浩史 | 純損失に転落 | ★ | ||
| 三木谷浩史 | Kobo Inc.を子会社化 | ★ | ||
| 三木谷浩史 | Viber Mediaを子会社化 | ★ | ||
| 三木谷浩史 | Ebatesを子会社化 | ★★ | ||
| 三木谷浩史 | 『楽天モバイル』MVNO提供開始 | ★ | ||
| 三木谷浩史 | 楽天の第4のMNO参入と完全仮想化ネットワークの構築 2017年12月、EC・金融で『楽天経済圏』を築いた楽天が、既存3社のネットワークを借りるMVNOにとどまらず、自前で基地局を敷く第4のMNOとして携帯電話事業への参入を表明した経営判断。基地局ソフトを汎用サーバー上で動かす完全仮想化ネットワークで低コスト網を志向し、毎月の通信契約を経済圏のハブに据えた。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 三木谷浩史 | 朝日火災海上を子会社化 | ★ | ||
| 2019〜2025年第4のMNO参入と累積8000億円超の純損失 | 三木谷浩史 | 『楽天モバイル』MNOサービス開始 | ★★ | |
| 三木谷浩史 | 純損失に転落 | ★ | ||
| 三木谷浩史 | 楽天モバイル5Gサービス開始 | ★ | ||
| 三木谷浩史 | 楽天グループに商号変更 | ★ | ||
| 三木谷浩史 | Rakuten Symphonyを始動 | ★★ | ||
| 三木谷浩史 | 楽天証券HDとみずほ証券が資本業務提携 | ★★ | ||
| 三木谷浩史 | 純損失▲3,728億円 | ★★ | ||
| 三木谷浩史 | プラチナバンド700MHz帯の割当認定 | ★ | ||
| 三木谷浩史 | 楽天モバイルがEBITDA黒字化達成 | ★ |
免責事項およびポリシー
事実根拠:出所(楽天グループ)