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楽天の第4のMNO参入と完全仮想化ネットワークへの賭け

2017年実施

EC・金融で築いた経済圏を、三木谷浩史氏はなぜ自前の携帯基地局につないだのか

時期 2017年12月
意思決定者 三木谷浩史(会長兼社長)
論点 経済圏の拡張と通信インフラ投資
概要
2017年12月、EC・金融で「楽天経済圏」を築いた楽天が、既存3社のネットワークを借りるMVNOにとどまらず、自前で基地局を敷く第4のMNOとして携帯電話事業への参入を表明した経営判断。基地局ソフトを汎用サーバー上で動かす完全仮想化ネットワークで低コスト網を志向し、毎月の通信契約を経済圏のハブに据えた。
背景
楽天は1997年の楽天市場開業以来、EC・旅行・証券・カード・銀行を一つの会員IDで束ねる経済圏を築き、2017年12月期に売上収益9444億円・営業利益1493億円と過去最高を更新していた。NTTドコモ・KDDI・ソフトバンクが寡占する携帯市場に、通信契約という顧客との接点を欠いた楽天が「第4のMNO」として割って入る機会を見た。
内容
2017年12月14日、楽天は取締役会でMNO参入を決議し、2019年中のサービス開始、契約1500万人以上、設備投資は当初約2000億円・2025年までに最大6000億円という計画を掲げた。基地局を汎用機器で仮想化するOpen RANを世界で初めて全面採用し、三木谷浩史会長兼社長はこれを「携帯業界のアポロ計画」と呼んで低廉な料金の実現を訴えた。
含意
2019年10月の開始後、基地局投資で純損失が拡大し、2022年12月期は純損失3728億円と過去最大を記録、2019〜2023年の累積純損失は8000億円を超えた。有利子負債も膨張し社債償還の負担が重くのしかかったが、プラチナバンドの獲得や「Rakuten最強プラン」、みずほグループとの連携で軌道を修正し、2025年にEBITDA黒字化と契約1000万回線突破で先行投資フェーズを脱した。
筆者の見解

経済圏を通信へつないだ賭けの帰結

この決断の核心は、EC・金融で稼ぐネット企業が、最も資本を食う通信インフラを自前で抱えるという逆張りにある。回線を借りるMVNOにとどまれば毎月の顧客接点を他社の網に握られ続ける——楽天は、その依存を断つために基地局という重い固定資産を選んだ。完全仮想化ネットワークでコストを7〜8割削れるという三木谷会長兼社長の読みは、設備投資の圧縮という一点で参入の採算を成り立たせる前提だったが、前例のない網の構築と全国整備の費用は当初の想定を超え、累積8000億円超の純損失と社債償還の重荷となって跳ね返った。

それでも、この賭けが空振りに終わらなかったのは、自前網への固執をどこかで緩めたからである。KDDIのローミングで屋内・地下の弱点を埋め、プラチナバンドを確保し、みずほとの連携で財務の裏付けを厚くする——攻めの計画に現実的な補正を重ねた結果、2025年に契約1000万回線とEBITDA黒字化へたどり着いた。物販から金融、そして通信へと経済圏を延ばす構想は、一度は会社全体の財務を揺らすほどの代償を伴ったが、毎月の通信契約を経済圏の中心に据えるという当初の狙いを、ひとまず現実のものにした。三木谷会長兼社長が「通過点」と呼んだ1000万回線が、投じた資本に見合う果実を生むかは、これからのARPUと解約率が答えることになる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

EC・金融で築いた「楽天経済圏」

楽天は1997年の楽天市場開業を皮切りに、旅行・証券・カード・銀行・生保・損保を相次いで傘下に収め、一つの会員IDと楽天スーパーポイントで複数のサービスを横断させる「楽天経済圏」を築いてきた。三木谷浩史会長兼社長は在庫を持たないノータッチ型の事業を好み、物販と金融で稼ぐ道を選んで急成長した。2017年12月期には売上収益9444億円・営業利益1493億円といずれも過去最高を更新し、楽天IDの保有数は約1億、スーパーポイントの累積発行額は1兆円を超えていた[1][2]

3社寡占の携帯市場と、MVNOの限界

経済圏に欠けていたのが、毎月の利用が続く通信の接点だった。楽天は2014年10月から楽天モバイルの名でMVNO事業を手がけていたが、NTTドコモ・KDDI・ソフトバンクの3社から回線を借りる立場である限り、通信原価は借り賃に左右され、料金や品質の主導権を自社では握れない。既存3社が寡占する携帯市場で、料金の高止まりに不満が広がるなか、自前の基地局網を持てば通信原価を自社でコントロールでき、通信契約を経済圏のハブに据えられる。楽天は、通信をEC・金融に続く経済圏の柱に据える機会を見た[3][4]

決断

2017年12月、自前基地局によるMNO参入表明

2017年12月14日、楽天は取締役会で第4世代携帯電話用の周波数を総務省に申請することを決議し、割当が認められれば移動体通信事業(MNO)を始めると表明した。既存3社の回線を借りるMVNOにとどまらず、自前の基地局網を敷く道を選んだ判断である。計画では2019年中にサービスを開始し、契約1500万人以上を狙い、設備投資は開始時に約2000億円、2025年までに最大6000億円を投じるとした。三木谷会長兼社長は低廉な料金を旗印に掲げ、翌2018年4月の周波数認定後には「複合的に絡めながら、より利便性が高い、そしてリーズナブルな価格、快適な接続を実現できればと思う」と経済圏との連携を語った[5][6]

完全仮想化ネットワークという賭け

もう一つの賭けは、基地局のソフトウェアを汎用サーバー上で動かす完全仮想化ネットワーク(Open RAN)を、電波を出す無線機を除いて全面採用したことだった。三木谷会長兼社長は2019年2月のMWCで、これを「これまでだれもやったことがない。携帯電話業界における『アポロ計画』とも言える」と述べ、4Gと5Gを合わせたインフラのコストを「従来の事業者に比べて半分に減るどころではない。7〜8割は削減できるだろう」と主張した。技術を外販すれば楽天シンフォニー(2021年8月始動)としてグローバル通信ベンダー事業に育つ算段だったが、この完全仮想化網は国内に前例がなく、屋内・地下に強いプラチナバンドを持たないまま開業する弱点を抱えていた[7][8]

結果

基地局投資が生んだ巨額赤字

2019年10月のサービス開始後、楽天は基地局の建設を急ぎ、通信の先行投資が純損失として表面化した。2019年12月期に純損失へ転じ、2020年12月期は1141億円、2022年12月期は携帯事業のコストが響いて営業損益3638億円の赤字・純損失3728億円と過去最大を記録した。売上高は同期に1兆9278億円と過去最大を更新しており、規模の拡大と赤字の深化が同時に進んだ。2019〜2023年の純損失は累計で8000億円を超え、有利子負債は2018年12月期の1兆2341億円から2021年12月期の3兆4029億円へ膨張した[9][10][11]

巨額の赤字は資金繰りの負担として跳ね返った。楽天グループは2024〜2026年に社債の償還が集中し、満期を迎える社債の借り換えや公開買い付け、ドル建て社債の発行で償還を先送りしながらしのいだ。ドル建て高利回り債の利回りは日本企業として高い水準となり、資本市場では社債の借り換えリスクが注目を集めた。楽天は楽天銀行の単独上場(2023年4月)や資産のセール・アンド・リースバック、楽天カードへのみずほグループからの出資など、グループ資産を切り出して現金を作りながら通信投資を続けた[12][13]

プラチナバンド・「最強プラン」・みずほ連合による軌道修正

品質と料金の弱点には、自前網へのこだわりを緩めて対処した。2023年6月に投入した「Rakuten最強プラン」では、KDDI(au)のローミング区間で従来5GBを超えると速度を絞っていた制限を撤廃し、パートナー回線でもデータ通信を無制限とした。最大月額3278円という料金は据え置いたまま、屋内・地下の通信可能範囲を他社回線で補った。2023年10月には総務省から700MHz帯プラチナバンドの割当認定を受け、屋内・地下に届きやすい自前の周波数を確保する道筋がついた[14][15]

金融事業では独立路線を改め、みずほグループとの連携へ動いた。2022年10月に楽天証券ホールディングスとみずほ証券が資本業務提携し、2024年11月には楽天カードとみずほフィナンシャルグループが資本業務提携を締結した。競合ではソフトバンクのPayPayと三井住友銀行、KDDIと三菱UFJ銀行が金融連合を組むなか、楽天はみずほとの提携で調達基盤と自己資本を厚くし、通信投資を支える財務の裏付けを確保した[16]

先行投資フェーズの脱却

プラチナバンドと他社回線の併用で通信品質が改善すると、契約は増勢に転じた。2025年第1四半期に楽天モバイルは単体で、固定資産税を除くEBITDAが約1億円の黒字となり、携帯事業への参入以来初めて四半期ベースで黒字化した。2025年12月期はモバイルのEBITDAが通期でも黒字となり、グループの営業利益は144億円と2年連続で黒字を確保した。2025年12月25日には契約数が1000万回線を突破し、三木谷会長兼社長はこれを「まだ通過点」と述べ、衛星通信とAIを次の差別化に掲げた[17][18][19]

出典・参考
  • 楽天グループ 2017年12月14日「携帯キャリア事業への新規参入表明に関するお知らせ」
  • ケータイ Watch 2018年4月9日「携帯に新規参入の楽天・三木谷氏『リーズナブルな価格、総力を上げて取り組む』」
  • BCN+R 2019年3月1日「MWC 2019で楽天・三木谷社長、完全仮想化基地局は『携帯業界のアポロ計画』」
  • 日本経済新聞 2023年2月14日「楽天Gが4期連続最終赤字、最大の3728億円 22年12月期」
  • 日本経済新聞 2024年1月26日「楽天グループ、社債借り換え1500億円 償還計画を実質先送り」
  • ケータイ Watch 2023年5月12日「楽天モバイルが“最強”の新料金プラン発表、質疑応答で三木谷会長は何を語った?」
  • ITmedia Mobile 2025年5月15日「楽天モバイルが初の四半期黒字化 値上げは『考えていない』」
  • ケータイ Watch 2025年12月25日「楽天モバイルがついに1000万回線を突破、三木谷会長『単なる通過点、次は衛星とAIで世界を変える』」
  • ケータイ Watch 2026年2月12日「楽天グループの2025年度決算は増収減益、楽天モバイルでEBITDA黒字化」
  • 楽天グループ 有価証券報告書【沿革】
  • 楽天グループ 有価証券報告書【主要な経営指標等の推移】