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旅の窓口・DLJ証券の連続買収による三領域経済圏の構築

2003年実施

モール単体への依存から脱するため、三木谷浩史氏はなぜ在庫を持たない「ノータッチモデル」で旅行と金融を束ねたのか

時期 2003年11月
意思決定者 三木谷浩史氏(会長兼社長)
論点 事業領域の拡大(経済圏の構築)
概要
2003年、楽天が宿泊予約サイト「旅の窓口」を運営するマイトリップ・ネットと、インターネット証券のDLJディレクトSFG証券(現・楽天証券)を短期間で連続買収し、翌2004年にあおぞらカード(現・楽天カード)も取得して、ショッピング・旅行・金融の三領域を束ねた経営判断。三木谷浩史会長兼社長は、物流や在庫を自社で抱えない「ノータッチモデル」を選好の基準に据えた。
背景
月額5万円固定の出店料で急成長した楽天市場は2002年に取引総額750億円へ達したが、収益はモール単体に依存し、ヤフー!ショッピングの追い上げも受けていた。三木谷会長兼社長は中長期目標に経常利益1000億円を掲げており、モール以外の収益の柱を必要としていた。
内容
2003年9月に旅の窓口、11月にDLJ証券を短期間で相次いで取り込み、投資規模は600億円強に上った。旅行も金融も物流を伴わず在庫を抱えないという共通点で束ね、翌2004年9月にあおぞらカードを加えて三領域体制を組んだ。
含意
ショッピングモールなどの総取扱高は2003年10~12月期に422億円(前年同期比76%増)へ急伸した。ショッピング・旅行・金融を一つの会員IDで束ねる楽天経済圏の原型が形づくられ、2004年のプロ野球参入と本則市場上場につながった。
筆者の見解

「場所貸し」と「金融」で稼ぐ設計

この決断の核心は、モール単体への依存から抜け出すために、みずから運営に深入りしない買収で複数の事業を束ねた点にある。旅行も証券もカードも物流や在庫を伴わず、楽天は集客と会員基盤を握ったうえで手数料や取扱高を得る。同じネット通販でも、物流に巨額を投じて直販で攻めたアマゾンとは対照的に、楽天は場所貸しと金融で稼ぐ構えを選んだ。三木谷会長兼社長の言う「ノータッチモデル」は、在庫リスクを負わずに事業の幅を一気に広げるための選択だった。

もっとも、金融を抱え込む設計は、別の重さも連れてきた。証券や後の銀行が資産と負債を両建てで押し上げ、連結総資産は2004年12月期の3075億円から2005年12月期には1兆6577億円へ膨らむ。海外事業の減損も重なり、2008年12月期には創業以来初の純損失549億円を計上した。それでも、一つのIDで複数事業を束ねるという2003年から2004年にかけての設計は、ポイント経済圏として定着し、後の生命保険・損害保険、さらには通信への参入まで、楽天が事業を広げるたびに立ち返る型となった。ショッピングの一本足からどう抜け出すか——この連続買収は、その問いに「経済圏」という答えを与えた最初の実践だった。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

月5万円の仮想商店街として先行した楽天市場

楽天は1997年5月、月額5万円の固定料金という当時としては格安の条件で、インターネット上の仮想商店街「楽天市場」を開いた。パソコンに不慣れな個人商店主や農家でも出店できる手軽さが出店数の急増を呼び、店舗数は1998年12月の約320店から2000年12月の約4800店へ増え、2003年1月には6150店へ達した。2000年4月には日本証券業協会の店頭登録を果たし、新規株式公開で495億円を調達している[1][2]

国内小売業販売額が2002年の1月から11月まで毎月前年を割り込む消費不況の下でも、楽天市場の取引総額は2001年の523億円から2002年には約4割増の750億円へ伸び、東京・銀座の百貨店に匹敵する規模へ達した。物理的な店舗網を持たない楽天にとって、価格と品揃えを求める消費者がネットへ流れる構造は追い風となった[3]

モール単体への依存と経常利益1000億円という目標

好調の一方で、楽天の収益はショッピングモール一本に依存していた。出店者から得る出店料と広告料が売上の柱で、2000年10月のインターネット利用動向調査ではヤフー!ショッピングが楽天市場を抜いて首位に立つなど、モール単体での競争は楽観できなかった。楽天は2000年11月にポータル「Infoseek」を運営するインフォシークを約90億円で完全子会社化し、2001年3月に楽天トラベルを立ち上げて、モール以外の収益源をさぐってきた[4][5]

三木谷会長兼社長が中長期の目標に掲げたのは、経常利益1000億円だった。「経常利益で1000億円は、金融業界を除けば日本のトップ30社に入る」水準であり、月5万円の出店料を積み上げるモール単体の延長線上では届かない規模である。ショッピングに続く収益の柱をどこに置くかが、創業7年目の楽天に突きつけられていた[6]

決断

旅の窓口とDLJ証券を短期間で連続買収

楽天は2003年9月、宿泊予約サイト「旅の窓口」を運営するマイトリップ・ネットを子会社化し、続く同年11月にはインターネット証券のDLJディレクトSFG証券(現・楽天証券)を子会社化した。旅行と証券という異なる二領域を、3カ月足らずで相次いで取り込んだ判断である。記者から「短期間に600億円強もの投資」と問われた三木谷会長兼社長は「事業の成長意欲が高いということ」と答え、旅の窓口とショッピングモールを合わせた総取扱高で1兆円を目標に掲げた[7][8][9]

在庫を持たない「ノータッチモデル」

旅行と証券を選んだ理由を、三木谷会長兼社長は「その2つは、インターネットの世界で明らかに成功する分野」であり「旅行も金融も物流を伴わない」点にあると説明した。楽天市場そのものが在庫を抱えず、書籍販売でも在庫は日本出版販売が持つ。物流や在庫を自社で抱え込まない事業だけを束ねる「ノータッチモデル」を選好の基準に据え、三木谷会長兼社長は「買収によって大切なパズルの大きなところが埋まった」と語った[10][11]

三本柱の構えは、翌2004年にも広げられた。楽天は2004年9月にあおぞらカード(現・楽天カード)を子会社化し、ショッピング・旅行・金融の三領域にカード決済を加えた。いずれの領域も、みずから運営に深入りせず、集客と会員基盤を握ったうえで隣接サービスへ接続していく型でそろえられている[12]

結果

総取扱高の急伸と楽天経済圏の原型

連続買収の効果は、取扱高に表れた。楽天のショッピングモールなどの総取扱高は2003年10~12月期に422億円へ達し、前年同期を76%上回った。旅の窓口とモールを合わせた取扱高は、2003年12月の1カ月だけで約250億円に上った。連結売上高も2003年12月期の180億円から2004年12月期には455億円、2005年12月期には1297億円へと拡大した[13][14]

ポイントと会員IDで各事業を横断させる構えも整った。2002年11月に始めた楽天スーパーポイントを媒介に、楽天市場で貯めたポイントを旅行や証券でも使える会員基盤が組まれ、ショッピング・旅行・金融を一つのIDで束ねる楽天経済圏の原型が形づくられた[15]

三領域を束ねた楽天は、2004年に事業以外でも動いた。同年11月に東北楽天ゴールデンイーグルスの新規参入がプロ野球で承認され、12月にはジャスダック証券取引所へ上場して、店頭登録から本則市場へ移った。プロ野球参入は全国的な知名度を、本則市場上場は資金調達力とガバナンスを、それぞれ楽天ブランドに加えた[16]

出典・参考
  • 日経ビジネス 2004年3月22日号「編集長インタビュー・三木谷浩史」
  • 日経ビジネス 2003年2月10日号「楽天 第2の創業で成長を持続」
  • 日経ビジネス 2000年12月11日号「資金遊ばせていた楽天、ようやく大型買収」
  • 楽天グループ 有価証券報告書【沿革】
  • 楽天グループ 有価証券報告書【主要な経営指標等の推移】