この創業が示すのは、資金や技術ではなく料金設計と地道な営業が新しい市場を開拓した経緯である。百貨店系モールが月100万円を求めていた市場で、月5万円という一桁低い固定料金は、インターネットに不慣れな個人商店主や農家までを出店者として引き込む入り口になった。半年分を前払いさせる前受金型の収益構造が、外部資金に頼らずに黒字を保つ運転資金を生み、無名のベンチャーが2期連続の経常黒字という数少ない実績を築く支えになっていたと推察される。
もう一つ見えてくるのは、店頭公開で得た約495億円が、独走の終わりと同時に総合メディア企業への転回を促した点である。ヤフー!ショッピングの台頭という後発の追い上げに直面した楽天は、利益重視の路線を一度曲げて赤字のインフォシークを取り込み、モール単体からポータルの集客力を併せ持つ事業体へと形を変えた。月5万円の仮想商店街から始めた三木谷浩史氏の試みが、上場で得た資金を梃子に楽天経済圏の原型を組み上げていく初期の数年であったと読める。