2000年10月、工場用間接資材の通信販売業を目的として、住友商事株式会社と米国のW.W.Grainger, Inc.の子会社[1]Grainger International, Inc.の共同出資で住商グレンジャー株式会社が設立された[2]。資本金1億2千万円、本社は大阪市西区立売堀[3]である[4]。Graingerは1927年創業の[5]米国最大の間接資材ディストリビュータで[6]、当時から北米のMRO(Maintenance, Repair, Operations)市場で支配的な地位を占めていた。住商グレンジャーはGraingerの日本進出の足場として、住友商事のグループ内顧客基盤と日本国内のサプライヤー網を活用する設計の合弁会社として発足した。事業の主な対象は工場で日常的に使う消耗品・工具・安全用品などの間接資材で、紙カタログによる通販が主流だった既存市場をインターネット通販で再構築する構想だった。
2001年11月、住商グレンジャーはインターネットによる工場用間接資材の通信販売事業を開始[7]した。間接資材市場は、後に3代目社長を務めた鈴木雅哉氏が示したように[8]、多種多様な商品を多様な顧客が不定期に購入する独特の構造を持っていた。製造業の現場担当者が必要なときに少量を購入する事業者向け取引で、紙カタログでは商品掲載数に限界があり、注文・配送の処理コストも1件当たりの売上に対して重い。中小規模の事業者は地元の工具店や問屋から仕入れる慣行が定着しており、紙カタログ通販は大手事業者向けに限定された市場規模にとどまっていた。住商グレンジャーは商品の電子カタログ化と注文処理の自動化を組み合わせ、紙時代には採算が合わなかった中小事業者向け市場をネット通販で開く戦略を採った。
事業立ち上げ期の課題は、間接資材の商品マスター整備だった。鈴木氏は後に、300万点以上に拡大した商品ラインアップ[9]を1点ずつ電子カタログ化することから事業が始まったと語っている。サプライヤーから提供される商品情報は紙のカタログやエクセル表が中心で、規格・型番・在庫・価格を統一フォーマットで管理する電子カタログ化には人手と時間を要した。2002年3月、大阪府東大阪市加納に倉庫物件を賃借しディストリビューションセンター(DC)を開設し[10]、自社在庫を持ちながら即日出荷する物流体制を整え始めた。電子カタログと自社物流の組み合わせは、米Graingerの本国モデルを日本市場向けにローカライズする試行錯誤だった。
2006年2月、住商グレンジャーは会社名を株式会社MonotaROに変更した[11]。『MonotaRO(モノタロウ)』[引用元]は『物(モノ)』と『太郎(タロウ)』を組み合わせた造語で、日本市場向けの独立ブランドとしての位置づけを社名で表現した。住商の傘下と米Graingerの合弁という設立時の立場から脱却し、独自ブランドの間接資材ECサイトとして展開する経営判断である。2代目社長の瀬戸欣哉氏は2001年に住商グレンジャー社長に就任しており、創業者として5年目に『住商グレンジャー』から『MonotaRO』への社名変更[12]を主導した。瀬戸氏は不可能と思われていることを可能と証明することこそ『プロ』の仕事だとする経営観を持ち、合弁会社の枠にとどまらない事業展開を志向した。
2006年3月にはコーポレート・ガバナンス体制を委員会等設置会社へ移行し[13]、上場準備を進めた。2006年6月には個人消費者向け専用ウェブサイト(IHC[14].MonotaRO)をオープンし、事業者向けだけでなく個人消費者向けの販売チャネルも試行した(同サイトは2020年9月に事業者向けサイト『モノタロウ』に統合[15])。同年12月、MonotaROは東京証券取引所マザーズに株式を上場した[16]。設立から6年での上場で、住商と米Graingerの合弁会社が独立ブランドのECサイト運営会社として資本市場に出た格好である。上場時の事業規模は売上数十億円程度で、間接資材市場の中での存在感はまだ限定的だったが、ネット通販という業態が将来的な成長余地を持つ点が投資家からの評価を集めた。
2009年9月、Grainger Japan, Inc[17].による株式取得により、米W.W.Grainger, Inc.がMonotaRO発行済株式総数の52.85%を間接的に所有することになり、同社の親会社となった。きっかけは住友商事の投資方針変更で、同社は相対取引・公開買付・売出しの3経路を通じて保有株を手放し、2009年12月期末の保有株式数はゼロとなった[18]。合弁会社時代の二社均衡から米Grainger子会社という資本構造への移行が完了した。経営の独立性は維持されたが、議決権ベースでは米Graingerの傘下に入った。同年12月には東京証券取引所市場第一部に市場変更し[19]、マザーズから一部への昇格を果たした。住商グレンジャー設立から9年、MonotaROへの社名変更から4年で、東証一部上場かつ米Grainger傘下の独立ECサイト運営会社という立場が定まった。設立期からの試行錯誤を経て、事業モデルとガバナンス構造の両面で次のフェーズに移る基盤が整った。
2012年3月、創業者の瀬戸欣哉氏は社長を退任し[20]、創業メンバーの一人である鈴木雅哉氏が3代目社長に就任した。瀬戸氏は同年、LIXILグループへ移籍し(後に同社CEO)、[21]MonotaROの経営は鈴木雅哉社長の体制で次の成長フェーズに入った。鈴木雅哉社長は小さくテストして効果を測ることを重視する事業運営方針を打ち出し、新カテゴリーの取り扱い開始や物流オペレーションの変更を、小規模で試して効果を測定してから全社展開する手法を定型化した。創業者の瀬戸氏が個性的なリーダーシップで会社を立ち上げた段階から、組織として持続的に成長する仕組みを作る段階への移行が、社長交代の意味だった。
鈴木雅哉社長期の事業拡大の中心は、取り扱い商品数の拡大と物流ネットワークの整備だった。商品マスターは創業期の数万点から、2013年時点で300[22]万点を超え、その後も継続的に拡大した。電子カタログの整備は商品カテゴリーの追加だけでなく、検索可能性・商品推薦の精度向上の前提条件でもあり、サプライヤーから提供される商品情報を社内で構造化する地道な作業が事業基盤を支えた。同時期、MonotaROは中小事業者向けの間接資材市場でほぼ独占的な地位を確立しつつあった。地元の工具店や問屋では取り扱いが限られていた商品も、MonotaROなら翌日着で手に入る利便性が顧客基盤を広げた。FY12(2012年12月期)の連結売上高287億円から[23]、FY17(2017年12月期)の883億円へ、5年で約3.1倍に拡大した。
物流ネットワークの整備は、商品数拡大と並行して進んだ。2011年5月に宮城県多賀城市に第2DC[24](多賀城DC)を開設し東日本の物流拠点を持った。2014年7月には尼崎DCを本格稼働させ[25]、西日本の物流主力を整えた。2017年4月には茨城県笠間市に笠間DCを開設し[26]、東日本の物流体制を多賀城から笠間へ集約した(多賀城DCは2017年5月閉鎖[27])。複数DCによる地域分散は、配送リードタイム短縮と地震・物流障害時のリスク分散の両方を狙ったもので、間接資材ECサイトとしては当時としては高水準の物流投資だった。FY18(2018年12月期)の物流関連コスト売上比[28]は6.0%、FY19は6.1%と6%台で推移した。物流投資の重さは利益率を一時的に圧迫したが、出荷件数が増えることで単位コストを下げる効果も発揮した。
2013年1月、MonotaROは韓国にNAVIMRO Co., Ltd.を設立し[29]、海外進出の第一号子会社とした。韓国市場は日本と類似する間接資材の購買慣行を持ち、中小事業者向けのネット通販に未開拓の余地があった。NAVIMROは商品マスターの整備と物流オペレーションを韓国市場向けにローカライズしながら、日本本社のシステムと運営ノウハウを移植する形で事業を立ち上げた。2016年8月にはインドネシアでPT Sumisho[30] E-Commerce Indonesia(現PT MONOTARO INDONESIA)の株式を取得し、東南アジア進出の足場を作った。2018年2月には中国上海に卓易隆電子商務(上海)有限公司を設立[31]したが、中国市場では当時のECプラットフォーム競争が激化しており、2021年9月に清算した[32]。海外進出は試行錯誤を続けたが、韓国・インドネシアでの事業は継続した。
鈴木雅哉社長は2016年のインタビューで、かつてモノタロウという会社があった、と過去形で語られない存在であり続けたいと述べ、急成長期のECサイトが10年後に存在感を失う事例を踏まえて、長期的に存続する事業基盤づくりを経営方針に掲げた。間接資材市場は商品の入れ替わりが少なく、一度顧客が定着すれば長期的に取引が続く性質を持つ。MonotaROの戦略は、新規顧客獲得と既存顧客のリピート購入を組み合わせて、事業者顧客との取引を10年単位で継続させることに向かっていた。FY19の連結売上高は1,314億円、営業利益158[33]億円となり、FY15からの4年で売上は約2.3倍に拡大した。創業者の瀬戸氏が築いた事業の輪郭を、鈴木雅哉社長が組織として持続させる構造に変えた時期だった。
鈴木雅哉社長期のMonotaROは、商品マスター整備・物流ネットワーク・社内システムへの投資を三位一体で進めた。商品マスターは2013年の300万点規模から継続的に拡大し、サプライヤーの追加・カテゴリーの拡張に伴って数百万点単位で増えた。物流ネットワークは尼崎DC・笠間DCを中心に、複数拠点による配送リードタイム短縮を目指した。社内システムはOMS(受注管理)・PIM(商品情報管理)の刷新を計画し、FY20(2020年12月期)以降の業務量拡大に対応する設計を進めた。これら3つの投資はいずれも数年から10年単位で効果が現れる長期投資で、毎期の利益率を一時的に圧迫しながらも、事業規模の拡大を支える基盤の役割を果たした。
FY15からFY19にかけて、連結営業利益は71億円から158億円へ約2.2倍に拡大[34]した。営業利益率は12.3%から12.1%とほぼ横ばいで[35]、売上拡大に伴う利益額の絶対増が経営の主軸だった。鈴木雅哉社長は後に、後任の田村氏がさらなる成長に向けてリーダーシップを発揮し、社員とともに社会・世界に必要なサービスを実現することへの期待を表明しており、自身の在任期間中に作り上げた事業基盤を、次世代経営者が引き継いで拡張する道筋を想定していた。2020年代に入る時点で、MonotaROは間接資材ECサイトとして国内最大手規模となり、商品マスター・物流・システムの3つの事業基盤を一体運営する企業に成長した。
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|---|---|---|---|---|
| 2000〜2009年住商グレンジャー期 ── 米Graingerとの合弁から独立路線へ | 住友商事と米W.W.Graingerの共同出資による住商グレンジャー設立 2000年10月、工場用間接資材の通信販売を目的として、住友商事と米W.W.Grainger, Inc.の子会社Grainger International, Inc.が資本金1億2千万円を出して住商グレンジャー株式会社を設立した。翌2001年11月にインターネットによる通信販売を開始した。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 瀬戸欣哉 | インターネットによる工場用間接資材の通信販売事業に参入 | ★★ | ||
| 瀬戸欣哉 | 倉庫物件を賃借しディストリビューションセンターを開設 | ★ | ||
| 瀬戸欣哉 | 「住商」「グレンジャー」を外した社名変更と東証マザーズ上場 2006年2月、住商グレンジャー株式会社は会社名を株式会社MonotaROに変更した。同年3月に委員会等設置会社へ移行し、9月の臨時株主総会で欠損填補のための減資を決議、12月6日に東京証券取引所マザーズへ株式を上場した。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 瀬戸欣哉 | コーポレート・ガバナンス体制を委員会等設置会社へ移行 | ★ | ||
| 瀬戸欣哉 | 個人消費者向け専用ウェブサイト(IHC.MonotaRO)をオープン | ★ | ||
| 瀬戸欣哉 | 東京証券取引所マザーズに株式を上場 | ★ | ||
| 瀬戸欣哉 | 事業所兼倉庫物件を賃借し本社部門の一部とDCを移転 | ★ | ||
| 瀬戸欣哉 | 自己株式取得と公開買付による親会社の交代——住友商事から米Graingerへ 2009年、住友商事が保有するMonotaRO株の全売却へ動いたことを受け、MonotaROは同社株1,828,000株を1株875円・総額15億9,900万円で自己株式として取得して消却し、米W.W.Grainger, Inc.は子会社Grainger Japan, Inc.を通じて380,000株を1株1,010円で公開買付した。9月14日をもって同社は保有比率52.85%の親会社となった。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 瀬戸欣哉 | 東京証券取引所市場第一部に指定替え | ★ | ||
| 2010〜2019年鈴木雅哉社長就任から300万点品揃え・全国DC網へ | 瀬戸欣哉 | 第2DC(多賀城DC)を開設 | ★ | |
| 瀬戸欣哉 | K-engineを設立 | ★ | ||
| 瀬戸欣哉 | 瀬戸欣哉社長から鈴木雅哉社長への交代 | ★ | ||
| 鈴木雅哉 | NAVIMRO Co., Ltd.を設立 | ★ | ||
| 鈴木雅哉 | 本社を移転 | ★ | ||
| 鈴木雅哉 | 尼崎DCの本格稼働を開始 | ★ | ||
| 鈴木雅哉 | PT Sumisho E-Commerce Indonesiaの株式取得 | ★ | ||
| 鈴木雅哉 | 笠間DCを開設 | ★ | ||
| 鈴木雅哉 | 多賀城DCを閉鎖 | ★ | ||
| 鈴木雅哉 | 卓易隆電子商務(上海)有限公司(ZORO Shanghai Co., Ltd.)を設立 | ★ | ||
| 2020〜2025年田村咲耶社長就任からの海外深耕と5,000億円目標 | 鈴木雅哉 | IB MONOTARO PRIVATE LIMITEDの株式取得 | ★ | |
| 鈴木雅哉 | 猪名川DCを開設 | ★ | ||
| 鈴木雅哉 | 瀬戸欣哉氏が取締役を退任 | ★ | ||
| 田村咲耶 | 鈴木雅哉社長から田村咲耶社長へ交代 | ★ | ||
| 田村咲耶 | MONO1X TECHNOLOGIES(現MONOTARO TECHNOLOGIES INDIA PRIVATE LIMITED)を設立 | ★ | ||
| 田村咲耶 | 物太郎(上海)貿易有限公司を設立 | ★ | ||
| 田村咲耶 | 新三光マスクを子会社化 | ★ |
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事実根拠:出所(MonotaRO)