この判断の核心は、買収そのものよりも、成功した事業モデルのどこを残しどこを手放すかの見極めにあっただろう。カタログ通販という発明でミスミが握っていたのは、部品の仕様を標準化し、顧客の選択と待ち時間を圧縮する技術であった。その価値は保ったまま、標準化した情報を製造工程へ流し込む側の機能を自社に引き寄せた——つまり、委託先に預けていた"作る"を取り戻したことで、規格化のうまみを納期と原価の両面へ伝えられるようになった。外部から招かれた三枝匡社長が最初に7件の事業を畳んでみせたことと、この統合とは、同じ判断軸の裏表であったといえる。
もっとも、代償も残った。流通専業のころの身軽な貸借対照表は失われ、設備の負担と買収後統合の管理コストを抱える会社へ性格が変わっている。それでも清水工場のリードタイム短縮のように、自社の現場を持つ会社にしか積み上がらない改善が20年近く続き、設計データを送るだけで部品が届くmeviyのような仕組みへつながった。発明した型を守り抜くか、型ごと作り替えるか——2005年の選択は、後者を選んだうえで前者の資産を捨てなかった点に特徴がうかがえる。