1960年12月、東京都大田区において前代表取締役会長の片山一郎氏が『株式会社ユニオン化学研究所』を設立し[1]、ドリル・エンドミル・ロータリーバーなど工業用超硬精密工具の試作研究を開始した。創業者の片山一郎氏は大手工具メーカーからの依頼を受け[2]、東京の小さな町工場で自ら設計・製造に取り組み、プリント配線板用の超硬ドリル(PCBドリル)の開発を進めた。設立直後の同社は研究開発主体の小規模事業者で、量産工場ではなく試作品の精度を追究する町工場として出発した。1990年代に入社した4代目の渡邉裕二社長によれば、片山一郎氏は社長就任後も社長室に設計机を置いて現場感覚[3]を保ち続けたという。創業者が経営者ではなく技術者として現場に身を置く流儀は、長く同社の文化として継承された。
1970年3月、同社は本社工場を新設してPCBドリル[4](プリント配線板用超硬ドリル)の生産を開始した。1960年の試作研究から10年を経て、量産体制が立ち上がった節目にあたる。1970年代は日本の電子機器産業が量産化を本格化させた時期で、テレビ・ラジオ・電卓・電子計算機などの基板生産が立ち上がり、基板へ穴をあけるためのPCBドリルの需要が拡大していた局面である。1971年4月には工作機械製造部門を設けて『ドリルポインター』(刃先研磨機)の生産を開始し[5]、ドリルの製造装置を内製する体制を整えた。同年5月、商号を『株式会社ユニオン化学研究所』から『ユニオンツール株式会社』へ変更し、PCBドリルの本格生産[6]を始めた。社名変更は研究主体の試作組織から工具メーカーへの転換を制度として確認した節目である。
1976年12月、ユニオンツールは新潟県長岡市妙見町に工場を設置し、『ローラーガイド』(直線運動軸受の構成部品)[7]の専用工場とした。長岡進出のきっかけは、創業者の片山一郎氏が知人からの誘いで長岡での仕事を始めたことに遡る[8]。長岡市は江戸期から鋳造・板金・工作機械の集積地として知られ、東京と大阪の中間に位置する立地条件、雪国の人材気質、地域内での部品調達網の存在といった条件が、内製主体の精密工具メーカーにとって有利に働く土地柄であった。1979年7月には新潟県長岡市摂田屋町に長岡工場を新設移転し[9]、東京の本社工場機能の一部を新潟へ移した。
長岡集約は単発の工場移転にとどまらず、その後20年にわたる拠点整備を新潟県内で連鎖させた。1985年1月には長岡市長岡南部工業団地内に長岡工場第二工場を新設[10]、1988年12月には熱処理棟、1991年4月には第三工場[11]、1997年11月には第四工場、2001年8月には第五工場と、PCBドリル需要の拡大に応じて新潟県内で生産能力を増強した。創業者の片山一郎氏は長岡工場を訪問するたびに技術者を集めて直接指示を出す姿勢を貫き[12]、現場での直接対話を通じた改良の積み重ねが60年にわたる成長を支える基盤となった。設備の内製と量産技術の蓄積が長岡で進み、PCBドリル製造に必要な精密加工技術と熱処理・コーティング技術が同地に集約された。
1981年3月、ユニオンツールは米国カリフォルニア州に合弁会社『MEGATOOL INC.』(現『U.S. UNION TOOL, INC.』[引用元])を設立し、PCBドリルの現地生産を開始した[13]。1985年3月には台湾に子会社『台湾佑能工具股份有限公司』を設立、PCBドリル[14]の現地生産を開始した。1989年6月には日本証券業協会の店頭登録銘柄[15]として登録され、資本市場での認知も得た。同年6月、ヨーロッパにおける販売会社の資本関係再編成に伴い、スイス子会社『UNION TOOL EUROPE[16] S.A.』を設立し、欧州拠点も整えた。
1990年代前半、世界のプリント基板産業はパソコン・移動体通信機器の需要拡大で量産規模が急成長した。1994年10月、ユニオンツールはMEGATOOL INC.の株式を取得して子会社化[17]、1995年4月にはMEGATOOL INC.とUNION[18] TOOL EUROPE S.A.の株式を取得して100%子会社化、同年12月には中国に子会社『佑能工具(上海)有限公司』を設立[19]した。1981年の合弁形態で始まった海外展開は10年余で完全子会社による直接展開体制へ移行し、米国・台湾・スイス・中国の4極での生産・販売体制が整った。海外拠点は当初PCBドリルの現地生産を担ったが、1990年代後半以降は国内(長岡)に生産機能を集約し、海外拠点は販売・サービス中心へ移行する流れが定着した。
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|---|---|---|---|---|
| 1960〜1995年東京の町工場でのPCBドリル開発と長岡集約による事業の確立 | ユニオン化学研究所として創業 | ★ | ||
| 本社工場を新設しPCBドリルの生産開始 | ★★ | |||
| 工作機械製造部門を設置しドリルポインターの生産開始 | ★ | |||
| 商号をユニオンツールに変更しPCBドリル本格生産開始 | ★ | |||
| 長岡への工場設置と本社工場機能の移転による生産拠点の新潟県集約 1976年12月、ユニオンツールは新潟県長岡市妙見町に工場を設け、直線運動軸受の構成部品であるローラーガイドの専用工場とした。1979年7月には長岡市摂田屋町に長岡工場を新設して移転し、東京の本社工場が担っていた生産機能を新潟へ移した。以後45年余、同社の増産投資はすべて新潟県内で行われている。 詳細を読む | ★★★ | |||
| 長岡工場を新設移転 | ★ | |||
| 米加州にMEGATOOL INCを合弁設立 | ★ | |||
| 関連会社大善を設立 | ★ | |||
| 台湾佑能工具を設立 | ★ | |||
| 日本証券業協会に店頭登録 | ★ | |||
| スイスに販売子会社UNION TOOL EUROPEを設立 | ★ | |||
| MEGATOOLを子会社化 | ★ | |||
| 佑能工具(上海)を設立 | ★ | |||
| 1996〜2014年東証上場とPCBドリル世界トップシェア、長岡集約の完成 | 三島研究所を新設 | ★ | ||
| 片山貴雄 | 店頭登録を経た東証二部上場と、2年後の一部指定・香港子会社の設立 ユニオンツールは1996年9月に東京証券取引所市場第二部へ株式を上場し、1998年5月に市場第一部へ上場した。二部への最初の申請は1988年11月期の決算をもとに行われたが、売上高が小さすぎるとして認められず、同社は1989年6月の店頭登録を経て8年をかけて二部へ入った。 詳細を読む | ★★★ | ||
| 片山貴雄 | 超硬エンドミルUTドライを開発・生産開始 | ★★ | ||
| 片山貴雄 | 販売子会社を設立 | ★ | ||
| 片山貴雄 | 東莞佑能工具を設立 | ★ | ||
| 片山貴雄 | US UNION TOOLのPCBドリル現地生産を中止 | ★★ | ||
| 片山貴雄 | 見附工場を新設 | ★ | ||
| 片山貴雄 | ULFコートドリル・新接合ドリルを開発・生産開始 | ★ | ||
| 片山貴雄 | ダイヤモンドコーティングエンドミルUDCシリーズを開発 | ★ | ||
| 片山貴雄 | 本社内にユニオンビジネスサービスを設立 | ★ | ||
| 2015〜2025年エンドミル事業の本格拡張と新潟県内三工場体制の完成 | 大平博 | 見附第二工場を新設 | ★ | |
| 大平博 | 長岡工場敷地内に事業所内保育園を開設 | ★ | ||
| 大平博 | UNION TOOL THAILANDを設立 | ★ | ||
| 大平博 | 超硬エンドミルVシリーズを開発・生産開始 | ★ | ||
| 大平博 | 東京証券取引所プライム市場へ移行 | ★ | ||
| 大平博 | 見附第三工場を新設 | ★ |
免責事項およびポリシー
事実根拠:出所(ユニオンツール)