決断
輸入品が占めていた市場を国産品で置き換えながら、扱う品目を広げてきた会社である。1921年に大日本自転車製造からの設備買収の申し入れを断り、1928年には値崩れした自転車チェーンをやめて機械用チェーンへ転換した。1931年には海軍省の指定工場となり、1936年12月に東北セメント大船渡工場からコンベヤプラント一式の初受注を得た。同じ年に鶴見町への工場移転を決め、生産高は1931年の20万円から1938年の221万円へ伸びた。チェーン単品から搬送設備一式へ受注を広げたことが、のちのマテハン事業の起点となった。