上場企業の経営論点>事業ポートフォリオ

選択と集中

選択と集中が日本で使われ始めたのは1990年代末で、中身は不良資産の切り離しだった。三菱化学は四日市のエチレン設備を止めて「脱・総合」へ舵を切り、名古屋鉄道は多角化で広げた路線と関連会社を切り離した。残す側を決めた会社もある。東芝は汎用DRAMから降りてNAND型フラッシュメモリへ主力を入れ替え、武田薬品工業は非医薬事業を売却して医療用医薬品一本に絞った。コマツの「ダントツ経営」も、競争優位を保てる機種を選び直したうえでの立て直しだった。集中の成否は何を残すかではなく何を止められるかで決まり、止めきれた会社だけが次の主力を手にした。

財務諸表のどこを見るか

セグメント情報を数年並べ、区分の数と売上構成比がどう動いたかを追う。集中が進んだ会社はセグメントが減り、残した区分の営業利益率が上がる。掛け声だけの年は区分名が変わるだけで構成比が動かない。事業用資産の減損損失と事業構造改善費用は、やめる判断を実行した年に特別損失として立つ。設備投資額と減価償却費の内訳を見れば、どの区分へ資金を回し続けているかが分かる。

2020年代

2026年 トクヤマ 太平洋セメントへ販売譲渡 セメント・固化材の国内販売からの退出と、製造停止の検討着手 2026年 第一三共 サントリーHDへ市販薬譲渡 販売子会社を丸ごと切り出す形での市販薬事業からの撤退 2026年 ホンダ 脱エンジン宣言の撤回 2040年目標の事実上の取り下げと、上場来初の最終赤字 2026年 イオン ダイエー東西2分割 関東の事業を吸収分割で切り出し、近畿は光洋との合併で残した食品スーパーの再編 2025年 JT 鳥居薬品を塩野義へ譲渡 参入から38年を数えた医薬事業からの撤退と、子会社ごとの譲り渡し 2025年 グンゼ アパレル事業の構造改革 主力事業の作り替えと、機能ソリューション・メディカルへの中核の移行 2025年 クリエイトSDHD Next STAGEで大型化転換 出店拡大主義から既存店大型化と調剤深耕への成長モデルの組み替え 2025年 シップヘルスケアHD SHIP VISIONで厨房撤退 長期構想に沿ったグループの再編統合と、厨房業務の切り離し 2025年 セブン&アイHD クシュタールの買収に対抗 買収提案に対する資本政策の発動と、独立した経営の維持 2025年 資生堂 藤原憲太郎の構造改革 過去最大級の赤字と構造改革 2025年 古河電工 TOTOKU・UACJなど売却 銅管・巻線・電池を含む非中核事業の切り離しと、データセンター向け光事業への集中投資 2025年 住友電工 住友電設の売却と住友理工の完全子会社化 設備工事の上場子会社を手放し、自動車部材の上場子会社を100%取り込むグループの入れ替え 2025年 フジクラ AI・データセンターへ集中 需要の伸びる領域への資源の寄せ集めと、電線大手という自己規定の作り替え 2025年 日本精工 ステアリング事業の全株買戻し いったん分社し投資ファンドへ渡した過半株式の2年での取り戻し 2025年 デンソー 日本特殊陶業へ事業譲渡 スパークプラグ・排気センサという内燃機関の成熟事業を1,806億円で切り離す判断 2025年 京セラ KDDI株売却と計画撤回 中期経営計画の取り下げと、非中核事業の整理 2025年 ニコン DSP-100の受注開始 露光装置での正面決戦からの撤退と、後工程への賭け直し 2024年 サッポロビール 3Dの株主提案で不動産切出し 外部からの要求を受けた事業再編と、ビール本業への経営資源の集中 2024年 メルカリ 米国縮小とメルカリ ハロ投入 海外の拡大に区切りをつけ、成長の軸を国内へ戻す転換 2024年 DIC 星光PMC株式売却で資産圧縮 液晶材料事業からの撤退と、美術品の売却まで含めた資産の圧縮 2024年 日本発條 2026中計でROIC導入 ROICとWACCの比較に基づく事業別の立て直しと政策保有株式の売却 2024年 三菱電機 鴻海からの出資受け入れ検討 自動車機器事業を会社分割で切り出した三菱電機モビリティの設立と、外部資本への開放 2024年 IHI GTF応分負担で過去最大赤字 航空エンジンへの経営資源の集中が招いた過去最大の損失計上 2023年 亀田製菓 中長期成長戦略2030策定 売上成長を追うのをやめ、主力4ブランドへの絞り込み 2023年 東急不動産HD 東急ハンズなど非中核譲渡 抜本的再構築による非中核事業の一斉譲渡(ゴルフ場・スキー場・フィットネス) 2023年 セブン&アイHD バリューアクトが株主提案 株主提案を契機とするコンビニ事業を軸とした企業集団への収斂 2023年 ドリームインキュベータ アイペットHDの譲渡 全株式の第一生命への売却と、ビジネスプロデュース事業への経営資源の集中 2023年 エーザイ レカネマブの実用化 認知症領域への長期集中とバイオジェンとの提携の結実 2023年 荏原製作所 E-Plan2025策定 対面市場別5カンパニー制への移行と、成長事業・基盤事業の切り分け 2023年 パナソニック オートモーティブシステムズ譲渡 全株式を手放しつつ持株会社に2割を残す形での車載事業の切り出し 2023年 ピジョン 第8次中計で中国を安定成長へ 成長市場としての位置づけ引き下げと、米州・欧州への成長投資の集中 2022年 デンカ 太平洋セメントへ譲渡撤退 セメント事業からの全面撤退と、販売部門の他社への切り出し 2022年 ADEKA 全州第二工場の増強 半導体材料への経営資源の集中と、高誘電体ALD材料の生産能力の増強 2022年 リゾートトラスト ホテルトラスティ6施設譲渡 一般向けホテル事業のスターアジアグループへの売却による絞り込み 2022年 ANYCOLOR インド事業を休止 海外4極から2極への絞り込みと、インドネシア・韓国グループの本体統合 2022年 日立製作所 日立金属株式の譲渡 上場子会社群の売却と親子上場構造の解体 2022年 名村造船所 佐世保重工業の新造船休止 子会社の新造船からの撤収と、伊万里への造船機能の集約 2022年 三菱UFJFG ユニオンバンク売却 MUFG——米西海岸リテールからの撤退と法人取引への集中 2022年 岡三証券G 岡三オンライン証券の設立 ネット専業・16年後の岡三証券への吸収合併 2021年 キユーピー キユーソーの連結除外 株式の一部の立会外分売と、物流子会社の連結からの切り離し 2021年 JSR ENEOSへエラストマー譲渡 素材事業の切り出しによる半導体材料・ライフサイエンスへの集中 2021年 資生堂 パーソナルケア事業の売却 日用品の一角を手放すことによる、事業の重心の絞り込み 2021年 ソニー 吉田氏、持株会社へ移行 Purposeを軸に据え、祖業の商号を子会社へ渡してグループ本社に特化する 2021年 ユナイテッドアローズ コロナ禍で不採算店舗整理 赤字転落を受けた店舗網の絞り込みと、EC基盤の刷新 2020年 DeNA MOV・JapanTaxi統合 配車アプリMOVを吸収分割でJapanTaxiへ渡し、38.39%の持分法会社として残す 2020年 キリンHD IFP事業売却提案を退ける 英運用会社による6,000億円の自社株買い要求の拒否と、多角化路線の堅持 2020年 神戸物産 クックイノベンチャー売却 外食関連11社の一括売却による、本業への経営資源の回帰 2020年 ブリヂストン 石橋秀一の非中核事業売却 非タイヤ・非中核事業の一斉売却とタイヤ×ソリューションへの資源集中 2020年 日本製鋼所 日鋼MECへ吸収分割 素形材・エネルギー事業の切り出しと、6年後の本体への吸収合併 2020年 三菱マテリアル 小野直樹の事業構成入替 中期経営戦略の策定と、それにもとづく事業構成の組み替え 2020年 三菱自動車 東南アジア集中への転換 全方位の拡大路線を捨て、欧州縮小とパジェロ生産終了に踏み込んだコロナ危機下の構造改革 2020年 オリンパス 日本産業パートナーズへ譲渡 祖業であるカメラからの撤退と、映像事業の外部への切り出し 2020年 ノーリツ鋼機 ハルメクHDを譲渡 買い集めた医療・シニア・農業事業の連続譲渡と、製造事業への集約 2020年 丸紅 チリ銅権益の減損 資源投資の含み損を一括処理したうえでの、18年ぶりの最終赤字計上 2020年 三陽商会 大江伸治の粗利率重視転換 規模の追求からの決別と、2020年の収益構造の立て直し 2020年 東海旅客鉄道 のぞみ・N700系の自主開発 東海道新幹線への経営資源集中と、高速化・高頻度化の追求

2010年代

2019年 味の素 西井孝明のROIC経営転換 ROICを軸にした資本効率経営への転換と事業ポートフォリオの選択と集中 2019年 アリアケジャパン 米子会社をKerryへ譲渡 現地子会社の全株式売却による米国市場からの撤退 2019年 協和キリン キリンHDへ株式譲渡 バイオ子会社株式95%の切り出しによる医薬事業への一本化 2019年 日本新薬 前川重信の難病・希少疾患集中 第六次中期経営計画による注力領域の難病・希少疾患、泌尿器・血液内科への絞り込み 2019年 SWCC 古河電工と汎用電線統合 ROIC を経営指標に据えたことによる低資本効率事業の整理 2019年 日立製作所 「ホライズンプロジェクト」撤退 英国での原発事業の凍結と、海外原発路線の断念 2019年 オリンパス バリューアクトの受入れ 物言う株主を経営に招き入れたうえでのメドテック企業への転換 2019年 川崎汽船 自動車船・LNG船へ集中投資 非海運多角化の見送りと、鉄鋼原料輸送を含む海運本業への資源の集中 2018年 クックパッド レシピ事業への集中に転換 本業への絞り込みと、食領域の新規事業への再投資 2018年 ライオン グロンサン等ブランド譲渡 売上規模の拡大を目標から外す方針転換と、ブランドの選択と集中 2018年 KOKUSAIエレクトリック 日立から分離しKKR買収 親会社からの分離と非公開化、会社分割による成膜事業の承継 2018年 ソシオネクスト 「ソリューションSoC」転換 汎用ASSPの切り捨てと、顧客ごとのカスタム設計専業への絞り込み 2017年 高砂熱学工業 インテグレーテッド社を子会社化 空調専業としての「熱学」特化とクリーンルーム技術の内製化 2017年 双日 藤本昌義の非資源シフト 資源市況に業績が振られない収益構造への、稼ぎ方の組み替え 2017年 東ソー 塩ビ基盤事業の死守戦略 汎用品からの撤退を選ばず、クロールアルカリを含む基盤事業を磨き切る方針 2017年 神戸製鋼所 神戸製鉄所の上工程休止 加古川製鉄所への一貫工程の集約 2017年 AZ-COM丸和HD アマゾンジャパンとの取引開始 専用ドライバー1万人体制への経営資源集中 2016年 旭化成 水島エチレンセンター停止 自社設備を手放し、西日本3社による生産集約に加わる選択 2016年 三菱重工業 アイーダ客船事業から撤退 2隻で2408億円に達した損失を受けた大型客船からの手仕舞い 2016年 カチタス リプライスの完全子会社化 同業の全株取得による、中古住宅買取再販での首位規模の確保 2015年 セブン&アイHD イトーヨーカ堂40店閉鎖 祖業として続けてきた総合スーパー事業からの段階的な撤退戦 2015年 ワールド 上山健二の500店閉鎖 大規模な構造改革による店舗網の縮小と、不採算ブランドの廃止 2015年 ラクス Rigniteの譲渡撤退 米国子会社の全株式売却によるSNSマーケティング事業の打ち切り 2015年 第一三共 ランバクシー子会社化解消 複眼経営を捨て、がんに絞る——中山讓治氏の選択と集中 2015年 太陽誘電 光記録メディア事業撤退 一領域の切り離しによる、電子部品単一セグメントへの事業構成の回帰 2015年 コナミG 小島秀夫氏の退社と小島プロ解散 看板クリエイターの離脱と、モバイル収益重視への経営資源の再配分 2014年 MIXI モンストへ資源集中 単一タイトルに社運を託した1本足経営と65億円の公募増資 2014年 参天製薬 米メルクの眼科事業譲受 眼科用医薬品に加えた抗リウマチ薬事業の承継による製品群の拡張 2014年 資生堂 魚谷雅彦氏を招聘 外部のプロ経営者に経営を委ねる決断と、「VISION 2020」の始動 2014年 ソニー 平井氏、VAIOと電池事業を譲渡 PC・電池・化学を資産と人員ごと手放し、五つの領域へ集中した構造改革 2013年 イオン ダイエーの完全子会社化 完全子会社化が示した流通の世代交代 2012年 マネーフォワード "マネーブック"から家計簿へ転換 初代サービスを数か月で畳んだうえでの資産管理への作り直し 2012年 塩野義製薬 ViiVへHIV事業移転 合弁持分を手放す代わりに受け取った相手方株式10%の保有 2012年 デクセリアルズ ソニーから分離独立 ケミカルプロダクツ事業の売却と、政投銀・ユニゾン主導の受け皿会社への移管 2012年 アルバック 半導体・パネルに集約 純損失499億円を受けて踏み切った、創立以来初めての事業構造改革 2012年 三菱重工業 日立と火力発電事業統合 重電の中核事業を切り出した三菱日立パワーシステムズの発足 2012年 HOYA ライフケアへの優先投資 資源の優先配分と、眼鏡レンズ事業の継続的な買い集め 2012年 カチタス 日本住宅再生の子会社化 PEファンドのTOBの受け入れによる非公開化と、中古住宅事業への一本化 2012年 東急 渋谷ターミナル再開発 鉄道の地下化で生み出した跡地への集中投資と、拠点駅の作り替え 2012年 カプコン 第二次構造改革 モバイル過大投資の反動とアミューズメント機器事業の見直し 2011年 LINE 「LINE」の投入 検索・ゲームからメッセンジャーアプリへの主力の移し替え 2011年 富士フイルム バイオCDMO参入 医薬品の受託生産という新領域に向けた生産能力への集中投資 2010年 荏原製作所 三菱商事・日揮の資本参加 環境・水処理事業の分社再編と、水事業子会社 2010年 富士電機 パワー半導体へ投資集中 パワーエレクトロニクスを軸に据えた経営資源の集中 2010年 セイコーエプソン SE07で中小型液晶を譲渡 電子デバイス事業の縮小と、中小型液晶ディスプレイ事業資産の譲渡 2010年 川崎重工業 「すいそふろんてぃあ」建造 液化水素サプライチェーンへの集中と、世界初の液化水素運搬船の建造 2010年 ヤマハ リビング事業の譲渡 住宅設備事業のカーブアウトと音・音楽への集中 2010年 伊藤忠商事 か・け・ふ改革 非資源No.1・商社三冠を掲げた、資源依存からの収益構造の組み替え

2000年代

2009年 SHIFT ソフトウェアテスト専業化 製造業向けコンサルティングからの撤退を伴う業態転換 2009年 サイバーエージェント ジークレストを完全子会社化 オンラインゲーム子会社の全株取得による課金事業の取り込み 2009年 ジェイテクト ティムケンのニードル軸受取得 2期連続赤字のさなかに踏み切った同業からの事業買収 2009年 日立製作所 社会イノベーション事業への集中 製造業最大の赤字を受けて上場子会社を取り込み、事業を絞り込んだ再建 2009年 レーザーテック 液晶撤退とEUV検査集中 売上の半分を占めた主力事業を切り、半導体分野への一点張り 2009年 メディパルHD メディパルHDへ移行 会社分割による医薬品卸事業の切り出しと純粋持株会社への移行 2008年 日清製粉G本社 杏林製薬に合併し撤退 5本柱の一角だった医薬事業を合弁相手へ託して畳む決着 2008年 三菱レイヨン 英ルーサイトを買収 買収によって一気に引き寄せた、MMA市場での世界首位の座 2008年 協和キリン キリンHDの傘下入り 同じ傘下の医薬品会社との統合による医薬への事業の集約 2008年 三菱樹脂 三菱化学の機能材料事業承継 グループ3社との合併を通じた機能材料への事業構成の寄せ 2008年 日立化成 日立ハウステックの譲渡 投資ファンドへの株式売却による住宅設備事業からの撤退 2008年 ツムラ ツムラライフサイエンス売却 家庭用品事業からの撤退と、子会社を切り出す形での事業整理 2008年 タダノ LE事業への限定 移動機能付き抗重力・空間作業機械への事業領域の絞り込みと、多角化の不採用 2008年 富士通 半導体事業をオンセミへ売却 半導体・携帯・PCを手放した祖業ハードからの連続撤退 2007年 ディスコ Will会計で収益構造改革 市況の谷でも黒字を保つ収益構造への作り替えと、経費管理レベルの導入 2007年 シチズン時計 電子デバイス事業から撤退 携帯電話向けカメラ部品と小型液晶パネルを切り離す選択と集中 2006年 エバラ食品工業 日本冷食をサンマルコ食品へ譲渡 冷凍食品・広告代理店・物流へ広げた周辺事業からの全面撤退 2006年 三菱レイヨン MMA基軸へ経営資源集中 初の非繊維出身社長の起用と、繊維以外へ軸足を移す判断 2006年 オービック 野田順弘氏の社長復帰 大企業向けERPと成果主義の見直しに向けた、創業者の現場復帰 2006年 資生堂 TSUBAKI集中投資 多品種の分散をやめ、少数の大型ブランドに資源を寄せる戦略への転換 2006年 DOWA 持株会社制へ移行 5事業会社への分割と、原料を鉱石からリサイクルへ切り替える転換 2006年 栗田工業 し尿処理談合で官公需撤退 入札談合の摘発を受けた官公需の建設工事事業からの全面撤退 2006年 ジェイテクト 光洋精工と豊田工機の合併 軸受と工作機械の統合による新会社ジェイテクトの誕生 2006年 ヤマハ レクリェーション事業の撤退 減損会計の適用による損失の一括計上と、抱えてきた事業の整理 2006年 ニプロ ニッショー売却で小売撤退 スーパーマーケット・ドラッグストア子会社の譲渡 2005年 富士紡HD 富士紡HDへ商号変更 持株会社化と研磨材事業への経営資源集中——中野光雄社長体制と中期経営計画「変身06-10」 2005年 古河機械金属 日立古河建機を譲渡 建設機械事業からの撤退と、主要6事業の分社による体制再編 2005年 SUBARU 「B9トライベッカ」投入 北米市場への集中とクロスオーバーSUVの本格投入 2003年 SBSHD メール便事業の売却 祖業を手放しての3PL特化と、荷主の物流を丸ごと請け負う側への転換 2003年 エムスリー m3.comへ統合 並行して運営していた二つの医療情報サイトを畳んでの一本化 2003年 武田薬品工業 武田國男の非医薬事業売却 事業の裾野を捨て医療用医薬品一本に絞り込む選択と集中 2003年 コニカミノルタ ミノルタとの経営統合 株式交換方式の採用と、両社を束ねる持株会社の設立 2003年 ツガミ 中国に津上精密机床設立 浙江省を拠点にした量産移管と、国内一本の生産体制からの脱却 2002年 雪印メグミルク 全農主導での再建受け入れ 市乳事業の切り離しと、農協系資本の下での経営の立て直し 2002年 パイロットコーポレーション 髙橋清の持株会社設立 3社共同の株式移転による事業会社の吸収合併によるグループ一体化 2002年 ニフコ ITWとの提携解消 提携の完全な解消と、扱いを主力品目15種へ狭める絞り込み 2002年 岩谷産業 牧野明次の戸建住宅撤退 規模を追う経営からの決別と、収益源を水素へ移す先行投資 2002年 東急 日本エアシステムへ統合 東亜国内航空への出資に始まる航空事業への参入と、その撤退 2002年 KDDI auのCDMA一本化とPDC除却 二方式の併走を解いてCDMAへ寄せ、稼働中のPDC設備1,283億円を一期で落とした資産の入れ替え 2001年 ニチロ そばめしで冷凍食品へ集中 家庭用・業務用の調理冷凍食品への集中と、ライン直結の商品開発体制への移行 2001年 パソナG ナスダック・ジャパンへ上場 新事業と旧事業を分離したうえでの本業回帰と株式公開 2001年 クラレ クラリアントから事業取得 祖業レーヨンの生産停止と、ポバール・PVB事業への軸足の移し替え 2001年 資生堂 池田守男のブランド集約 散らばった商標の絞り込みによる、チェーン店の立て直し 2001年 神戸製鋼所 マイクロンに株式譲渡 テキサス・インスツルメンツ社と組んだ半導体合弁の設立と、その全株式の売却による撤退 2001年 三井金属 神岡鉱山を止め電子材料へ 鉱山の段階的縮小と、銅箔・TABを柱とする事業への転換 2001年 フジクラ ビスキャスへ事業切出 電力ケーブル事業の古河電工との合弁への移管と、15年後の国内事業の振り分け 2001年 コマツ 坂根正弘の「ダントツ経営」 新体制が進めた経営構造改革とV字回復 2001年 東芝 NAND型フラッシュへ集中 汎用DRAM事業からの撤退と、主力メモリの入れ替え 2001年 芝浦メカトロニクス 芝浦自販機へ事業移管 自販機・モータ応用機器など非中核事業の本体外への切り離しと製造装置への集中 2001年 東海旅客鉄道 JR東日本型の多角化を回避 私鉄型の多角化を後追いしない選択 ── 名古屋圏の集客力という制約 2000年 オービックビジネスコンサルタント 新ERP開発へ全面転換 インターネット対応製品への新規開発資源の全面振替と、2005年3月期235億円の計画 2000年 ゴールドウイン 卸型ビジネスからの転換 多角化事業の整理と自主管理売場への切り替え 2000年 ファーストリテイリング 原宿出店で全国ブランド化 都心一等地への進出とフリース単品集中がもたらした一気の知名度拡大

1990年代

1999年 三菱ケミカルG 四日市エチレン停止 赤字事業の撲滅を通じた「脱・総合」への路線の切り替え 1999年 住友金属工業 和歌山製鉄所を再建 熱間圧延ラインの休止を含む、主力製鉄所の身の丈に合わせた立て直し 1999年 DOWA 吉川廣和の緊急対策 1999年の緊急対策に始まる事業構造改革と、ROAを物差しにした資産・人員の圧縮 1999年 横河電機 米HPとの合弁解消 36年続いた合弁の清算と、持分売却による単独経営への移行 1999年 名古屋鉄道 中部圏集中と不採算事業整理 多角化で広げた路線と関連会社の切り離し、本業への経営資源の絞り込み 1999年 商船三井 ナビックスラインと合併 対等合併による規模の拡大と、「商船三井」への商号変更 1999年 ANAHD スターアライアンスへ加盟 世界最大の航空連合への参加と「選択と集中」による経営再建 1998年 日東紡績 泊工場の綿紡績終了 祖業の綿紡績からの撤退と、ガラス繊維専業への転換 1998年 花王 フロッピー事業から撤退 多角化路線に区切りをつけ、主力事業へ絞り込む事業構成の見直し 1998年 三菱電機 汎用DRAM事業から撤退 システムLSI・パワー半導体へ軸足を移す事業領域の絞り込み 1998年 芝浦メカトロニクス 東芝メカトロニクスと合併 液晶製造装置への参入と、芝浦メカトロニクスへの社名変更 1998年 沖電気工業 DRAM事業から撤退 量産競争から降りたうえでの、半導体事業そのものの売却 1998年 ヤマハ発動機 マリン事業の構造改革 広げすぎた事業の整理と、船外機を軸に据えた資源の集中 1998年 ローランド プロデューサー制の導入 開発と生産を分け、製品企画に特化させる開発体制の改革 1998年 ファーストリテイリング ファミクロ撤退と店舗別運営への転換 本部による集中管理をやめ、店舗ごとの判断に委ねる運営への切り替え 1997年 森永製菓 エンゼルの森構想の見直し 菓子事業の社内分社と、構想を取り下げての本業立て直し 1997年 ダイキン 上海合弁で業務用に集中 中国での業務用高価格帯への集中という差別化戦略 1997年 HOYA SVA導入と本社50人化 本社50人化と持株会社型カンパニー制への移行 1996年 マツキヨココカラ&カンパニー マツキヨへ薬粧専門転換 複合小売からの脱却と、都心駅前への集中によるブランドの確立 1996年 東急 東急百貨店の立て直し 財テクの行き詰まりを受けた、仕入れと販売を自ら担う本業への回帰 1995年 キーエンス 滝崎武光の直販モデル確立 自社工場も代理店も持たない構造による高粗利モデルの確立 1995年 ホンダ 川本改革と単独路線 規模拡大を追う再編に加わらず、提携に頼らぬ道を選んだ経営の立て直し 1995年 三菱商事 槙原稔社長の体制刷新 社長主導のトップダウン型の改革として進めた経営体制の作り替え 1995年 東急 五島昇の死後の事業整理 五島家の個人支配の終焉と、バブル期に膨らんだ 1994年 イビデン インテル攻略へ資源集中 勝負どころを一顧客に絞り込んだプロジェクトへの経営資源の一点集中 1994年 ダイキン 井上礼之による空調改革 多角化の中止と、主力一本への経営資源の集中 1994年 三菱電機 北岡改革と社長引責辞任 長く3位にとどまった地位からの脱却を掲げた改革と、半導体投資の誤算 1994年 ニデック HDDモータへ集中 スピンドルモータ一本への絞り込みと、従来主力への依存からの脱却 1994年 阪和興業 北修爾への交代と本業回帰 本業回帰と8期ぶりの復配 1994年 小田急電鉄 小田急百貨店の再建 不採算資産の処理と、商品を絞った専門大店化による本業への立て直し 1994年 京王電鉄 京王百貨店の構造改革 自主MD化と専門大店化 1993年 旭化成 宮崎輝の死後の事業売却 事業を広げ続ける路線からの転換と、食品・酒類事業の売却 1993年 第一製薬 クラビットの発売 自社開発の合成抗菌剤による、輸出を通じた海外売上の拡大 1993年 いすゞ自動車 GM説得で乗用車撤退 いすゞの乗用車事業からの全面撤退と商用車・ディーゼルへの集中 1992年 ハウス食品G本社 チルド食品事業の撤退 低シェア事業は持たないという方針に沿った全面撤退 1992年 ジャパンエナジー 日鉱金属を分離設立 金属3部門を切り出しての新会社化と、東証一部への子会社上場 1992年 ディスコ 関家憲一の拡散炉撤退 半導体拡散炉事業からの撤退と開発費約50億円の損失計上 1992年 SCREEN HD ウエハ洗浄装置への集中 一分野への的の絞り込みによる半導体装置メーカーへの転身 1991年 清水建設 SHIMZ-21で本業回帰 多角化路線の撤回と本業回帰 1991年 東ソー エチレン増設と事業撤退 バブルをまたいだ強気拡張と反動、10事業の整理と塩ビへの選別再投資 1991年 日立化成 丹野毅の低収益製品見直し 好況のうちに低収益の品目を選り分け、抱えきれない範囲の切り捨て 1990年 キリンHD 「一番搾り」の投入 ドライ戦争の劣勢下、フルライン戦略の挫折を認めた反攻の一本への賭け 1990年 伊藤忠エネクス 伊藤忠オイルの営業権承継 グループ国内石油販売の一本化

1980年代

1989年 日産化学 中井武夫の中期5カ年計画 農薬・機能性材料への集中投資による高収益経営の確立 1989年 日本ゼオン 英BPケミカルズ特殊ゴム買収 米社の同事業取得と併せた日米欧3極生産体制の構築 1989年 ブラザー工業 安井義博の情報機器転換 ミシン・タイプライターから情報通信機器への業態転換 1989年 キーエンス 自動線材切断機を譲渡 利益率2割の事業も捨てた高付加価値への集中 1989年 川崎汽船 北米定期航路への集中投資 1,200億円を投じた邦船6社共同運航体制からの離脱と単独運航への移行 1988年 富士電機 富士電機冷機の上場 家電での敗北を経た自動販売機への転換と、その事業の自立 1988年 ライフコーポレーション 清水三夫社長の電撃解任 実弟の更迭と引き換えの本業回帰 1988年 阪急阪神HD 球団をオリエント・リースへ譲渡 球団経営という本業外の資産の手放しと、プロ野球からの全面撤退 1987年 東レ 前田勝之助の経営改革 組織の肥大と意思決定の遅れという自己診断から着手した、社内体制の立て直し 1987年 TKC 飯塚真玄の専門特化宣言 東証2部上場でも多角化せず、会計事務所と地方公共団体の二本柱へ専門特化 1986年 カナデビア 因島・向島工場を縮小 二度の合理化策による人員・設備の削減と生産拠点の絞り込み 1985年 カネカ フォンテーヌをアデランスへ譲渡 女性かつら直営事業の手放しと、人工毛カネカロンの素材供給への専念 1985年 藤沢薬品工業 ピコレットなどライオンへ譲渡 トイレ用芳香剤を含む家庭用品20品目の一括での切り離し 1984年 東京応化工業 フォトレジストへ資源集中 塩化ビニールなど大型市場への不参入と、狭い分野への資源の絞り込み 1984年 稲畑産業 住友製薬へ医薬事業譲渡 合弁会社への営業譲渡による、直営の医薬品事業からの撤退 1981年 久光製薬 サロンパス軸へ資源集中 赤字決算を受けた経皮吸収型製剤への経営資源集中 1981年 住友商事 植村光雄の長期案件回避 10年以上の長期プロジェクトを手がけない原則の明示と、体力に見合った経営の徹底

1970年代

1979年 日東紡績 特化作戦による事業絞込 「特化作戦」による多角化からの絞り込みと品質重視への転換 1978年 東京製鐵 江戸川工場閉鎖と電炉化 岡山工場の平炉停止とあわせて進めた電炉一貫体制への移行 1977年 藤沢薬品工業 セファメジンへ集中投資 主力薬効を抗生物質と神経系へ絞り込む事業構成の組み替え 1977年 キヤノン 賀来龍三郎氏の社長抜擢 事業部制による組織の再編と、事務機事業への経営資源の集中 1976年 アドバンテスト 富士通の救済出資 救済出資を受けてのICテスタ集中による再建 1975年 ショーボンドHD ショーボンド化学へ分社 製造・研究を切り離しての補修専業への集中 1975年 東レ 藤吉次英が繊維事業を堅持 非繊維化の潮流に乗らず、主軸を繊維に置き続けた事業構成の選択 1974年 日立建機 土浦一貫生産への集約 製販統合による新生日立建機の発足と、足立工場の閉鎖 1973年 三菱鉛筆 ROYALSOVEREIGN買収 手芸用品・粘着テープ・化粧品・印章への多角化と、英企業の買収・売却 1972年 名村造船所 造船拠点を伊万里へ移転 大阪を離れての新工場建設と、主力生産の全面的な置き換え 1970年 北海道炭礦汽船 夕張新炭鉱へ投資 石炭の斜陽を15年前に予言しながら新鉱開発へ社運を賭けた判断 1970年 日本セメント 大型工場へ生産集約 小規模工場を関連製品で自立させる第1次体質強化策の実行 1970年 三菱重工業 三菱自動車工業を分離設立 自動車部門の切り出しと、独立会社としての新たな出発

1960年代

1950年代

1940年代

1930年代

1910年代

1850年代

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