上場企業の経営論点

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選択と集中

高度成長期からバブル期まで、日本の大企業は多角化を続けた。本業が伸びるかぎり、隣接分野への進出は合理的な判断だった。設備資金は主力銀行が供給し、株式は取引先と相互に保有していたため、投下資本の効率を株主から問われることもなかった。売上高と従業員数が企業の格を示す時代にあって、抱える事業の数はそのまま実力の証明だった。

資産価格の下落は、銀行の資金と株式の相互保有に支えられた多角化の前提を一度に崩した。設備・雇用・債務の三つの過剰が同時に表面化し、主力銀行も不良債権の処理に追われて新規融資を絞った。外部から資金を調達できなければ、次の投資原資は保有事業の売却で捻出するしかない。保有事業を売却して中核へ絞る整理を、米国は1980年代に済ませていた。買収の圧力と株主の要求によってコングロマリットが解体され、企業は中核事業へ資源を集約していた。日本が同じ整理に着手したのは、およそ十年後だった。

選択と集中は、この整理を説明する言葉として1990年代末に定着した。中核事業に経営資源を集中し、それ以外は売却するか停止する。論理は明快で、しかも当時の日本企業が置かれた状況を的確に言い当てていた。ただし実際に使われた場面の多くは、不採算部門の整理だった。三菱化学は四日市のエチレン設備を停止して総合化学からの脱却を掲げ、名古屋鉄道は多角化で広げた路線と関連会社を切り離した。いずれも損失の発生源を除く措置であって、残した事業をどう伸ばすかまで示したわけではない。

一方、中核を選び直した企業は少ない。東芝は汎用DRAMの量産から撤退し、NAND型フラッシュメモリへ主力を移した。武田薬品工業は非医薬事業を売却して医療用医薬品に集約している。コマツの構造改革も、競争優位を維持できる機種だけを残す判断だった。どれも撤退と同時に、次の収益源となる事業を名指ししている。選択と集中が本来指していたのは、撤退と次の収益源の指名を一体で決める判断である。

だが1990年代末の日本企業にとって、撤退すべき事業は損益計算書に現れており、伸ばすべき事業はどの帳簿にも現れていなかった。撤退する事業は、数字を測って決められる。伸ばす事業は、十年後の市場を予測して決めるしかない。同じ言葉が多くの場合に不採算部門の整理だけを意味したのは、そのためである。

財務諸表のどこを見るか

セグメント情報を数年並べ、区分の数と売上構成比がどう動いたかを追う。集中が進んだ会社はセグメントが減少し、残した区分の営業利益率が上がる。掛け声だけの年は区分名が変わるだけで構成比が動かない。事業用資産の減損損失と事業構造改善費用は、やめる判断を実行した年に特別損失として立つ。設備投資額と減価償却費の内訳を見れば、どの区分へ資金を回し続けているかが分かる。

2020年代

2026年宝HDタカラ物流システムの中央倉庫への株式譲渡宝酒造の物流を担ってきた子会社の株式70%の、物流を本業とする中央倉庫への売却2026年レゾナックHDクラサスケミカルのスピンオフ石油化学の現物配当による切り離しと20%未満の持分の継続保有2026年トクヤマ太平洋セメントへ販売譲渡セメント・固化材の国内販売からの退出と、製造停止の検討着手2026年第一三共サントリーHDへ市販薬譲渡販売子会社を全体として切り出す方式での市販薬事業からの撤退2026年三菱マテリアルパンパシフィック・カッパーへの買鉱統合銅精鉱の単独調達から4社共同買鉱と製錬受託への転換2026年ニデックニデックコンポーネンツのカーライルへの売却旧コパル電子の全株式の、カーライル系ファンドへの1,029億円での譲渡2026年オムロン電子部品事業のカーライルへの譲渡祖業の電子部品事業の切り離しと注力13事業への投資の集中2026年アンビスHD医心館の西日本47施設を譲渡会社分割と全株売却による首都圏・東日本への経営資源の集中2026年ホンダ四輪電動化戦略の見直し北米EVモデルの開発中止と、四輪事業1兆5,778億円の損失計上2026年イオンダイエー東西2分割関東の事業を吸収分割で切り出し、近畿は光洋との合併で残した食品スーパーの再編2026年レオパレス21アズ・ライフケアの全株式譲渡シルバー事業の日本革新投資系ファンドへの売却と、賃貸事業への集中2025年サッポロビールサッポロビールの吸収合併と事業持株会社化純粋持株会社体制の終了と、酒類事業会社への本社機能の一本化2025年JT鳥居薬品を塩野義へ譲渡参入から38年を数えた医薬事業からの撤退と、子会社ごとの譲り渡し2025年グンゼアパレル事業の構造改革主力事業の再構築と、機能ソリューション・メディカルへの中核の移行2025年クリエイトSDHDNext STAGEで大型化転換出店拡大主義から既存店大型化と調剤深耕への成長モデルの組み替え2025年シップヘルスケアHDSHIP VISIONで厨房撤退長期構想に沿ったグループの再編統合と、厨房業務の切り離し2025年資生堂米州事業の縮小と希望退職米州事業ののれん減損と二期連続の赤字2025年古河電工TOTOKU・UACJなど売却非中核事業の切り離しとデータセンター向け光事業への集中2025年住友電工住友電設の売却と住友理工の完全子会社化設備工事の上場子会社の売却と自動車部材の上場子会社の完全子会社化2025年フジクラAI・データセンターへ集中需要の伸びる領域への資源の集約と、電線大手という自己規定の刷新2025年日本精工ステアリング事業の全株買戻しいったん分社し投資ファンドへ渡した過半株式の2年での取り戻し2025年デンソー日本特殊陶業へスパークプラグ譲渡スパークプラグと排気センサの国内外事業を1,806億円で専業メーカーへ渡す判断2025年京セラKDDI株売却と計画撤回中期経営計画の取り下げと、非中核事業の整理2025年ニコンDSP-100の受注開始前工程で失った首位の、後工程のデジタル露光での立て直し2024年サッポロビール3Dの株主提案で不動産切出し外部からの要求を受けた事業再編と、ビール本業への経営資源の集中2024年メルカリ米国縮小とメルカリ ハロ投入海外の拡大に区切りをつけ、成長の軸を国内へ戻す転換2024年DIC星光PMC株式売却で資産圧縮液晶材料事業からの撤退と、美術品の売却まで含めた資産の圧縮2024年日本発條2026中計でROIC導入ROICとWACCの比較に基づく事業別の立て直しと政策保有株式の売却2024年三菱電機三菱電機モビリティ株式50%の鴻海への譲渡自動車機器事業を会社分割で切り出した三菱電機モビリティの設立と、外部資本への開放2024年IHIGTF応分負担で過去最大赤字航空エンジンへの経営資源の集中が招いた過去最大の損失計上2023年亀田製菓中長期成長戦略2030策定売上成長を追うのをやめ、主力4ブランドへの集中2023年味の素中期ASV経営への転換従来型の中期経営計画の廃止と、経営の枠組みそのものの入れ替え2023年東急不動産HD東急ハンズなど非中核譲渡抜本的再構築による非中核事業の一斉譲渡(ゴルフ場・スキー場・フィットネス)2023年セブン&アイHDバリューアクトが株主提案株主提案を契機とするコンビニ事業を軸とした企業集団への収斂2023年ドリームインキュベータアイペットHDの譲渡全株式の第一生命への売却と、ビジネスプロデュース事業への経営資源の集中2023年エーザイレカネマブの実用化認知症領域への長期集中とバイオジェンとの提携の結実2023年荏原製作所E-Plan2025策定対面市場別5カンパニー制への移行と、成長事業・基盤事業の区分2023年パナソニックオートモーティブシステムズ譲渡全株式を譲渡しつつ持株会社に2割を残す方式での車載事業の切り出し2023年ピジョン第8次中計で中国を安定成長へ成長市場としての位置づけ引き下げと、米州・欧州への成長投資の集中2023年ヤマトHD日本郵便への投函委託と訴訟薄型荷物とDMの配達の郵便網への移管と、宅配便への人員集中2022年デンカセメント事業からの完全撤退採掘の停止と、石灰石の調達・副産物処理の太平洋セメントへの移管2022年ADEKA全州第二工場の増強半導体材料への経営資源の集中と、高誘電体ALD材料の生産能力の増強2022年リゾートトラストホテルトラスティ6施設譲渡一般向けホテル事業のスターアジアグループへの売却による事業の集約2022年ANYCOLORインド事業を休止海外4極から2極への集約と、インドネシア・韓国グループの本体統合2022年日立製作所日立金属株式の譲渡上場子会社群の売却と親子上場構造の解体2022年名村造船所佐世保重工業の新造船休止子会社の新造船からの撤収と、伊万里への造船機能の集約2022年HOYA池田英一郎氏への承継21年続いた長期政権の終幕と、次の世代への経営の引き渡し2022年三菱UFJFGユニオンバンク売却MUFG——米西海岸リテールからの撤退と法人取引への集中2022年岡三証券G岡三オンライン証券の吸収合併別法人で育てたネット専業16年の本体への取り込み2021年キユーピーキユーソー流通システムの連結除外株式2%の売却による物流事業の分離と、食品事業への資源の集中2021年JSRENEOSへエラストマー譲渡素材事業の切り出しによる半導体材料・ライフサイエンスへの集中2021年資生堂パーソナルケア事業の売却日用品の一角を売却することによる、事業の集中2021年日立製作所日立Astemoへのホンダ3社統合自動車部品事業に外部資本を入れ、持分を100%から66.6%へ薄めて規模を取った統合2021年ソニー持株会社への移行Purposeを軸とする体制と、祖業の商号の子会社への譲渡によるグループ本社への特化2021年ユナイテッドアローズコロナ禍で不採算店舗整理赤字転落を受けた店舗網の縮小と、EC基盤の刷新2020年DeNAMOV・JapanTaxi統合配車アプリ事業の譲渡と承継会社38.39%の持分法適用2020年キリンHDIFPの株主提案4件の否決6,000億円の自己株式取得と非中核事業売却の要求の拒否と、多角化路線の堅持2020年神戸物産クックイノベンチャー売却外食関連11社の一括売却による、本業への経営資源の回帰2020年ブリヂストン非タイヤ事業の切り離し非タイヤ・非中核事業の一斉売却とタイヤ×ソリューションへの資源集中2020年日本製鋼所日鋼MECへ吸収分割素形材・エネルギー事業の切り出しと、6年後の本体への吸収合併2020年三菱マテリアル超硬の取得とアルミの譲渡中期経営戦略の策定と、それにもとづく事業構成の組み替え2020年三菱自動車東南アジア集中への転換欧州縮小とパジェロ生産終了を伴うコロナ危機下の構造改革2020年オリンパス日本産業パートナーズへ譲渡祖業であるカメラからの撤退と、映像事業の外部への切り出し2020年ノーリツ鋼機ハルメクHDを譲渡買収した医療・シニア・農業事業の連続譲渡と、製造事業への集約2020年丸紅チリ銅権益の減損資源投資の含み損を一括処理したうえでの、18年ぶりの最終赤字計上2020年三陽商会再生プランによる粗利率への転換売上規模の追求との決別と、2年間での基礎収益力の回復2020年東海旅客鉄道のぞみ・N700系の自主開発東海道新幹線への経営資源集中と、高速化・高頻度化の追求

2010年代

2019年味の素ROIC13%超の目標設定ROICを軸にした資本効率経営への転換と事業ポートフォリオの選択と集中2019年アリアケジャパン米子会社をKerryへ譲渡現地子会社の全株式売却による米国市場からの撤退2019年協和キリンキリンHDへ株式譲渡バイオ子会社株式95%の切り出しによる医薬事業への一本化2019年日本新薬難病・希少疾患の重点化第六次中期経営計画による注力領域の難病・希少疾患、泌尿器・血液内科への集中2019年SWCC古河電工と汎用電線統合ROIC を経営指標に据えたことによる低資本効率事業の整理2019年日立製作所「ホライズンプロジェクト」撤退英国での原発事業の凍結と、海外原発路線の断念2019年オリンパスバリューアクトの受入れ物言う株主を経営に招き入れたうえでのメドテック企業への転換2019年川崎汽船自動車船・LNG船へ集中投資非海運多角化の見送りと、鉄鋼原料輸送を含む海運本業への資源の集中2018年クックパッドレシピ事業への集中に転換本業への集中と、食領域の新規事業への再投資2018年ライオングロンサン等ブランド譲渡売上規模の拡大を目標から外す方針転換と、ブランドの選択と集中2018年KOKUSAIエレクトリックKKRによる非公開化と成膜事業分割日立国際電気の上場廃止と、成膜プロセスソリューション事業の吸収分割による承継2018年ソシオネクスト「ソリューションSoC」転換汎用ASSPの切り捨てと、顧客ごとのカスタム設計専業への集中2017年高砂熱学工業インテグレーテッド社を子会社化空調専業としての「熱学」特化とクリーンルーム技術の内製化2017年双日非資源事業へのシフト資源市況に業績が振られない収益構造への、収益モデルの組み替え2017年東ソー塩ビ基盤事業の死守戦略汎用品からの撤退を選ばず、クロールアルカリを含む基盤事業を磨き切る方針2017年神戸製鋼所神戸製鉄所の上工程休止加古川製鉄所への一貫工程の集約2017年任天堂Nintendo Switchの発売据置と携帯に分かれていた2つの製品ラインを1台へ集約する選択2017年AZ-COM丸和HDアマゾンジャパンとの取引開始ECラストワンマイル当日お届けサービスの立ち上げと、最大手顧客の入れ替わり2016年日本毛織RN130ビジョン策定富田一弥の社長就任と、長期構想のもとでの経営の再構築2016年旭化成水島エチレンセンターの1基化自社のエチレン設備の停止と、三菱化学との運営会社からの原料購入2016年三菱重工業アイーダ客船事業から撤退2隻で2,718億円の損失を積み、船舶海洋事業をガス船と艤装主体船へ寄せるまで2016年カチタスリプライスの完全子会社化同業の全株取得による、中古住宅買取再販での首位規模の確保2015年セブン&アイHDイトーヨーカ堂40店閉鎖祖業として続けてきた総合スーパー事業からの段階的な撤退戦2015年ワールドファストファッション時代の500店閉鎖大規模な構造改革による店舗網の縮小と、不採算ブランドの廃止2015年ラクスRigniteの譲渡撤退米国子会社の全株式売却によるSNSマーケティング事業の打ち切り2015年第一三共ランバクシー子会社化解消複眼経営を捨て、がんに特化する——中山讓治氏の選択と集中2015年太陽誘電光記録メディア事業撤退一領域の切り離しによる、電子部品単一セグメントへの事業構成の回帰2015年コナミG開発本部制への移行とモバイル重視看板クリエイターの離脱と、モバイル収益重視への経営資源の再配分2014年MIXIモンスターストライクへの資源集中SNSの広告から1本のスマホゲームへの収益源の転換と65億円の公募増資2014年参天製薬米メルクの眼科事業譲受眼科用医薬品に加えた抗リウマチ薬事業の承継による製品群の拡張2014年資生堂魚谷雅彦氏が社長就任外部のプロ経営者に経営を委ねる決断と、「VISION 2020」の始動2014年ソニーVAIOと電池事業の譲渡PC・電池・化学を資産と人員ごと売却し、五つの領域へ集中した構造改革2013年イオンダイエーの完全子会社化完全子会社化が示した流通の世代交代2012年マネーフォワード"マネーブック"から家計簿へ転換初代サービスを数か月で終了したうえでの資産管理への転換2012年塩野義製薬ViiVへHIV事業移転合弁持分を譲渡する代わりに受け取った相手方株式10%の保有2012年デクセリアルズソニーから分離独立ケミカルプロダクツ事業の売却と、政投銀・ユニゾン主導の譲渡先会社への移管2012年アルバック半導体・パネルに集約純損失499億円を受けて踏み切った、創立以来初めての事業構造改革2012年三菱重工業日立と火力発電事業統合重電の中核事業を切り出した三菱日立パワーシステムズの発足2012年HOYAライフケアへの優先投資資源の優先配分と、眼鏡レンズ事業の継続的な買収2012年カチタス日本住宅再生の子会社化PEファンドのTOBの受け入れによる非公開化と、中古住宅事業への一本化2012年東急渋谷ターミナル再開発鉄道の地下化で生み出した跡地への集中投資と、拠点駅の再構築2012年カプコン第二次構造改革モバイル過大投資の反動とアミューズメント機器事業の見直し2011年LINE「LINE」の投入検索・ゲームからメッセンジャーアプリへの主力の移行2011年富士フイルムバイオCDMO参入医薬品の受託生産という新領域に向けた生産能力への集中投資2010年荏原製作所三菱商事・日揮の資本参加水事業子会社の株式の3分の2の譲渡と、3社同持分の共同経営への移行2010年富士電機パワー半導体へ投資集中パワーエレクトロニクスを軸とした経営資源の集中2010年セイコーエプソンSE07で中小型液晶を譲渡電子デバイス事業の縮小と、中小型液晶ディスプレイ事業資産の譲渡2010年川崎重工業「すいそふろんてぃあ」建造液化水素サプライチェーンへの集中と、世界初の液化水素運搬船の建造2010年ヤマハリビング事業の譲渡住宅設備事業のカーブアウトと音・音楽への集中2010年伊藤忠商事か・け・ふ改革非資源No.1・商社三冠を掲げた、資源依存からの収益構造の組み替え

2000年代

2009年SHIFTソフトウェアテスト専業化製造業向けコンサルティングからの撤退を伴う業態転換2009年サイバーエージェントジークレストを完全子会社化オンラインゲーム子会社の全株取得による課金事業の取り込み2009年ジェイテクトティムケンのニードル軸受取得2期連続赤字のさなかに踏み切った同業からの事業買収2009年日立製作所社会イノベーション事業への集中製造業最大の赤字を受けて上場子会社を取り込み、主力事業に集中した再建2009年レーザーテック液晶撤退とEUV検査集中売上の半分を占めた主力事業を切り、半導体分野への一点張り2009年メディパルHDメディパルHDへ移行会社分割による医薬品卸事業の切り出しと純粋持株会社への移行2008年日清製粉G本社杏林製薬に合併し撤退5本柱の一角だった医薬事業を合弁相手へ託して撤退する決着2008年三菱レイヨン英ルーサイトを買収買収によって一気に引き寄せた、MMA市場での世界首位の座2008年協和キリンキリンHDの傘下入り同じ傘下の医薬品会社との統合による医薬への事業の集約2008年三菱樹脂三菱化学の機能材料事業承継グループ3社との合併を通じた機能材料への事業構成の寄せ2008年日立化成日立ハウステックの譲渡投資ファンドへの株式売却による住宅設備事業からの撤退2008年ツムラツムラライフサイエンス売却家庭用品事業からの撤退と、子会社を切り出す方式での事業整理2008年タダノLE事業への限定移動機能付き抗重力・空間作業機械への事業領域の集中と、多角化の不採用2008年富士通半導体事業をオンセミへ売却会津の200mm工場を段階的に渡し、前工程の製造を自前で抱えることをやめた2008年イオンイオンリテール分割と持株会社化総合スーパー事業の切り出しと戦略・事業を分けた純粋持株会社2007年ディスコ経費管理レベルと4年累計20%目標市況の谷でも利益を確保する収益構造への転換と、経費支出の段階管理の導入2007年シチズン時計電子デバイス事業から撤退携帯電話向けカメラ部品と小型液晶パネルを切り離す選択と集中2006年エバラ食品工業日本冷食をサンマルコ食品へ譲渡冷凍食品・広告代理店・物流へ展開した周辺事業からの全面撤退2006年三菱レイヨンMMA基軸へ経営資源集中初の非繊維出身社長の起用と、繊維以外へ軸足を移す判断2006年オービック野田順弘氏が社長就任大企業向けERPと成果主義の見直しに向けた、創業者の現場復帰2006年資生堂TSUBAKI集中投資多品種の分散をやめ、少数の大型ブランドに資源を配分する戦略への転換2006年DOWA持株会社制への移行5部門を10社へ分社し、事業運営の権限を事業会社へ移管する再配置2006年栗田工業し尿処理談合で官公需撤退入札談合の摘発を受けた官公需の建設工事事業からの全面撤退2006年ジェイテクト光洋精工と豊田工機の合併軸受と工作機械の統合による新会社ジェイテクトの誕生2006年ヤマハレクリェーション事業の撤退減損会計の適用による損失の一括計上と、抱えてきた事業の整理2006年ニプロニッショー売却で小売撤退スーパーマーケット・ドラッグストア子会社の譲渡2005年富士紡HD富士紡HDへ商号変更持株会社化と研磨材事業への経営資源の集中2005年古河機械金属日立古河建機を譲渡建設機械事業からの撤退と、主要6事業の分社による体制再編2005年SUBARU「B9トライベッカ」投入北米市場への集中とクロスオーバーSUVの本格投入2003年SBSHDメール便事業の売却祖業の売却による3PL特化と、荷主の物流を一括して請け負う側への転換2003年エムスリーm3.comへ統合並行して運営していた二つの医療情報サイトを統合しての一本化2003年武田薬品工業非医薬事業の切り離し事業の裾野を捨て医療用医薬品一本に特化する選択と集中2003年コニカミノルタミノルタとの経営統合株式交換方式の採用と、両社を子会社とする持株会社の設立2003年ツガミ中国に津上精密机床設立浙江省を拠点にした量産移管と、国内一本の生産体制からの脱却2002年雪印メグミルク市乳事業の分離と日本ミルクコミュニティ発足牛乳事業の農協系新会社への移管と、チーズ・バターへの本体の集中2002年パイロットコーポレーション持株会社の設立と3社統合3社共同の株式移転による事業会社の吸収合併によるグループ一体化2002年ニフコITWとの提携解消提携の完全な解消と、扱い品目の主力15種への集約2002年岩谷産業戸建住宅撤退と水素ステーション規模を追う経営からの決別と、収益源を水素へ転換する先行投資2002年東急日本エアシステムへ統合東亜国内航空への出資に始まる航空事業への参入と、その撤退2002年KDDIauのCDMA一本化とPDC除却二方式併走の解消と稼働中設備1,283億円の一期での償却2001年ニチロそばめしで冷凍食品へ集中家庭用・業務用の調理冷凍食品への集中と、ライン直結の商品開発体制への移行2001年パソナGナスダック・ジャパンへ上場新事業と旧事業を分離したうえでの本業回帰と株式公開2001年クラレレーヨン撤退とクラリアントのポバール事業買収創業以来の繊維の生産停止と、欧州の樹脂生産拠点の取得2001年資生堂ブランドの集約散らばった商標の集約による、チェーン店の立て直し2001年神戸製鋼所マイクロンに株式譲渡テキサス・インスツルメンツとの合弁の全株式売却による半導体撤退2001年三井金属神岡鉱山を止め電子材料へ鉱山の段階的縮小と、銅箔・TABを収益源とする事業への転換2001年フジクラビスキャスへの電力事業統合古河電工との折半出資による送電線・配電線の共同運営と解散2001年コマツ第一次経営構造改革とダントツ商品初の営業赤字を受けた固定費の削減と、高性能商品への開発の集中2001年東芝NAND型フラッシュへ集中汎用DRAM事業からの撤退と、主力メモリの入れ替え2001年芝浦メカトロニクス芝浦自販機へ事業移管自販機・モータ応用機器など非中核事業の本体外への切り離しと製造装置への集中2001年東海旅客鉄道JR東日本型の多角化を回避私鉄型の多角化を後追いしない選択 ── 名古屋圏の集客力という制約2000年オービックビジネスコンサルタント新ERP開発へ全面転換インターネット対応製品への新規開発資源の全面振替と、2005年3月期235億円の計画2000年ゴールドウイン卸型ビジネスからの転換多角化事業の整理と自主管理売場への切り替え2000年ファーストリテイリング原宿出店で全国ブランド化都心一等地への進出とフリース単品集中がもたらした一気の知名度拡大

1990年代

1999年三菱ケミカルG四日市エチレン停止赤字事業の撲滅を通じた「脱・総合」への路線の切り替え1999年住友金属工業和歌山製鉄所を再建熱間圧延ラインの休止を含む、主力製鉄所の身の丈に合わせた立て直し1999年DOWA製錬赤字を受けた緊急対策1999年の緊急対策に始まる事業構造改革と、ROAを物差しにした資産・人員の圧縮1999年横河電機米HPとの合弁解消36年続いた合弁の清算と、持分売却による単独経営への移行1999年日産自動車日産リバイバルプランの断行国内5工場の閉鎖と系列の解体による1兆円のコスト削減と、3つの必達目標の公約1999年名古屋鉄道名鉄グループ新中期経営計画と不採算事業整理赤字の観光・流通子会社からの撤退と損失の一括計上による財務再建1999年商船三井ナビックスラインと合併対等合併による規模の拡大と、「商船三井」への商号変更1999年ANAHDスターアライアンスへ加盟世界最大の航空連合への参加と「選択と集中」による経営再建1998年日東紡績泊工場の綿紡績終了祖業の綿紡績からの撤退と、ガラス繊維専業への転換1998年花王フロッピー事業から撤退多角化路線に区切りをつけ、主力事業へ集中する事業構成の見直し1998年三菱電機汎用DRAM事業から撤退システムLSI・パワー半導体へ軸足を移す事業領域の縮小1998年芝浦メカトロニクス東芝メカトロニクスと合併液晶製造装置への参入と、芝浦メカトロニクスへの社名変更1998年沖電気工業DRAM事業から撤退量産競争から降りたうえでの、半導体事業そのものの売却1998年ヤマハ発動機マリン事業の構造改革拡大しすぎた事業の整理と、船外機を軸とした資源の集中1998年ローランドプロデューサー制の導入開発と生産を分離し、製品企画に特化させる開発体制の改革1998年ファーストリテイリングファミクロ撤退と店舗別運営への転換本部による集中管理をやめ、店舗ごとの判断に委ねる運営への切り替え1997年森永製菓エンゼルの森構想の見直し菓子事業の社内分社と、構想を取り下げての本業立て直し1997年ダイキン上海合弁で業務用に集中中国での業務用高価格帯への集中という差別化戦略1997年HOYASVA導入と本社50人化本社50人化と持株会社型カンパニー制への移行1996年マツキヨココカラ&カンパニーマツキヨへ薬粧専門転換複合小売からの脱却と、都心駅前への集中によるブランドの確立1996年東急東急百貨店の立て直し財テクの損失の後、現場出身の社長による自主販売と単品管理の導入1995年キーエンス直販とファブレスの両立自社工場も代理店も持たない構造による高粗利モデルの確立1995年ホンダRV集中と単独路線の堅持合併説を退けた単独での存続と、RVへの集中・社長への権限集中による立て直し1995年三菱商事GNPカンパニーからの脱却社長主導のトップダウン型の改革として進めた経営体制の再構築1995年東急東急アクションプラン21の修正2兆円の投資を続ける拡大路線から、有利子負債の削減への転換1994年イビデンインテル攻略へ資源集中重点を一顧客に限定したプロジェクトへの経営資源の一点集中1994年ダイキン空調抜本改革計画の立案多角化の中止と、主力一本への経営資源の集中1994年三菱電機構造改革と社長の引責辞任長く3位にとどまった地位からの脱却を掲げた改革と、半導体投資の誤算1994年ニデックHDD用モータへの集中磁気ヘッド支持部品への進出と、電源装置・冷却ファンの並行育成1994年阪和興業財テク撤退と本業回帰本業回帰と8期ぶりの復配1994年小田急電鉄小田急百貨店の再建不採算資産の処理と、取扱商品を限定した専門大店化による本業への立て直し1994年京王電鉄京王百貨店の自主MD改革委託販売から自主MDへの転換と、沿線での専門大店の試行1993年旭化成宮崎輝の死後の事業売却事業を拡大し続ける路線からの転換と、食品・酒類事業の売却1993年第一製薬クラビットの発売タリビッドのL体だけを製品にした後継の抗菌剤と、原薬輸出と導出による海外展開1993年いすゞ自動車GM説得で乗用車撤退いすゞの乗用車事業からの全面撤退と商用車・ディーゼルへの集中1992年ハウス食品G本社チルド食品事業の撤退低シェア事業は持たないという方針に沿った全面撤退1992年ジャパンエナジー日鉱金属を分離設立金属3部門を切り出しての新会社化と、東証一部への子会社上場1992年ディスコ拡散炉事業の打ち切り半導体拡散炉事業からの撤退と開発費約50億円の損失計上1992年SCREEN HD野洲事業所の開設と半導体装置の増産印刷機器の会社による、半導体の洗浄・塗布装置の量産への先行投資1991年清水建設SHIMZ-21で本業回帰多角化路線の撤回と本業回帰1991年東ソーエチレン増設と事業撤退バブルをまたいだ強気拡張と反動、10事業の整理と塩ビへの選別再投資1991年日立化成低収益製品の見直し好況のうちに低収益の品目を選別し、抱えきれない範囲の切り捨て1990年キリンHD「一番搾り」の投入ドライ戦争の劣勢下、フルライン戦略の挫折を認めた反攻の一本への賭け1990年伊藤忠エネクス伊藤忠オイルの営業権承継グループ国内石油販売の一本化

1980年代

1989年日産化学中期5カ年計画の始動農薬・機能性材料への集中投資による高収益経営の確立1989年日本ゼオン英BPケミカルズ特殊ゴム買収米社の同事業取得と併せた日米欧3極生産体制の構築1989年ブラザー工業プリンターへの事業転換ミシン・タイプライターから情報通信機器への業態転換1989年キーエンス自動線材切断機を譲渡利益率2割の事業も捨てた高付加価値への集中1989年川崎汽船北米定期航路への集中投資1,200億円を投じた邦船6社共同運航体制からの離脱と単独運航への移行1988年富士電機富士電機冷機の上場家電での失敗を経た自動販売機への転換と、その事業の自立1988年ライフコーポレーション清水三夫氏の解任と清水信次氏への継承実弟の更迭と引き換えの本業回帰1988年阪急阪神HD球団をオリエント・リースへ譲渡球団経営という本業外の資産の売却と、プロ野球からの全面撤退1987年東レ組織のスリム化と意思決定の迅速化組織の肥大と意思決定の遅れという自己診断から着手した、社内体制の立て直し1987年TKC会計事務所と自治体への集中東証2部上場でも多角化せず、会計事務所と地方公共団体の二本柱へ専門特化1986年カナデビア築港工場・堺工場の閉鎖100社近い新会社への人員の移籍と、本体従業員の約8割削減1985年カネカフォンテーヌをアデランスへ譲渡女性かつら直営事業の売却と、人工毛カネカロンの素材供給への専念1985年藤沢薬品工業ピコレットなどライオンへ譲渡トイレ用芳香剤を含む家庭用品20品目の一括での切り離し1984年東京応化工業フォトレジストへ資源集中塩化ビニールなど大型市場への不参入と、狭い分野への資源の集中1984年稲畑産業住友製薬へ医薬事業譲渡合弁会社への営業譲渡による、直営の医薬品事業からの撤退1981年久光製薬サロンパス軸へ資源集中赤字決算を受けた経皮吸収型製剤への経営資源集中1981年住友商事10年超の案件を避ける原則10年以上の長期プロジェクトを手がけない原則の明示と、体力に見合った経営の徹底

1970年代

1979年日東紡績特化作戦による事業絞込多角化事業の集約と品質重視への転換1978年東京製鐵江戸川工場閉鎖と電炉化岡山工場の平炉停止とあわせて進めた電炉一貫体制への移行1977年藤沢薬品工業セファメジンへ集中投資主力薬効を抗生物質と神経系へ集中する事業構成の組み替え1977年キヤノン無配転落と事業部制の導入事業部制による組織の再編と、事務機事業への経営資源の集中1976年アドバンテスト富士通の救済出資救済出資を受けてのICテスタ集中による再建1975年ショーボンドHDショーボンド化学へ分社製造・研究を切り離しての補修専業への集中1975年東レ脱繊維路線への不参加非繊維化の潮流に乗らず、主軸を繊維に置き続けた事業構成の選択1974年日立建機土浦一貫生産への集約製販統合による新生日立建機の発足と、足立工場の閉鎖1973年三菱鉛筆ROYALSOVEREIGN買収手芸用品・粘着テープ・化粧品・印章への多角化と、英企業の買収・売却1972年名村造船所造船拠点を伊万里へ移転大型船を造れない大阪から、佐賀県の埋立地の新工場への主力生産移転1970年北海道炭礦汽船夕張新炭鉱へ投資石炭の斜陽を15年前に予言しながら新鉱開発へ経営資源を集中した判断1970年ケンコーマヨネーズ業務用マヨネーズ専業による再建家庭用を大手2社に委ねた業務筋への集中とキユーピー出身者の再建1970年日本セメント大型工場へ生産集約小規模工場を関連製品で自立させる第1次体質強化策の実行1970年三菱重工業三菱自動車工業を分離設立自動車部門の切り出しと、独立会社としての新たな出発

1960年代

1950年代

1940年代

1930年代

1910年代

1850年代

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集中のための事業売却96事例

2026年宝HDタカラ物流システムの中央倉庫への株式譲渡宝酒造の物流を担ってきた子会社の株式70%の、物流を本業とする中央倉庫への売却2026年レゾナックHDクラサスケミカルのスピンオフ石油化学の現物配当による切り離しと20%未満の持分の継続保有2026年トクヤマ太平洋セメントへ販売譲渡セメント・固化材の国内販売からの退出と、製造停止の検討着手2026年第一三共サントリーHDへ市販薬譲渡販売子会社を全体として切り出す方式での市販薬事業からの撤退2026年ニデックニデックコンポーネンツのカーライルへの売却旧コパル電子の全株式の、カーライル系ファンドへの1,029億円での譲渡2026年オムロン電子部品事業のカーライルへの譲渡祖業の電子部品事業の切り離しと注力13事業への投資の集中2026年アンビスHD医心館の西日本47施設を譲渡会社分割と全株売却による首都圏・東日本への経営資源の集中2026年レオパレス21アズ・ライフケアの全株式譲渡シルバー事業の日本革新投資系ファンドへの売却と、賃貸事業への集中2025年JT鳥居薬品を塩野義へ譲渡参入から38年を数えた医薬事業からの撤退と、子会社ごとの譲り渡し2025年シップヘルスケアHDSHIP VISIONで厨房撤退長期構想に沿ったグループの再編統合と、厨房業務の切り離し2025年古河電工TOTOKU・UACJなど売却非中核事業の切り離しとデータセンター向け光事業への集中2025年住友電工住友電設の売却と住友理工の完全子会社化設備工事の上場子会社の売却と自動車部材の上場子会社の完全子会社化2025年日本精工ステアリング事業の全株買戻しいったん分社し投資ファンドへ渡した過半株式の2年での取り戻し2025年デンソー日本特殊陶業へスパークプラグ譲渡スパークプラグと排気センサの国内外事業を1,806億円で専業メーカーへ渡す判断2025年京セラKDDI株売却と計画撤回中期経営計画の取り下げと、非中核事業の整理2024年サッポロビール3Dの株主提案で不動産切出し外部からの要求を受けた事業再編と、ビール本業への経営資源の集中2024年DIC星光PMC株式売却で資産圧縮液晶材料事業からの撤退と、美術品の売却まで含めた資産の圧縮2024年三菱電機三菱電機モビリティ株式50%の鴻海への譲渡自動車機器事業を会社分割で切り出した三菱電機モビリティの設立と、外部資本への開放2023年東急不動産HD東急ハンズなど非中核譲渡抜本的再構築による非中核事業の一斉譲渡(ゴルフ場・スキー場・フィットネス)2023年セブン&アイHDバリューアクトが株主提案株主提案を契機とするコンビニ事業を軸とした企業集団への収斂2023年ドリームインキュベータアイペットHDの譲渡全株式の第一生命への売却と、ビジネスプロデュース事業への経営資源の集中2022年デンカセメント事業からの完全撤退採掘の停止と、石灰石の調達・副産物処理の太平洋セメントへの移管2022年リゾートトラストホテルトラスティ6施設譲渡一般向けホテル事業のスターアジアグループへの売却による事業の集約2022年日立製作所日立金属株式の譲渡上場子会社群の売却と親子上場構造の解体2022年名村造船所佐世保重工業の新造船休止子会社の新造船からの撤収と、伊万里への造船機能の集約2022年三菱UFJFGユニオンバンク売却MUFG——米西海岸リテールからの撤退と法人取引への集中2021年キユーピーキユーソー流通システムの連結除外株式2%の売却による物流事業の分離と、食品事業への資源の集中2021年JSRENEOSへエラストマー譲渡素材事業の切り出しによる半導体材料・ライフサイエンスへの集中2021年資生堂パーソナルケア事業の売却日用品の一角を売却することによる、事業の集中2020年DeNAMOV・JapanTaxi統合配車アプリ事業の譲渡と承継会社38.39%の持分法適用2020年神戸物産クックイノベンチャー売却外食関連11社の一括売却による、本業への経営資源の回帰2020年ブリヂストン非タイヤ事業の切り離し非タイヤ・非中核事業の一斉売却とタイヤ×ソリューションへの資源集中2020年オリンパス日本産業パートナーズへ譲渡祖業であるカメラからの撤退と、映像事業の外部への切り出し2020年ノーリツ鋼機ハルメクHDを譲渡買収した医療・シニア・農業事業の連続譲渡と、製造事業への集約2019年味の素ROIC13%超の目標設定ROICを軸にした資本効率経営への転換と事業ポートフォリオの選択と集中2019年アリアケジャパン米子会社をKerryへ譲渡現地子会社の全株式売却による米国市場からの撤退2019年協和キリンキリンHDへ株式譲渡バイオ子会社株式95%の切り出しによる医薬事業への一本化2019年SWCC古河電工と汎用電線統合ROIC を経営指標に据えたことによる低資本効率事業の整理2019年日立製作所「ホライズンプロジェクト」撤退英国での原発事業の凍結と、海外原発路線の断念2018年クックパッドレシピ事業への集中に転換本業への集中と、食領域の新規事業への再投資2018年ライオングロンサン等ブランド譲渡売上規模の拡大を目標から外す方針転換と、ブランドの選択と集中2016年旭化成水島エチレンセンターの1基化自社のエチレン設備の停止と、三菱化学との運営会社からの原料購入2016年三菱重工業アイーダ客船事業から撤退2隻で2,718億円の損失を積み、船舶海洋事業をガス船と艤装主体船へ寄せるまで2015年ラクスRigniteの譲渡撤退米国子会社の全株式売却によるSNSマーケティング事業の打ち切り2015年太陽誘電光記録メディア事業撤退一領域の切り離しによる、電子部品単一セグメントへの事業構成の回帰2014年参天製薬米メルクの眼科事業譲受眼科用医薬品に加えた抗リウマチ薬事業の承継による製品群の拡張2014年ソニーVAIOと電池事業の譲渡PC・電池・化学を資産と人員ごと売却し、五つの領域へ集中した構造改革2012年デクセリアルズソニーから分離独立ケミカルプロダクツ事業の売却と、政投銀・ユニゾン主導の譲渡先会社への移管2010年セイコーエプソンSE07で中小型液晶を譲渡電子デバイス事業の縮小と、中小型液晶ディスプレイ事業資産の譲渡2010年ヤマハリビング事業の譲渡住宅設備事業のカーブアウトと音・音楽への集中2009年レーザーテック液晶撤退とEUV検査集中売上の半分を占めた主力事業を切り、半導体分野への一点張り2008年日清製粉G本社杏林製薬に合併し撤退5本柱の一角だった医薬事業を合弁相手へ託して撤退する決着2008年三菱樹脂三菱化学の機能材料事業承継グループ3社との合併を通じた機能材料への事業構成の寄せ2008年日立化成日立ハウステックの譲渡投資ファンドへの株式売却による住宅設備事業からの撤退2008年ツムラツムラライフサイエンス売却家庭用品事業からの撤退と、子会社を切り出す方式での事業整理2008年富士通半導体事業をオンセミへ売却会津の200mm工場を段階的に渡し、前工程の製造を自前で抱えることをやめた2007年シチズン時計電子デバイス事業から撤退携帯電話向けカメラ部品と小型液晶パネルを切り離す選択と集中2006年エバラ食品工業日本冷食をサンマルコ食品へ譲渡冷凍食品・広告代理店・物流へ展開した周辺事業からの全面撤退2006年栗田工業し尿処理談合で官公需撤退入札談合の摘発を受けた官公需の建設工事事業からの全面撤退2006年ヤマハレクリェーション事業の撤退減損会計の適用による損失の一括計上と、抱えてきた事業の整理2006年ニプロニッショー売却で小売撤退スーパーマーケット・ドラッグストア子会社の譲渡2005年古河機械金属日立古河建機を譲渡建設機械事業からの撤退と、主要6事業の分社による体制再編2003年SBSHDメール便事業の売却祖業の売却による3PL特化と、荷主の物流を一括して請け負う側への転換2003年武田薬品工業非医薬事業の切り離し事業の裾野を捨て医療用医薬品一本に特化する選択と集中2002年岩谷産業戸建住宅撤退と水素ステーション規模を追う経営からの決別と、収益源を水素へ転換する先行投資2002年東急日本エアシステムへ統合東亜国内航空への出資に始まる航空事業への参入と、その撤退2001年クラレレーヨン撤退とクラリアントのポバール事業買収創業以来の繊維の生産停止と、欧州の樹脂生産拠点の取得2001年神戸製鋼所マイクロンに株式譲渡テキサス・インスツルメンツとの合弁の全株式売却による半導体撤退2001年フジクラビスキャスへの電力事業統合古河電工との折半出資による送電線・配電線の共同運営と解散2001年東芝NAND型フラッシュへ集中汎用DRAM事業からの撤退と、主力メモリの入れ替え2001年芝浦メカトロニクス芝浦自販機へ事業移管自販機・モータ応用機器など非中核事業の本体外への切り離しと製造装置への集中1999年横河電機米HPとの合弁解消36年続いた合弁の清算と、持分売却による単独経営への移行1999年名古屋鉄道名鉄グループ新中期経営計画と不採算事業整理赤字の観光・流通子会社からの撤退と損失の一括計上による財務再建1998年日東紡績泊工場の綿紡績終了祖業の綿紡績からの撤退と、ガラス繊維専業への転換1998年花王フロッピー事業から撤退多角化路線に区切りをつけ、主力事業へ集中する事業構成の見直し1998年三菱電機汎用DRAM事業から撤退システムLSI・パワー半導体へ軸足を移す事業領域の縮小1998年沖電気工業DRAM事業から撤退量産競争から降りたうえでの、半導体事業そのものの売却1993年旭化成宮崎輝の死後の事業売却事業を拡大し続ける路線からの転換と、食品・酒類事業の売却1993年いすゞ自動車GM説得で乗用車撤退いすゞの乗用車事業からの全面撤退と商用車・ディーゼルへの集中1992年ハウス食品G本社チルド食品事業の撤退低シェア事業は持たないという方針に沿った全面撤退1992年ディスコ拡散炉事業の打ち切り半導体拡散炉事業からの撤退と開発費約50億円の損失計上1991年日立化成低収益製品の見直し好況のうちに低収益の品目を選別し、抱えきれない範囲の切り捨て1989年キーエンス自動線材切断機を譲渡利益率2割の事業も捨てた高付加価値への集中1988年阪急阪神HD球団をオリエント・リースへ譲渡球団経営という本業外の資産の売却と、プロ野球からの全面撤退1985年カネカフォンテーヌをアデランスへ譲渡女性かつら直営事業の売却と、人工毛カネカロンの素材供給への専念1985年藤沢薬品工業ピコレットなどライオンへ譲渡トイレ用芳香剤を含む家庭用品20品目の一括での切り離し1984年稲畑産業住友製薬へ医薬事業譲渡合弁会社への営業譲渡による、直営の医薬品事業からの撤退1973年三菱鉛筆ROYALSOVEREIGN買収手芸用品・粘着テープ・化粧品・印章への多角化と、英企業の買収・売却1967年青山商事広島県府中で紳士服へ一本化食料品・特産品部門から撤退し1964年飯野海運川崎汽船へ定期航路を移管海運集約での定期航路部門の譲渡とタンカー専業体制への転換1961年日東電工マクセル分離と日立へ売却乾電池・磁気テープ部門の切り出しと、親会社への売却1960年三機工業鋼管株を富士製鉄へ売却合弁で持った製造部門の切り離しと、本業への経営資源の集中1950年川崎重工業川崎製鉄を分離独立製鉄部門の切り出しと、造船・造機・電機3部門への集約1937年南満洲鉄道昭和製鋼所株の譲渡保有株75%など重工業持分1億890万円の満州国政府への譲渡1932年安川電機モートル事業へ集中配電盤と変圧器の切り捨てと、単一製品への集中1931年日本製鋼所輪西製鉄を分離設立製鉄・採鉱事業の切り離しと、鋳鍛鋼・兵器・産業機械への集中

構造改革による選択と集中62事例

2026年三菱マテリアルパンパシフィック・カッパーへの買鉱統合銅精鉱の単独調達から4社共同買鉱と製錬受託への転換2026年ホンダ四輪電動化戦略の見直し北米EVモデルの開発中止と、四輪事業1兆5,778億円の損失計上2026年イオンダイエー東西2分割関東の事業を吸収分割で切り出し、近畿は光洋との合併で残した食品スーパーの再編2025年グンゼアパレル事業の構造改革主力事業の再構築と、機能ソリューション・メディカルへの中核の移行2025年資生堂米州事業の縮小と希望退職米州事業ののれん減損と二期連続の赤字2025年フジクラAI・データセンターへ集中需要の伸びる領域への資源の集約と、電線大手という自己規定の刷新2024年メルカリ米国縮小とメルカリ ハロ投入海外の拡大に区切りをつけ、成長の軸を国内へ戻す転換2024年日本発條2026中計でROIC導入ROICとWACCの比較に基づく事業別の立て直しと政策保有株式の売却2023年東急不動産HD東急ハンズなど非中核譲渡抜本的再構築による非中核事業の一斉譲渡(ゴルフ場・スキー場・フィットネス)2023年ピジョン第8次中計で中国を安定成長へ成長市場としての位置づけ引き下げと、米州・欧州への成長投資の集中2023年ヤマトHD日本郵便への投函委託と訴訟薄型荷物とDMの配達の郵便網への移管と、宅配便への人員集中2022年名村造船所佐世保重工業の新造船休止子会社の新造船からの撤収と、伊万里への造船機能の集約2021年ユナイテッドアローズコロナ禍で不採算店舗整理赤字転落を受けた店舗網の縮小と、EC基盤の刷新2020年三菱自動車東南アジア集中への転換欧州縮小とパジェロ生産終了を伴うコロナ危機下の構造改革2020年丸紅チリ銅権益の減損資源投資の含み損を一括処理したうえでの、18年ぶりの最終赤字計上2020年三陽商会再生プランによる粗利率への転換売上規模の追求との決別と、2年間での基礎収益力の回復2019年SWCC古河電工と汎用電線統合ROIC を経営指標に据えたことによる低資本効率事業の整理2017年神戸製鋼所神戸製鉄所の上工程休止加古川製鉄所への一貫工程の集約2016年旭化成水島エチレンセンターの1基化自社のエチレン設備の停止と、三菱化学との運営会社からの原料購入2015年セブン&アイHDイトーヨーカ堂40店閉鎖祖業として続けてきた総合スーパー事業からの段階的な撤退戦2015年ワールドファストファッション時代の500店閉鎖大規模な構造改革による店舗網の縮小と、不採算ブランドの廃止2015年太陽誘電光記録メディア事業撤退一領域の切り離しによる、電子部品単一セグメントへの事業構成の回帰2012年アルバック半導体・パネルに集約純損失499億円を受けて踏み切った、創立以来初めての事業構造改革2012年カプコン第二次構造改革モバイル過大投資の反動とアミューズメント機器事業の見直し2010年セイコーエプソンSE07で中小型液晶を譲渡電子デバイス事業の縮小と、中小型液晶ディスプレイ事業資産の譲渡2008年日立化成日立ハウステックの譲渡投資ファンドへの株式売却による住宅設備事業からの撤退2007年ディスコ経費管理レベルと4年累計20%目標市況の谷でも利益を確保する収益構造への転換と、経費支出の段階管理の導入2007年シチズン時計電子デバイス事業から撤退携帯電話向けカメラ部品と小型液晶パネルを切り離す選択と集中2006年ヤマハレクリェーション事業の撤退減損会計の適用による損失の一括計上と、抱えてきた事業の整理2002年雪印メグミルク市乳事業の分離と日本ミルクコミュニティ発足牛乳事業の農協系新会社への移管と、チーズ・バターへの本体の集中2002年岩谷産業戸建住宅撤退と水素ステーション規模を追う経営からの決別と、収益源を水素へ転換する先行投資2002年KDDIauのCDMA一本化とPDC除却二方式併走の解消と稼働中設備1,283億円の一期での償却2001年三井金属神岡鉱山を止め電子材料へ鉱山の段階的縮小と、銅箔・TABを収益源とする事業への転換2001年コマツ第一次経営構造改革とダントツ商品初の営業赤字を受けた固定費の削減と、高性能商品への開発の集中2000年ゴールドウイン卸型ビジネスからの転換多角化事業の整理と自主管理売場への切り替え1999年三菱ケミカルG四日市エチレン停止赤字事業の撲滅を通じた「脱・総合」への路線の切り替え1999年住友金属工業和歌山製鉄所を再建熱間圧延ラインの休止を含む、主力製鉄所の身の丈に合わせた立て直し1999年DOWA製錬赤字を受けた緊急対策1999年の緊急対策に始まる事業構造改革と、ROAを物差しにした資産・人員の圧縮1999年日産自動車日産リバイバルプランの断行国内5工場の閉鎖と系列の解体による1兆円のコスト削減と、3つの必達目標の公約1999年名古屋鉄道名鉄グループ新中期経営計画と不採算事業整理赤字の観光・流通子会社からの撤退と損失の一括計上による財務再建1998年沖電気工業DRAM事業から撤退量産競争から降りたうえでの、半導体事業そのものの売却1998年ヤマハ発動機マリン事業の構造改革拡大しすぎた事業の整理と、船外機を軸とした資源の集中1997年森永製菓エンゼルの森構想の見直し菓子事業の社内分社と、構想を取り下げての本業立て直し1995年三菱商事GNPカンパニーからの脱却社長主導のトップダウン型の改革として進めた経営体制の再構築1995年東急東急アクションプラン21の修正2兆円の投資を続ける拡大路線から、有利子負債の削減への転換1994年ダイキン空調抜本改革計画の立案多角化の中止と、主力一本への経営資源の集中1994年三菱電機構造改革と社長の引責辞任長く3位にとどまった地位からの脱却を掲げた改革と、半導体投資の誤算1994年小田急電鉄小田急百貨店の再建不採算資産の処理と、取扱商品を限定した専門大店化による本業への立て直し1994年京王電鉄京王百貨店の自主MD改革委託販売から自主MDへの転換と、沿線での専門大店の試行1992年ハウス食品G本社チルド食品事業の撤退低シェア事業は持たないという方針に沿った全面撤退1992年ジャパンエナジー日鉱金属を分離設立金属3部門を切り出しての新会社化と、東証一部への子会社上場1991年東ソーエチレン増設と事業撤退バブルをまたいだ強気拡張と反動、10事業の整理と塩ビへの選別再投資1991年日立化成低収益製品の見直し好況のうちに低収益の品目を選別し、抱えきれない範囲の切り捨て1986年カナデビア築港工場・堺工場の閉鎖100社近い新会社への人員の移籍と、本体従業員の約8割削減1985年藤沢薬品工業ピコレットなどライオンへ譲渡トイレ用芳香剤を含む家庭用品20品目の一括での切り離し1979年日東紡績特化作戦による事業絞込多角化事業の集約と品質重視への転換1978年東京製鐵江戸川工場閉鎖と電炉化岡山工場の平炉停止とあわせて進めた電炉一貫体制への移行1974年日立建機土浦一貫生産への集約製販統合による新生日立建機の発足と、足立工場の閉鎖1970年日本セメント大型工場へ生産集約小規模工場を関連製品で自立させる第1次体質強化策の実行1968年日本国有鉄道赤字ローカル線の廃止見送り輸送需要によるA・B・C線区の3分類1965年江崎グリコ末端出荷主義へ転換取扱品目を菓子30品種まで集約する減量経営への踏み切り1950年大丸非百貨店部門の分離独立人員整理によらない事業の存廃決定

選択と集中による祖業の転換34事例

2026年トクヤマ太平洋セメントへ販売譲渡セメント・固化材の国内販売からの退出と、製造停止の検討着手2026年ホンダ四輪電動化戦略の見直し北米EVモデルの開発中止と、四輪事業1兆5,778億円の損失計上2025年グンゼアパレル事業の構造改革主力事業の再構築と、機能ソリューション・メディカルへの中核の移行2025年フジクラAI・データセンターへ集中需要の伸びる領域への資源の集約と、電線大手という自己規定の刷新2021年JSRENEOSへエラストマー譲渡素材事業の切り出しによる半導体材料・ライフサイエンスへの集中2018年ソシオネクスト「ソリューションSoC」転換汎用ASSPの切り捨てと、顧客ごとのカスタム設計専業への集中2015年第一三共ランバクシー子会社化解消複眼経営を捨て、がんに特化する——中山讓治氏の選択と集中2014年MIXIモンスターストライクへの資源集中SNSの広告から1本のスマホゲームへの収益源の転換と65億円の公募増資2012年マネーフォワード"マネーブック"から家計簿へ転換初代サービスを数か月で終了したうえでの資産管理への転換2011年LINE「LINE」の投入検索・ゲームからメッセンジャーアプリへの主力の移行2009年SHIFTソフトウェアテスト専業化製造業向けコンサルティングからの撤退を伴う業態転換2008年ツムラツムラライフサイエンス売却家庭用品事業からの撤退と、子会社を切り出す方式での事業整理2006年三菱レイヨンMMA基軸へ経営資源集中初の非繊維出身社長の起用と、繊維以外へ軸足を移す判断2006年DOWA持株会社制への移行5部門を10社へ分社し、事業運営の権限を事業会社へ移管する再配置2005年富士紡HD富士紡HDへ商号変更持株会社化と研磨材事業への経営資源の集中2001年ニチロそばめしで冷凍食品へ集中家庭用・業務用の調理冷凍食品への集中と、ライン直結の商品開発体制への移行2001年クラレレーヨン撤退とクラリアントのポバール事業買収創業以来の繊維の生産停止と、欧州の樹脂生産拠点の取得2001年三井金属神岡鉱山を止め電子材料へ鉱山の段階的縮小と、銅箔・TABを収益源とする事業への転換1999年三菱ケミカルG四日市エチレン停止赤字事業の撲滅を通じた「脱・総合」への路線の切り替え1998年日東紡績泊工場の綿紡績終了祖業の綿紡績からの撤退と、ガラス繊維専業への転換1998年芝浦メカトロニクス東芝メカトロニクスと合併液晶製造装置への参入と、芝浦メカトロニクスへの社名変更1998年ファーストリテイリングファミクロ撤退と店舗別運営への転換本部による集中管理をやめ、店舗ごとの判断に委ねる運営への切り替え1996年マツキヨココカラ&カンパニーマツキヨへ薬粧専門転換複合小売からの脱却と、都心駅前への集中によるブランドの確立1992年SCREEN HD野洲事業所の開設と半導体装置の増産印刷機器の会社による、半導体の洗浄・塗布装置の量産への先行投資1989年ブラザー工業プリンターへの事業転換ミシン・タイプライターから情報通信機器への業態転換1988年富士電機富士電機冷機の上場家電での失敗を経た自動販売機への転換と、その事業の自立1975年ショーボンドHDショーボンド化学へ分社製造・研究を切り離しての補修専業への集中1967年青山商事広島県府中で紳士服へ一本化食料品・特産品部門から撤退し1957年マキタ電気カンナで電動工具化特殊モーター受注生産からの脱却と、国産第一号の完成品を持つ専業化1957年ペンタックスアサヒペンタックスの開発距離計連動式を採らない一眼レフカメラへの集中と、専業メーカーへの転換1952年ゴールドウイン野球用品中心へ全面転換一般メリヤス雑貨の生産をやめてのスポーツウエア専業への集中1946年グンゼメリヤス業への転換紡績への復帰を捨てた、フルファッション技術の編み物への転用1946年シチズン時計腕時計専業への復帰軍需会社からの再転換とミシン・農具案の不採用1933年伊勢丹神田店を閉店新宿本店への本拠の全面移転と、あわせて進めた株式組織への改組

経営再建のための選択と集中24事例

2025年資生堂米州事業の縮小と希望退職米州事業ののれん減損と二期連続の赤字2025年日本精工ステアリング事業の全株買戻しいったん分社し投資ファンドへ渡した過半株式の2年での取り戻し2020年日本製鋼所日鋼MECへ吸収分割素形材・エネルギー事業の切り出しと、6年後の本体への吸収合併2015年ワールドファストファッション時代の500店閉鎖大規模な構造改革による店舗網の縮小と、不採算ブランドの廃止2014年ソニーVAIOと電池事業の譲渡PC・電池・化学を資産と人員ごと売却し、五つの領域へ集中した構造改革2010年伊藤忠商事か・け・ふ改革非資源No.1・商社三冠を掲げた、資源依存からの収益構造の組み替え2009年日立製作所社会イノベーション事業への集中製造業最大の赤字を受けて上場子会社を取り込み、主力事業に集中した再建2001年パソナGナスダック・ジャパンへ上場新事業と旧事業を分離したうえでの本業回帰と株式公開2001年資生堂ブランドの集約散らばった商標の集約による、チェーン店の立て直し2001年コマツ第一次経営構造改革とダントツ商品初の営業赤字を受けた固定費の削減と、高性能商品への開発の集中1999年DOWA製錬赤字を受けた緊急対策1999年の緊急対策に始まる事業構造改革と、ROAを物差しにした資産・人員の圧縮1999年日産自動車日産リバイバルプランの断行国内5工場の閉鎖と系列の解体による1兆円のコスト削減と、3つの必達目標の公約1999年ANAHDスターアライアンスへ加盟世界最大の航空連合への参加と「選択と集中」による経営再建1996年東急東急百貨店の立て直し財テクの損失の後、現場出身の社長による自主販売と単品管理の導入1994年阪和興業財テク撤退と本業回帰本業回帰と8期ぶりの復配1989年川崎汽船北米定期航路への集中投資1,200億円を投じた邦船6社共同運航体制からの離脱と単独運航への移行1987年東レ組織のスリム化と意思決定の迅速化組織の肥大と意思決定の遅れという自己診断から着手した、社内体制の立て直し1981年久光製薬サロンパス軸へ資源集中赤字決算を受けた経皮吸収型製剤への経営資源集中1977年キヤノン無配転落と事業部制の導入事業部制による組織の再編と、事務機事業への経営資源の集中1976年アドバンテスト富士通の救済出資救済出資を受けてのICテスタ集中による再建1970年ケンコーマヨネーズ業務用マヨネーズ専業による再建家庭用を大手2社に委ねた業務筋への集中とキユーピー出身者の再建1950年川崎重工業川崎製鉄を分離独立製鉄部門の切り出しと、造船・造機・電機3部門への集約1946年シチズン時計腕時計専業への復帰軍需会社からの再転換とミシン・農具案の不採用1932年安川電機モートル事業へ集中配電盤と変圧器の切り捨てと、単一製品への集中

技術優位を軸とした選択と集中24事例

2025年ニコンDSP-100の受注開始前工程で失った首位の、後工程のデジタル露光での立て直し2022年ADEKA全州第二工場の増強半導体材料への経営資源の集中と、高誘電体ALD材料の生産能力の増強2020年東海旅客鉄道のぞみ・N700系の自主開発東海道新幹線への経営資源集中と、高速化・高頻度化の追求2019年日本新薬難病・希少疾患の重点化第六次中期経営計画による注力領域の難病・希少疾患、泌尿器・血液内科への集中2019年川崎汽船自動車船・LNG船へ集中投資非海運多角化の見送りと、鉄鋼原料輸送を含む海運本業への資源の集中2017年高砂熱学工業インテグレーテッド社を子会社化空調専業としての「熱学」特化とクリーンルーム技術の内製化2017年東ソー塩ビ基盤事業の死守戦略汎用品からの撤退を選ばず、クロールアルカリを含む基盤事業を磨き切る方針2017年任天堂Nintendo Switchの発売据置と携帯に分かれていた2つの製品ラインを1台へ集約する選択2010年富士電機パワー半導体へ投資集中パワーエレクトロニクスを軸とした経営資源の集中2010年川崎重工業「すいそふろんてぃあ」建造液化水素サプライチェーンへの集中と、世界初の液化水素運搬船の建造2009年ジェイテクトティムケンのニードル軸受取得2期連続赤字のさなかに踏み切った同業からの事業買収2001年神戸製鋼所マイクロンに株式譲渡テキサス・インスツルメンツとの合弁の全株式売却による半導体撤退2000年オービックビジネスコンサルタント新ERP開発へ全面転換インターネット対応製品への新規開発資源の全面振替と、2005年3月期235億円の計画1994年イビデンインテル攻略へ資源集中重点を一顧客に限定したプロジェクトへの経営資源の一点集中1993年第一製薬クラビットの発売タリビッドのL体だけを製品にした後継の抗菌剤と、原薬輸出と導出による海外展開1989年日本ゼオン英BPケミカルズ特殊ゴム買収米社の同事業取得と併せた日米欧3極生産体制の構築1984年東京応化工業フォトレジストへ資源集中塩化ビニールなど大型市場への不参入と、狭い分野への資源の集中1981年久光製薬サロンパス軸へ資源集中赤字決算を受けた経皮吸収型製剤への経営資源集中1977年藤沢薬品工業セファメジンへ集中投資主力薬効を抗生物質と神経系へ集中する事業構成の組み替え1967年ダイハツ工業トヨタとの業務提携業務提携の受け入れと、自前の販売部門の切り出し1957年ペンタックスアサヒペンタックスの開発距離計連動式を採らない一眼レフカメラへの集中と、専業メーカーへの転換1952年ゴールドウイン野球用品中心へ全面転換一般メリヤス雑貨の生産をやめてのスポーツウエア専業への集中1912年日本鋼管横浜で継目無鋼管専業創業白石元治郎氏による日本鋼管の設立と、継目無鋼管専業での発足1911年住友電工住友電線製造所設置住友伸銅場からの電線部門の切り出しと、独立した経営基盤の確立

分社による選択と集中23事例

2026年レゾナックHDクラサスケミカルのスピンオフ石油化学の現物配当による切り離しと20%未満の持分の継続保有2024年三菱電機三菱電機モビリティ株式50%の鴻海への譲渡自動車機器事業を会社分割で切り出した三菱電機モビリティの設立と、外部資本への開放2023年パナソニックオートモーティブシステムズ譲渡全株式を譲渡しつつ持株会社に2割を残す方式での車載事業の切り出し2020年日本製鋼所日鋼MECへ吸収分割素形材・エネルギー事業の切り出しと、6年後の本体への吸収合併2018年KOKUSAIエレクトリックKKRによる非公開化と成膜事業分割日立国際電気の上場廃止と、成膜プロセスソリューション事業の吸収分割による承継2012年デクセリアルズソニーから分離独立ケミカルプロダクツ事業の売却と、政投銀・ユニゾン主導の譲渡先会社への移管2010年荏原製作所三菱商事・日揮の資本参加水事業子会社の株式の3分の2の譲渡と、3社同持分の共同経営への移行2005年古河機械金属日立古河建機を譲渡建設機械事業からの撤退と、主要6事業の分社による体制再編2001年パソナGナスダック・ジャパンへ上場新事業と旧事業を分離したうえでの本業回帰と株式公開2001年芝浦メカトロニクス芝浦自販機へ事業移管自販機・モータ応用機器など非中核事業の本体外への切り離しと製造装置への集中1992年ジャパンエナジー日鉱金属を分離設立金属3部門を切り出しての新会社化と、東証一部への子会社上場1975年ショーボンドHDショーボンド化学へ分社製造・研究を切り離しての補修専業への集中1970年三菱重工業三菱自動車工業を分離設立自動車部門の切り出しと、独立会社としての新たな出発1964年飯野海運川崎汽船へ定期航路を移管海運集約での定期航路部門の譲渡とタンカー専業体制への転換1961年日東電工マクセル分離と日立へ売却乾電池・磁気テープ部門の切り出しと、親会社への売却1950年川崎重工業川崎製鉄を分離独立製鉄部門の切り出しと、造船・造機・電機3部門への集約1950年大丸非百貨店部門の分離独立人員整理によらない事業の存廃決定1949年森永製菓乳業部門の森永乳業への譲渡牛乳事業から撤退し「菓子専業」へ集中する事業構成の組み替え1935年富士電機富士通信機製造の設立通信機部門の本体からの切り離しと、独立した会社としての発足1931年日本製鋼所輪西製鉄を分離設立製鉄・採鉱事業の切り離しと、鋳鍛鋼・兵器・産業機械への集中1911年住友電工住友電線製造所設置住友伸銅場からの電線部門の切り出しと、独立した経営基盤の確立1910年フジクラ松本留吉の電線部門分離合名会社からの切り出しと株式会社化1858年丸紅伊藤忠からの再独立15歳の近江商人が開いた「紅忠」から、分離を経て別会社として立つまでの歩み

選択と集中に伴う設備投資18事例

2022年ADEKA全州第二工場の増強半導体材料への経営資源の集中と、高誘電体ALD材料の生産能力の増強2019年川崎汽船自動車船・LNG船へ集中投資非海運多角化の見送りと、鉄鋼原料輸送を含む海運本業への資源の集中2017年神戸製鋼所神戸製鉄所の上工程休止加古川製鉄所への一貫工程の集約2012年東急渋谷ターミナル再開発鉄道の地下化で生み出した跡地への集中投資と、拠点駅の再構築2011年富士フイルムバイオCDMO参入医薬品の受託生産という新領域に向けた生産能力への集中投資2010年富士電機パワー半導体へ投資集中パワーエレクトロニクスを軸とした経営資源の集中2010年川崎重工業「すいそふろんてぃあ」建造液化水素サプライチェーンへの集中と、世界初の液化水素運搬船の建造2002年KDDIauのCDMA一本化とPDC除却二方式併走の解消と稼働中設備1,283億円の一期での償却1999年住友金属工業和歌山製鉄所を再建熱間圧延ラインの休止を含む、主力製鉄所の身の丈に合わせた立て直し1998年沖電気工業DRAM事業から撤退量産競争から降りたうえでの、半導体事業そのものの売却1992年SCREEN HD野洲事業所の開設と半導体装置の増産印刷機器の会社による、半導体の洗浄・塗布装置の量産への先行投資1991年東ソーエチレン増設と事業撤退バブルをまたいだ強気拡張と反動、10事業の整理と塩ビへの選別再投資1989年川崎汽船北米定期航路への集中投資1,200億円を投じた邦船6社共同運航体制からの離脱と単独運航への移行1978年東京製鐵江戸川工場閉鎖と電炉化岡山工場の平炉停止とあわせて進めた電炉一貫体制への移行1972年名村造船所造船拠点を伊万里へ移転大型船を造れない大阪から、佐賀県の埋立地の新工場への主力生産移転1970年北海道炭礦汽船夕張新炭鉱へ投資石炭の斜陽を15年前に予言しながら新鉱開発へ経営資源を集中した判断1964年カナデビア堺工場マンモスドック建設超大型船の建造拠点の新設と、発祥の桜島工場の造船からの撤収1933年伊勢丹神田店を閉店新宿本店への本拠の全面移転と、あわせて進めた株式組織への改組

持株会社化による選択と集中13事例

2026年イオンダイエー東西2分割関東の事業を吸収分割で切り出し、近畿は光洋との合併で残した食品スーパーの再編2025年サッポロビールサッポロビールの吸収合併と事業持株会社化純粋持株会社体制の終了と、酒類事業会社への本社機能の一本化2025年シップヘルスケアHDSHIP VISIONで厨房撤退長期構想に沿ったグループの再編統合と、厨房業務の切り離し2022年岡三証券G岡三オンライン証券の吸収合併別法人で育てたネット専業16年の本体への取り込み2021年ソニー持株会社への移行Purposeを軸とする体制と、祖業の商号の子会社への譲渡によるグループ本社への特化2009年メディパルHDメディパルHDへ移行会社分割による医薬品卸事業の切り出しと純粋持株会社への移行2008年イオンイオンリテール分割と持株会社化総合スーパー事業の切り出しと戦略・事業を分けた純粋持株会社2006年DOWA持株会社制への移行5部門を10社へ分社し、事業運営の権限を事業会社へ移管する再配置2005年富士紡HD富士紡HDへ商号変更持株会社化と研磨材事業への経営資源の集中2005年古河機械金属日立古河建機を譲渡建設機械事業からの撤退と、主要6事業の分社による体制再編2002年パイロットコーポレーション持株会社の設立と3社統合3社共同の株式移転による事業会社の吸収合併によるグループ一体化1997年HOYASVA導入と本社50人化本社50人化と持株会社型カンパニー制への移行1990年伊藤忠エネクス伊藤忠オイルの営業権承継グループ国内石油販売の一本化

事業ポートフォリオのほかの論点

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