上場企業の経営論点>事業ポートフォリオ
選択と集中
選択と集中が日本で使われ始めたのは1990年代末で、中身は不良資産の切り離しだった。三菱化学は四日市のエチレン設備を止めて「脱・総合」へ舵を切り、名古屋鉄道は多角化で広げた路線と関連会社を切り離した。残す側を決めた会社もある。東芝は汎用DRAMから降りてNAND型フラッシュメモリへ主力を入れ替え、武田薬品工業は非医薬事業を売却して医療用医薬品一本に絞った。コマツの「ダントツ経営」も、競争優位を保てる機種を選び直したうえでの立て直しだった。集中の成否は何を残すかではなく何を止められるかで決まり、止めきれた会社だけが次の主力を手にした。
財務諸表のどこを見るか
セグメント情報を数年並べ、区分の数と売上構成比がどう動いたかを追う。集中が進んだ会社はセグメントが減り、残した区分の営業利益率が上がる。掛け声だけの年は区分名が変わるだけで構成比が動かない。事業用資産の減損損失と事業構造改善費用は、やめる判断を実行した年に特別損失として立つ。設備投資額と減価償却費の内訳を見れば、どの区分へ資金を回し続けているかが分かる。
2020年代
太平洋セメントへ販売譲渡 セメント・固化材の国内販売からの退出と、製造停止の検討着手 サントリーHDへ市販薬譲渡 販売子会社を丸ごと切り出す形での市販薬事業からの撤退 脱エンジン宣言の撤回 2040年目標の事実上の取り下げと、上場来初の最終赤字 ダイエー東西2分割 関東の事業を吸収分割で切り出し、近畿は光洋との合併で残した食品スーパーの再編 鳥居薬品を塩野義へ譲渡 参入から38年を数えた医薬事業からの撤退と、子会社ごとの譲り渡し アパレル事業の構造改革 主力事業の作り替えと、機能ソリューション・メディカルへの中核の移行 Next STAGEで大型化転換 出店拡大主義から既存店大型化と調剤深耕への成長モデルの組み替え SHIP VISIONで厨房撤退 長期構想に沿ったグループの再編統合と、厨房業務の切り離し クシュタールの買収に対抗 買収提案に対する資本政策の発動と、独立した経営の維持 藤原憲太郎の構造改革 過去最大級の赤字と構造改革 TOTOKU・UACJなど売却 銅管・巻線・電池を含む非中核事業の切り離しと、データセンター向け光事業への集中投資 住友電設の売却と住友理工の完全子会社化 設備工事の上場子会社を手放し、自動車部材の上場子会社を100%取り込むグループの入れ替え AI・データセンターへ集中 需要の伸びる領域への資源の寄せ集めと、電線大手という自己規定の作り替え ステアリング事業の全株買戻し いったん分社し投資ファンドへ渡した過半株式の2年での取り戻し 日本特殊陶業へ事業譲渡 スパークプラグ・排気センサという内燃機関の成熟事業を1,806億円で切り離す判断 KDDI株売却と計画撤回 中期経営計画の取り下げと、非中核事業の整理 DSP-100の受注開始 露光装置での正面決戦からの撤退と、後工程への賭け直し 3Dの株主提案で不動産切出し 外部からの要求を受けた事業再編と、ビール本業への経営資源の集中 米国縮小とメルカリ ハロ投入 海外の拡大に区切りをつけ、成長の軸を国内へ戻す転換 星光PMC株式売却で資産圧縮 液晶材料事業からの撤退と、美術品の売却まで含めた資産の圧縮 2026中計でROIC導入 ROICとWACCの比較に基づく事業別の立て直しと政策保有株式の売却 鴻海からの出資受け入れ検討 自動車機器事業を会社分割で切り出した三菱電機モビリティの設立と、外部資本への開放 GTF応分負担で過去最大赤字 航空エンジンへの経営資源の集中が招いた過去最大の損失計上 中長期成長戦略2030策定 売上成長を追うのをやめ、主力4ブランドへの絞り込み 東急ハンズなど非中核譲渡 抜本的再構築による非中核事業の一斉譲渡(ゴルフ場・スキー場・フィットネス) バリューアクトが株主提案 株主提案を契機とするコンビニ事業を軸とした企業集団への収斂 アイペットHDの譲渡 全株式の第一生命への売却と、ビジネスプロデュース事業への経営資源の集中 レカネマブの実用化 認知症領域への長期集中とバイオジェンとの提携の結実 E-Plan2025策定 対面市場別5カンパニー制への移行と、成長事業・基盤事業の切り分け オートモーティブシステムズ譲渡 全株式を手放しつつ持株会社に2割を残す形での車載事業の切り出し 第8次中計で中国を安定成長へ 成長市場としての位置づけ引き下げと、米州・欧州への成長投資の集中 太平洋セメントへ譲渡撤退 セメント事業からの全面撤退と、販売部門の他社への切り出し 全州第二工場の増強 半導体材料への経営資源の集中と、高誘電体ALD材料の生産能力の増強 ホテルトラスティ6施設譲渡 一般向けホテル事業のスターアジアグループへの売却による絞り込み インド事業を休止 海外4極から2極への絞り込みと、インドネシア・韓国グループの本体統合 日立金属株式の譲渡 上場子会社群の売却と親子上場構造の解体 佐世保重工業の新造船休止 子会社の新造船からの撤収と、伊万里への造船機能の集約 ユニオンバンク売却 MUFG——米西海岸リテールからの撤退と法人取引への集中 岡三オンライン証券の設立 ネット専業・16年後の岡三証券への吸収合併 キユーソーの連結除外 株式の一部の立会外分売と、物流子会社の連結からの切り離し ENEOSへエラストマー譲渡 素材事業の切り出しによる半導体材料・ライフサイエンスへの集中 パーソナルケア事業の売却 日用品の一角を手放すことによる、事業の重心の絞り込み 吉田氏、持株会社へ移行 Purposeを軸に据え、祖業の商号を子会社へ渡してグループ本社に特化する コロナ禍で不採算店舗整理 赤字転落を受けた店舗網の絞り込みと、EC基盤の刷新 MOV・JapanTaxi統合 配車アプリMOVを吸収分割でJapanTaxiへ渡し、38.39%の持分法会社として残す IFP事業売却提案を退ける 英運用会社による6,000億円の自社株買い要求の拒否と、多角化路線の堅持 クックイノベンチャー売却 外食関連11社の一括売却による、本業への経営資源の回帰 石橋秀一の非中核事業売却 非タイヤ・非中核事業の一斉売却とタイヤ×ソリューションへの資源集中 日鋼MECへ吸収分割 素形材・エネルギー事業の切り出しと、6年後の本体への吸収合併 小野直樹の事業構成入替 中期経営戦略の策定と、それにもとづく事業構成の組み替え 東南アジア集中への転換 全方位の拡大路線を捨て、欧州縮小とパジェロ生産終了に踏み込んだコロナ危機下の構造改革 日本産業パートナーズへ譲渡 祖業であるカメラからの撤退と、映像事業の外部への切り出し ハルメクHDを譲渡 買い集めた医療・シニア・農業事業の連続譲渡と、製造事業への集約 チリ銅権益の減損 資源投資の含み損を一括処理したうえでの、18年ぶりの最終赤字計上 大江伸治の粗利率重視転換 規模の追求からの決別と、2020年の収益構造の立て直し のぞみ・N700系の自主開発 東海道新幹線への経営資源集中と、高速化・高頻度化の追求
2010年代
西井孝明のROIC経営転換 ROICを軸にした資本効率経営への転換と事業ポートフォリオの選択と集中 米子会社をKerryへ譲渡 現地子会社の全株式売却による米国市場からの撤退 キリンHDへ株式譲渡 バイオ子会社株式95%の切り出しによる医薬事業への一本化 前川重信の難病・希少疾患集中 第六次中期経営計画による注力領域の難病・希少疾患、泌尿器・血液内科への絞り込み 古河電工と汎用電線統合 ROIC を経営指標に据えたことによる低資本効率事業の整理 「ホライズンプロジェクト」撤退 英国での原発事業の凍結と、海外原発路線の断念 バリューアクトの受入れ 物言う株主を経営に招き入れたうえでのメドテック企業への転換 自動車船・LNG船へ集中投資 非海運多角化の見送りと、鉄鋼原料輸送を含む海運本業への資源の集中 レシピ事業への集中に転換 本業への絞り込みと、食領域の新規事業への再投資 グロンサン等ブランド譲渡 売上規模の拡大を目標から外す方針転換と、ブランドの選択と集中 日立から分離しKKR買収 親会社からの分離と非公開化、会社分割による成膜事業の承継 「ソリューションSoC」転換 汎用ASSPの切り捨てと、顧客ごとのカスタム設計専業への絞り込み インテグレーテッド社を子会社化 空調専業としての「熱学」特化とクリーンルーム技術の内製化 藤本昌義の非資源シフト 資源市況に業績が振られない収益構造への、稼ぎ方の組み替え 塩ビ基盤事業の死守戦略 汎用品からの撤退を選ばず、クロールアルカリを含む基盤事業を磨き切る方針 神戸製鉄所の上工程休止 加古川製鉄所への一貫工程の集約 アマゾンジャパンとの取引開始 専用ドライバー1万人体制への経営資源集中 水島エチレンセンター停止 自社設備を手放し、西日本3社による生産集約に加わる選択 アイーダ客船事業から撤退 2隻で2408億円に達した損失を受けた大型客船からの手仕舞い リプライスの完全子会社化 同業の全株取得による、中古住宅買取再販での首位規模の確保 イトーヨーカ堂40店閉鎖 祖業として続けてきた総合スーパー事業からの段階的な撤退戦 上山健二の500店閉鎖 大規模な構造改革による店舗網の縮小と、不採算ブランドの廃止 Rigniteの譲渡撤退 米国子会社の全株式売却によるSNSマーケティング事業の打ち切り ランバクシー子会社化解消 複眼経営を捨て、がんに絞る——中山讓治氏の選択と集中 光記録メディア事業撤退 一領域の切り離しによる、電子部品単一セグメントへの事業構成の回帰 小島秀夫氏の退社と小島プロ解散 看板クリエイターの離脱と、モバイル収益重視への経営資源の再配分 モンストへ資源集中 単一タイトルに社運を託した1本足経営と65億円の公募増資 米メルクの眼科事業譲受 眼科用医薬品に加えた抗リウマチ薬事業の承継による製品群の拡張 魚谷雅彦氏を招聘 外部のプロ経営者に経営を委ねる決断と、「VISION 2020」の始動 平井氏、VAIOと電池事業を譲渡 PC・電池・化学を資産と人員ごと手放し、五つの領域へ集中した構造改革 ダイエーの完全子会社化 完全子会社化が示した流通の世代交代 "マネーブック"から家計簿へ転換 初代サービスを数か月で畳んだうえでの資産管理への作り直し ViiVへHIV事業移転 合弁持分を手放す代わりに受け取った相手方株式10%の保有 ソニーから分離独立 ケミカルプロダクツ事業の売却と、政投銀・ユニゾン主導の受け皿会社への移管 半導体・パネルに集約 純損失499億円を受けて踏み切った、創立以来初めての事業構造改革 日立と火力発電事業統合 重電の中核事業を切り出した三菱日立パワーシステムズの発足 ライフケアへの優先投資 資源の優先配分と、眼鏡レンズ事業の継続的な買い集め 日本住宅再生の子会社化 PEファンドのTOBの受け入れによる非公開化と、中古住宅事業への一本化 渋谷ターミナル再開発 鉄道の地下化で生み出した跡地への集中投資と、拠点駅の作り替え 第二次構造改革 モバイル過大投資の反動とアミューズメント機器事業の見直し 「LINE」の投入 検索・ゲームからメッセンジャーアプリへの主力の移し替え バイオCDMO参入 医薬品の受託生産という新領域に向けた生産能力への集中投資 三菱商事・日揮の資本参加 環境・水処理事業の分社再編と、水事業子会社 パワー半導体へ投資集中 パワーエレクトロニクスを軸に据えた経営資源の集中 SE07で中小型液晶を譲渡 電子デバイス事業の縮小と、中小型液晶ディスプレイ事業資産の譲渡 「すいそふろんてぃあ」建造 液化水素サプライチェーンへの集中と、世界初の液化水素運搬船の建造 リビング事業の譲渡 住宅設備事業のカーブアウトと音・音楽への集中 か・け・ふ改革 非資源No.1・商社三冠を掲げた、資源依存からの収益構造の組み替え
2000年代
ソフトウェアテスト専業化 製造業向けコンサルティングからの撤退を伴う業態転換 ジークレストを完全子会社化 オンラインゲーム子会社の全株取得による課金事業の取り込み ティムケンのニードル軸受取得 2期連続赤字のさなかに踏み切った同業からの事業買収 社会イノベーション事業への集中 製造業最大の赤字を受けて上場子会社を取り込み、事業を絞り込んだ再建 液晶撤退とEUV検査集中 売上の半分を占めた主力事業を切り、半導体分野への一点張り メディパルHDへ移行 会社分割による医薬品卸事業の切り出しと純粋持株会社への移行 杏林製薬に合併し撤退 5本柱の一角だった医薬事業を合弁相手へ託して畳む決着 英ルーサイトを買収 買収によって一気に引き寄せた、MMA市場での世界首位の座 キリンHDの傘下入り 同じ傘下の医薬品会社との統合による医薬への事業の集約 三菱化学の機能材料事業承継 グループ3社との合併を通じた機能材料への事業構成の寄せ 日立ハウステックの譲渡 投資ファンドへの株式売却による住宅設備事業からの撤退 ツムラライフサイエンス売却 家庭用品事業からの撤退と、子会社を切り出す形での事業整理 LE事業への限定 移動機能付き抗重力・空間作業機械への事業領域の絞り込みと、多角化の不採用 半導体事業をオンセミへ売却 半導体・携帯・PCを手放した祖業ハードからの連続撤退 Will会計で収益構造改革 市況の谷でも黒字を保つ収益構造への作り替えと、経費管理レベルの導入 電子デバイス事業から撤退 携帯電話向けカメラ部品と小型液晶パネルを切り離す選択と集中 日本冷食をサンマルコ食品へ譲渡 冷凍食品・広告代理店・物流へ広げた周辺事業からの全面撤退 MMA基軸へ経営資源集中 初の非繊維出身社長の起用と、繊維以外へ軸足を移す判断 野田順弘氏の社長復帰 大企業向けERPと成果主義の見直しに向けた、創業者の現場復帰 TSUBAKI集中投資 多品種の分散をやめ、少数の大型ブランドに資源を寄せる戦略への転換 持株会社制へ移行 5事業会社への分割と、原料を鉱石からリサイクルへ切り替える転換 し尿処理談合で官公需撤退 入札談合の摘発を受けた官公需の建設工事事業からの全面撤退 光洋精工と豊田工機の合併 軸受と工作機械の統合による新会社ジェイテクトの誕生 レクリェーション事業の撤退 減損会計の適用による損失の一括計上と、抱えてきた事業の整理 ニッショー売却で小売撤退 スーパーマーケット・ドラッグストア子会社の譲渡 富士紡HDへ商号変更 持株会社化と研磨材事業への経営資源集中——中野光雄社長体制と中期経営計画「変身06-10」 日立古河建機を譲渡 建設機械事業からの撤退と、主要6事業の分社による体制再編 「B9トライベッカ」投入 北米市場への集中とクロスオーバーSUVの本格投入 メール便事業の売却 祖業を手放しての3PL特化と、荷主の物流を丸ごと請け負う側への転換 m3.comへ統合 並行して運営していた二つの医療情報サイトを畳んでの一本化 武田國男の非医薬事業売却 事業の裾野を捨て医療用医薬品一本に絞り込む選択と集中 ミノルタとの経営統合 株式交換方式の採用と、両社を束ねる持株会社の設立 中国に津上精密机床設立 浙江省を拠点にした量産移管と、国内一本の生産体制からの脱却 全農主導での再建受け入れ 市乳事業の切り離しと、農協系資本の下での経営の立て直し 髙橋清の持株会社設立 3社共同の株式移転による事業会社の吸収合併によるグループ一体化 ITWとの提携解消 提携の完全な解消と、扱いを主力品目15種へ狭める絞り込み 牧野明次の戸建住宅撤退 規模を追う経営からの決別と、収益源を水素へ移す先行投資 日本エアシステムへ統合 東亜国内航空への出資に始まる航空事業への参入と、その撤退 auのCDMA一本化とPDC除却 二方式の併走を解いてCDMAへ寄せ、稼働中のPDC設備1,283億円を一期で落とした資産の入れ替え そばめしで冷凍食品へ集中 家庭用・業務用の調理冷凍食品への集中と、ライン直結の商品開発体制への移行 ナスダック・ジャパンへ上場 新事業と旧事業を分離したうえでの本業回帰と株式公開 クラリアントから事業取得 祖業レーヨンの生産停止と、ポバール・PVB事業への軸足の移し替え 池田守男のブランド集約 散らばった商標の絞り込みによる、チェーン店の立て直し マイクロンに株式譲渡 テキサス・インスツルメンツ社と組んだ半導体合弁の設立と、その全株式の売却による撤退 神岡鉱山を止め電子材料へ 鉱山の段階的縮小と、銅箔・TABを柱とする事業への転換 ビスキャスへ事業切出 電力ケーブル事業の古河電工との合弁への移管と、15年後の国内事業の振り分け 坂根正弘の「ダントツ経営」 新体制が進めた経営構造改革とV字回復 NAND型フラッシュへ集中 汎用DRAM事業からの撤退と、主力メモリの入れ替え 芝浦自販機へ事業移管 自販機・モータ応用機器など非中核事業の本体外への切り離しと製造装置への集中 JR東日本型の多角化を回避 私鉄型の多角化を後追いしない選択 ── 名古屋圏の集客力という制約 新ERP開発へ全面転換 インターネット対応製品への新規開発資源の全面振替と、2005年3月期235億円の計画 卸型ビジネスからの転換 多角化事業の整理と自主管理売場への切り替え 原宿出店で全国ブランド化 都心一等地への進出とフリース単品集中がもたらした一気の知名度拡大
1990年代
四日市エチレン停止 赤字事業の撲滅を通じた「脱・総合」への路線の切り替え 和歌山製鉄所を再建 熱間圧延ラインの休止を含む、主力製鉄所の身の丈に合わせた立て直し 吉川廣和の緊急対策 1999年の緊急対策に始まる事業構造改革と、ROAを物差しにした資産・人員の圧縮 米HPとの合弁解消 36年続いた合弁の清算と、持分売却による単独経営への移行 中部圏集中と不採算事業整理 多角化で広げた路線と関連会社の切り離し、本業への経営資源の絞り込み ナビックスラインと合併 対等合併による規模の拡大と、「商船三井」への商号変更 スターアライアンスへ加盟 世界最大の航空連合への参加と「選択と集中」による経営再建 泊工場の綿紡績終了 祖業の綿紡績からの撤退と、ガラス繊維専業への転換 フロッピー事業から撤退 多角化路線に区切りをつけ、主力事業へ絞り込む事業構成の見直し 汎用DRAM事業から撤退 システムLSI・パワー半導体へ軸足を移す事業領域の絞り込み 東芝メカトロニクスと合併 液晶製造装置への参入と、芝浦メカトロニクスへの社名変更 DRAM事業から撤退 量産競争から降りたうえでの、半導体事業そのものの売却 マリン事業の構造改革 広げすぎた事業の整理と、船外機を軸に据えた資源の集中 プロデューサー制の導入 開発と生産を分け、製品企画に特化させる開発体制の改革 ファミクロ撤退と店舗別運営への転換 本部による集中管理をやめ、店舗ごとの判断に委ねる運営への切り替え エンゼルの森構想の見直し 菓子事業の社内分社と、構想を取り下げての本業立て直し 上海合弁で業務用に集中 中国での業務用高価格帯への集中という差別化戦略 SVA導入と本社50人化 本社50人化と持株会社型カンパニー制への移行 マツキヨへ薬粧専門転換 複合小売からの脱却と、都心駅前への集中によるブランドの確立 東急百貨店の立て直し 財テクの行き詰まりを受けた、仕入れと販売を自ら担う本業への回帰 滝崎武光の直販モデル確立 自社工場も代理店も持たない構造による高粗利モデルの確立 川本改革と単独路線 規模拡大を追う再編に加わらず、提携に頼らぬ道を選んだ経営の立て直し 槙原稔社長の体制刷新 社長主導のトップダウン型の改革として進めた経営体制の作り替え 五島昇の死後の事業整理 五島家の個人支配の終焉と、バブル期に膨らんだ インテル攻略へ資源集中 勝負どころを一顧客に絞り込んだプロジェクトへの経営資源の一点集中 井上礼之による空調改革 多角化の中止と、主力一本への経営資源の集中 北岡改革と社長引責辞任 長く3位にとどまった地位からの脱却を掲げた改革と、半導体投資の誤算 HDDモータへ集中 スピンドルモータ一本への絞り込みと、従来主力への依存からの脱却 北修爾への交代と本業回帰 本業回帰と8期ぶりの復配 小田急百貨店の再建 不採算資産の処理と、商品を絞った専門大店化による本業への立て直し 京王百貨店の構造改革 自主MD化と専門大店化 宮崎輝の死後の事業売却 事業を広げ続ける路線からの転換と、食品・酒類事業の売却 クラビットの発売 自社開発の合成抗菌剤による、輸出を通じた海外売上の拡大 GM説得で乗用車撤退 いすゞの乗用車事業からの全面撤退と商用車・ディーゼルへの集中 チルド食品事業の撤退 低シェア事業は持たないという方針に沿った全面撤退 日鉱金属を分離設立 金属3部門を切り出しての新会社化と、東証一部への子会社上場 関家憲一の拡散炉撤退 半導体拡散炉事業からの撤退と開発費約50億円の損失計上 ウエハ洗浄装置への集中 一分野への的の絞り込みによる半導体装置メーカーへの転身 SHIMZ-21で本業回帰 多角化路線の撤回と本業回帰 エチレン増設と事業撤退 バブルをまたいだ強気拡張と反動、10事業の整理と塩ビへの選別再投資 丹野毅の低収益製品見直し 好況のうちに低収益の品目を選り分け、抱えきれない範囲の切り捨て 「一番搾り」の投入 ドライ戦争の劣勢下、フルライン戦略の挫折を認めた反攻の一本への賭け 伊藤忠オイルの営業権承継 グループ国内石油販売の一本化
1980年代
中井武夫の中期5カ年計画 農薬・機能性材料への集中投資による高収益経営の確立 英BPケミカルズ特殊ゴム買収 米社の同事業取得と併せた日米欧3極生産体制の構築 安井義博の情報機器転換 ミシン・タイプライターから情報通信機器への業態転換 自動線材切断機を譲渡 利益率2割の事業も捨てた高付加価値への集中 北米定期航路への集中投資 1,200億円を投じた邦船6社共同運航体制からの離脱と単独運航への移行 富士電機冷機の上場 家電での敗北を経た自動販売機への転換と、その事業の自立 清水三夫社長の電撃解任 実弟の更迭と引き換えの本業回帰 球団をオリエント・リースへ譲渡 球団経営という本業外の資産の手放しと、プロ野球からの全面撤退 前田勝之助の経営改革 組織の肥大と意思決定の遅れという自己診断から着手した、社内体制の立て直し 飯塚真玄の専門特化宣言 東証2部上場でも多角化せず、会計事務所と地方公共団体の二本柱へ専門特化 因島・向島工場を縮小 二度の合理化策による人員・設備の削減と生産拠点の絞り込み フォンテーヌをアデランスへ譲渡 女性かつら直営事業の手放しと、人工毛カネカロンの素材供給への専念 ピコレットなどライオンへ譲渡 トイレ用芳香剤を含む家庭用品20品目の一括での切り離し フォトレジストへ資源集中 塩化ビニールなど大型市場への不参入と、狭い分野への資源の絞り込み 住友製薬へ医薬事業譲渡 合弁会社への営業譲渡による、直営の医薬品事業からの撤退 サロンパス軸へ資源集中 赤字決算を受けた経皮吸収型製剤への経営資源集中 植村光雄の長期案件回避 10年以上の長期プロジェクトを手がけない原則の明示と、体力に見合った経営の徹底
1970年代
特化作戦による事業絞込 「特化作戦」による多角化からの絞り込みと品質重視への転換 江戸川工場閉鎖と電炉化 岡山工場の平炉停止とあわせて進めた電炉一貫体制への移行 セファメジンへ集中投資 主力薬効を抗生物質と神経系へ絞り込む事業構成の組み替え 賀来龍三郎氏の社長抜擢 事業部制による組織の再編と、事務機事業への経営資源の集中 富士通の救済出資 救済出資を受けてのICテスタ集中による再建 ショーボンド化学へ分社 製造・研究を切り離しての補修専業への集中 藤吉次英が繊維事業を堅持 非繊維化の潮流に乗らず、主軸を繊維に置き続けた事業構成の選択 土浦一貫生産への集約 製販統合による新生日立建機の発足と、足立工場の閉鎖 ROYALSOVEREIGN買収 手芸用品・粘着テープ・化粧品・印章への多角化と、英企業の買収・売却 造船拠点を伊万里へ移転 大阪を離れての新工場建設と、主力生産の全面的な置き換え 夕張新炭鉱へ投資 石炭の斜陽を15年前に予言しながら新鉱開発へ社運を賭けた判断 大型工場へ生産集約 小規模工場を関連製品で自立させる第1次体質強化策の実行 三菱自動車工業を分離設立 自動車部門の切り出しと、独立会社としての新たな出発
1960年代
太陽生命の家庭市場特化 個人世帯への的の絞り込みと、保障商品「ひまわり」の多品種化 赤字ローカル線の廃止見送り 輸送需要によるA・B・C線区の3分類 トヨタとの業務提携 業務提携の受け入れと、自前の販売部門の切り出し 広島県府中で紳士服へ一本化 食料品・特産品部門から撤退し 末端出荷主義へ転換 取扱品目を菓子30品種まで絞り込む減量経営への踏み切り 堺工場マンモスドック建設 総工費150億円の桜島工場の造船からの撤収 川崎汽船と合併 海運集約での定期航路部門の譲渡とタンカー専業体制への転換 マクセル分離と日立へ売却 乾電池・磁気テープ部門の切り出しと、親会社への売却 ダイヤ交通など多角化の全敗 トランプ専業を脱するための多角化とその全敗 大同生命の企業市場特化 契約の8割を法人に集めた中堅生保の一点集中 鋼管株を富士製鉄へ売却 合弁で持った製造部門の切り離しと、本業への経営資源の集中