認知症領域への長期集中とバイオジェン提携によるレカネマブの実用化

アデュカヌマブの蹉跌を越え、内藤晴夫CEOはなぜ認知症という未攻略の市場に賭け続けたか

更新:

時期 2023年1月
意思決定者 内藤晴夫 CEO
論点 重点領域への研究開発集中と提携戦略
概要
2023年1月、エーザイと米バイオジェンが共同開発したアルツハイマー病治療薬「レカネマブ」(商品名レケンビ)が米国で迅速承認を受け発売され、同年7月には正式承認へと至った経営判断。内藤晴夫CEOが率いる同社が、神経領域とがんの2分野に研究開発を絞り込み、バイオジェンとの提携を軸に据えて認知症の根本治療薬を実用化させた、長年の集中投資の結実である。
背景
エーザイは1996年に世界初の認知症薬「アリセプト」を発売した認知症薬のパイオニアで、2016年からの中期経営計画で神経系とがんの2領域に重点を絞った。2014年にはバイオジェンとアルツハイマー病治療剤の共同開発・共同販促契約を締結し、複数の候補薬を並行して開発していた。
内容
レカネマブは脳内に蓄積するタンパク質アミロイドベータを除去する作用を持ち、治験で1年半後の認知機能の低下を約27%抑制した。2023年1月に米国で迅速承認・発売、7月に正式承認され、9月には日本でも軽度認知障害・軽度認知症の進行抑制を効能として製造販売承認を取得した。
含意
同社はレカネマブの全世界売上高が2030年に1兆円を超え、全社売上の約7割を占める大黒柱になるとみていた。一方で早期診断の難しさ・検査体制・高額な薬価・副作用管理など普及の課題は多く、正式承認の直後には次期社長候補とされた幹部の退職も表面化した。
筆者の見解

集中の代償と、賭けの行方

この判断の芯にあるのは、規模で競う製薬の潮流に背を向け、認知症という失敗の続いた領域へ研究開発を絞り込むという選択であった。逃げ道を断つことで生まれる切迫感を、内藤CEOはむしろ強みとして語ってきた。アデュカヌマブの蹉跌を挟みながらも、同じ提携から生まれたレカネマブが有効性を数字で示し、臨床の現場へ届いた経緯は、長期の集中がひとまず果実を結んだ姿とみることができる。世界初のパイオニアという自負が、30年越しの一貫した賭けを支えていたことがうかがえる。

ただ、承認は到達点であると同時に出発点でもあった。診断や検査の体制、高額な薬価、副作用の管理という現実の壁は、1兆円という構想と患者への普及とのあいだに横たわり続ける。正式承認の直後に次期社長候補が去ったことは、成果を担う人の層の薄さという別の問いも投げかけた。認知症を「恐れるに足らず」とする世界を作れるかどうかは、承認という一点ではなく、その後の普及と体制づくりの積み重ねに委ねられているとみられる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

認知症薬のパイオニアと2領域への集中

エーザイは1996年に世界で初めて症状緩和に効果のある認知症薬「アリセプト」を発売した会社であった。ピーク時にはこの一剤だけで年間約3000億円を売り上げ、今日の同社の基盤を築いた。30年以上にわたって経営の舵を取る内藤晴夫CEOは「認知症薬のパイオニア」との強い自負を抱き、以後も脇目も振らずにアルツハイマー病治療薬の開発を推し進めてきた。世界の巨大製薬企業の多くが開発に失敗し、悲観論すらささやかれた領域であった[1]

巨大製薬企業がM&Aで規模を追う潮流のなかで、内藤CEOはその路線と距離を置く道を選んだ。2016年からの中期経営計画では、6〜7の疾患領域に展開するビッグファーマと対照的に、神経系とがんの2領域へ研究開発を絞り込んだ。研究開発費1800億円を2領域に充てれば1領域あたり約900億円を投じられるとし、「この2領域で失敗したら会社の将来はない」という切迫感を経営の要に据えていた。認知症は、その集中の核に置かれた領域であった[2]

バイオジェンとの提携という土台

認知症の根本治療薬を独力で仕上げるには、開発の規模も費用もあまりに重かった。エーザイは2014年3月、米バイオジェン・アイデックとアルツハイマー型認知症治療剤に関する共同開発・共同販促契約を結ぶ。対象は抗アミロイドβ抗体「BAN2401」(後のレカネマブ)とBACE阻害剤「E2609」で、同年には次世代治療剤の提携地域に日本も加えられた。以後の認知症薬開発は、このバイオジェンとの提携を土台に進んだ[3]

もっとも内藤CEOにとって、提携はパートナーへ任せきる関係ではなかった。売り上げをできるだけエーザイ側に計上し、マーケティングや価格設定といった中核まで自社で担うことに彼はこだわってきた。「治験の承認作業とか海外パートナーに任せれば楽です。だが、いつまで経っても自分たちにノウハウが蓄積されない」と語り、バイオジェンとは一枚岩になって提携を固めていく必要があると述べていた。集中と提携は、この主導権への執着とひとつながりであったとみられる[4]

決断

アデュカヌマブの蹉跌

集中投資が最初に形をとったのは、レカネマブではなく、同じくバイオジェンと開発したアデュカヌマブであった。しかしその道のりは平坦ではなかった。2015年に始まった最終段階の治験は、2019年3月に第三者機関が「成功確率は低い」と判断し、両社はいったん開発を中止する。ところが7カ月後の同年10月、追加データの再解析を理由に一転して承認申請へ転じた。一度中止した薬を再び申請するのは、異例中の異例であった[5]

2021年6月、米食品医薬品局はアデュカヌマブ(製品名アデュヘルム)を迅速承認した。アルツハイマー病の原因物質に直接働く世界初の治療薬の誕生に、エーザイ株は2日連続のストップ高で応えた。だが承認の過程には、諮問委員会の12人中11人が有効性に「ノー」を突きつけ、後に3人が抗議して辞任するなど、深い禍根が残った。明確な効果を示せず価格も約390万円と高い薬は、ほとんど普及しないまま終わった。集中の最初の果実は、苦い教訓として残った[6]

レカネマブへの賭けと実用化

アデュヘルムがつまずくなかで、同じ提携から生まれたもう一つの候補薬レカネマブが前面に出た。レカネマブも脳内に蓄積するアミロイドベータを取り除く作用を持ち、治験では偽薬を投与された患者と比べ、1年半後の認知機能の低下を約27%抑制したとの結果を示した。アデュカヌマブが証明しきれなかった臨床上の有効性を、数字として示した点が決定的であった。2023年1月、レカネマブは米国で迅速承認を受け、1月後半に発売された[7]

迅速承認は、保険が適用される患者が限られる「仮免許」にとどまっていた。年約370万円という高額な薬が広く使われるには、正式な承認が要る。2023年7月7日、レカネマブは米国で正式承認された。承認の連絡から約7時間後の会見で、内藤CEOは「万感胸に迫るものがある」としみじみ感想を口にした。長く失敗の続いた領域で、根本治療薬を臨床の現場へ届けるという集中投資の目標が、ここで一つの到達点に達したとみることができる[8]

結果

1兆円構想と普及のハードル

エーザイはレカネマブに、会社の未来を賭けるほどの位置づけを与えた。同社はこの薬の全世界売上高が2030年時点で1兆円を超え、全社売上高の約7割を占める大黒柱になるとみていた。日本の約3倍の人口を抱え、薬価も高くつきやすい米国がその多くを占める想定である。全世界の投与患者数は2030年に250万人と予測された。アリセプト以来の集中が、桁の違う事業へ結びつくという青写真であった[9]

もっとも、承認と普及のあいだには距離があった。レカネマブは早期段階の患者を対象とするが、本人や家族が病を認めにくく診断は容易でない。原因物質の蓄積を確かめるアミロイドPET検査は高額で普及も進まず、FDAは投与前に副作用リスクに関わる遺伝子検査も推奨した。薬は2週に一度の点滴で、脳の浮腫などを見るMRI検査も要る。抗凝固剤を併用した治験では死亡例も出ており、実用化はなお課題を抱えたままの船出であった[10]

日本での承認と、揺らいだ体制

米国に続き、レカネマブは母国でも承認された。2023年9月25日、日本でアルツハイマー病による軽度認知障害・軽度認知症の進行抑制を効能として製造販売承認を取得し、12月20日に新発売された。薬価は体重50キログラムの患者で年間約298万円と見込まれた。国内の認知症患者は2025年に700万人を超えるとされ、その多くを占めるアルツハイマー病に根本治療薬が届いた意味は大きい一方、保険財政への影響を懸念する声も残された[11]

悲願の到達点は、同時に体制の綻びも露わにした。米国での正式承認からわずか4日後、エーザイはアルツハイマー病部門のグローバルオフィサーで米国部門トップも兼ねたアイヴァン・チャン氏の退職を発表した。チャン氏は内藤CEOの娘婿で、次期社長候補とみる向きもあった人物である。会見でも米国のレカネマブに関する質問に答えていたキーマンの突然の離脱に、関係者からは驚きの声が上がった。集中の結実と、それを担う人の去就とが同時に表面化した出来事であった[12]

出典・参考