上場企業の経営論点

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事業の売却と撤退

祖業には、創業以来の生産設備、そこで働き続けてきた従業員、長年の取引先が付随している。社名にその事業の名が入っていれば、対外的な信用もそこに結びつく。撤退の判断が遅れるのは、損益では測れない事情が祖業にだけ集まっているためである。

会計の仕組みも、判断の先送りを助長した。稼働中の生産設備は取得原価から減価償却累計額を引いた額で帳簿に残り、投資回収の見込みが薄れても帳簿価額は下がらなかった。事業を続ける費用は毎年の償却費と操業損として少しずつ現れるだけで、保有し続ける判断の代価は、どの期の決算にも一度には現れない。撤退を決めた場合の損失の現れ方はその逆である。設備の除却損も割増退職金も取引先への補償も、撤退を決めた期の損益計算書に集中する。つまり事業を続けるかぎり損失は各期へ分散し、撤退を決めた期だけが損失を引き受ける。在任中の決算で評価される経営者にとって、判断を次の代へ送る誘因はここにあった。回収の見込みを失った設備の価額を損失として計上する減損会計が導入されたのは後年であり、それまでの撤退は、決算に迫られた措置ではなく経営者が自ら選ぶしかない判断だった。

繊維・化学・造船が需要の減退に直面したのは早かった。1970年代後半にこの減退は構造不況と呼ばれ、個々の会社の責任ではなく業界全体の状態と見なされた。1980年代後半の構造調整で削減されたのも生産能力であって、事業そのものではない。祖業の生産を打ち切る判断が相次いだのは、汎用品が海外の新設備と原価で競うようになった1990年代末以降である。

この時期の撤退は、繊維・化学から半導体・ゲーム機まで及んだ。日東紡績は綿紡績を打ち切ってガラス繊維専業へ転換し、クラレはレーヨンの生産を止めてポバールへ主力を移した。日本ゼオンは水島工場の塩化ビニル生産を停止した。半導体では三菱電機と沖電気工業が汎用DRAMの量産競争から撤退し、セガはドリームキャストの製造を中止してソフトメーカーへ転じた。

いずれも、対象の事業が赤字だったために撤退したのではない。続けられはするが伸びない事業に設備と人員を置いたままでは、次の主力を育てる資源を捻出できない。日立造船は造船を分社して環境企業へ転じ、後にカナデビアへ社名を変更した。社名に残っていた祖業の名も、こうして消えた。

財務諸表のどこを見るか

撤退の年には、事業整理損・減損損失・割増退職金が特別損失にまとまって計上される。売却なら関係会社株式売却損益、会社分割なら移転した資産と負債の額が注記に載る。翌期からセグメントの区分が消えるため、売上高は減少しても営業利益率は上がることが多い。見るべきはやめた後の営業キャッシュ・フローで、赤字事業を切って本当に現金が残るようになったかがここに出る。やめた事業の従業員がどこへ移ったかは、従業員数のセグメント別内訳で追える。

2020年代

2026年宝HDタカラ物流システムの中央倉庫への株式譲渡宝酒造の物流を担ってきた子会社の株式70%の、物流を本業とする中央倉庫への売却2026年レゾナックHDクラサスケミカルのスピンオフ石油化学の現物配当による切り離しと20%未満の持分の継続保有2026年トクヤマ太平洋セメントへ販売譲渡セメント・固化材の国内販売からの退出と、製造停止の検討着手2026年第一三共サントリーHDへ市販薬譲渡販売子会社を全体として切り出す方式での市販薬事業からの撤退2026年ニデックニデックコンポーネンツのカーライルへの売却旧コパル電子の全株式の、カーライル系ファンドへの1,029億円での譲渡2026年オムロン電子部品事業のカーライルへの譲渡祖業の電子部品事業の切り離しと注力13事業への投資の集中2026年ジャパンディスプレイ茂原工場の新光電気工業への譲渡液晶の国内量産拠点の売却による債務超過の解消と石川工場への生産集約の完結2026年IHISteinmüller Engineeringの全持分を譲渡独ボイラ・エンジニアリング子会社の売却と約140億円の費用計上2026年アンビスHD医心館の西日本47施設を譲渡会社分割と全株売却による首都圏・東日本への経営資源の集中2026年NISSHAベトナムUSMの株式譲渡取得から約4か月での全株譲渡と、のれん減損6,759百万円の計上2026年レオパレス21アズ・ライフケアの全株式譲渡シルバー事業の日本革新投資系ファンドへの売却と、賃貸事業への集中2026年名古屋鉄道名鉄百貨店本店の閉店百貨店事業の店じまいと、名古屋駅地区再開発への資産の振り向け2026年NIPPON EXPRESSHDMetro Supply Chain Groupを買収欧州に続く北米での事業基盤の獲得に向けた、cargo-partner社に次ぐ大型買収2025年亀田製菓MGCの全株式譲渡保有していた米国子会社 Mary's Gone Crackers からの撤退2025年JT鳥居薬品を塩野義へ譲渡参入から38年を数えた医薬事業からの撤退と、子会社ごとの譲り渡し2025年シップヘルスケアHDSHIP VISIONで厨房撤退長期構想に沿ったグループの再編統合と、厨房業務の切り離し2025年古河電工TOTOKU・UACJなど売却非中核事業の切り離しとデータセンター向け光事業への集中2025年住友電工住友電設の売却と住友理工の完全子会社化設備工事の上場子会社の売却と自動車部材の上場子会社の完全子会社化2025年日本精工ステアリング事業の全株買戻しいったん分社し投資ファンドへ渡した過半株式の2年での取り戻し2025年ソニーソニーFGをスピンオフ株式の一部を残したままの分離と再上場という、部分的な切り出し2025年デンソー日本特殊陶業へスパークプラグ譲渡スパークプラグと排気センサの国内外事業を1,806億円で専業メーカーへ渡す判断2025年京セラKDDI株売却と計画撤回中期経営計画の取り下げと、非中核事業の整理2025年三菱商事秋田・銚子沖の洋上風力撤退総取りした国内洋上風力3海域からの撤退2024年三井松島HDリデル炭鉱終掘で石炭撤退連続M&Aによる脱石炭転換と、111年続いた石炭事業からの撤退2024年パソナGベネフィット・ワン売却公開買付けへの応募ではなく自己株式取得による全保有株の売却2024年サッポロビール3Dの株主提案で不動産切出し外部からの要求を受けた事業再編と、ビール本業への経営資源の集中2024年ユニチカREVIC支援下の繊維撤退祖業から撤退するための870億円の金融支援と経営陣の総退陣2024年DIC星光PMC株式売却で資産圧縮液晶材料事業からの撤退と、美術品の売却まで含めた資産の圧縮2024年三菱電機三菱電機モビリティ株式50%の鴻海への譲渡自動車機器事業を会社分割で切り出した三菱電機モビリティの設立と、外部資本への開放2024年シャープ堺SDP・亀山を清算大型液晶パネルからの全面撤退と、自前の量産拠点の売却2024年三菱商事ローソン共同経営化と日本KFC売却連結で抱えた生活産業の2社を、共同経営と全量売却で持ち替えた選択2024年三井不動産エリオットの資本効率要求資産リサイクルの加速と株主還元の強化2023年日本ハムウルグアイBPUの売却井川構造改革と「自前主義」からの転換2023年東急不動産HD東急ハンズなど非中核譲渡抜本的再構築による非中核事業の一斉譲渡(ゴルフ場・スキー場・フィットネス)2023年セブン&アイHDバリューアクトが株主提案株主提案を契機とするコンビニ事業を軸とした企業集団への収斂2023年ドリームインキュベータアイペットHDの譲渡全株式の第一生命への売却と、ビジネスプロデュース事業への経営資源の集中2023年三菱重工業スペースジェット開発中止国産ジェット旅客機の事業化の断念と、三菱航空機の解散2023年そごう米フォートレスへの売却百貨店の切り離しとコンビニ事業への経営資源の集中2022年デンカセメント事業からの完全撤退採掘の停止と、石灰石の調達・副産物処理の太平洋セメントへの移管2022年UBEUBEへ改称祖業セメントの連結除外と、社名の書き換えを揃えた事業構成の転換2022年関西ペイントアクゾへのアフリカ事業譲渡撤回いったん公表した事業譲渡の白紙撤回と、対象事業の手元への残留2022年リゾートトラストホテルトラスティ6施設譲渡一般向けホテル事業のスターアジアグループへの売却による事業の集約2022年ENEOS HD和歌山製油所を閉鎖製油所としての役割を終えた拠点の次世代燃料拠点への転換2022年日立製作所日立金属株式の譲渡上場子会社群の売却と親子上場構造の解体2022年名村造船所佐世保重工業の新造船休止子会社の新造船からの撤収と、伊万里への造船機能の集約2022年サイゼリヤ新業態8店舗の全店閉店都市部で試してきた別ブランドの全廃と、小型店・未出店地域への出店の振り替え2022年三菱UFJFGユニオンバンク売却MUFG——米西海岸リテールからの撤退と法人取引への集中2021年キユーピーキユーソー流通システムの連結除外株式2%の売却による物流事業の分離と、食品事業への資源の集中2021年JSRENEOSへエラストマー譲渡素材事業の切り出しによる半導体材料・ライフサイエンスへの集中2021年資生堂パーソナルケア事業の売却日用品の一角を売却することによる、事業の集中2021年三井E&S常石造船へ株式譲渡造船事業からの撤退と、舶用エンジン・港湾クレーンへの集約2021年青山商事リーバイス事業撤退コロナ禍での159店の統廃合と、創業以来初の希望退職2020年DeNAMOV・JapanTaxi統合配車アプリ事業の譲渡と承継会社38.39%の持分法適用2020年神戸物産クックイノベンチャー売却外食関連11社の一括売却による、本業への経営資源の回帰2020年GMOペイメントゲートウェイMACROKIOSKからの撤退マレーシアで抱えた子会社の全株式譲渡と海外事業の整理2020年武田薬品工業大衆薬をブラックストーンへ売却創業以来の一般用医薬品事業を投資ファンドへ譲渡する選択2020年ブリヂストン非タイヤ事業の切り離し非タイヤ・非中核事業の一斉売却とタイヤ×ソリューションへの資源集中2020年日立製作所三菱日立パワーシステムズ解消合弁関係の清算と、火力発電事業からの全面撤退2020年オリンパス日本産業パートナーズへ譲渡祖業であるカメラからの撤退と、映像事業の外部への切り出し2020年ノーリツ鋼機ハルメクHDを譲渡買収した医療・シニア・農業事業の連続譲渡と、製造事業への集約2020年小田急電鉄新宿駅西口の資産入替1,300億円再開発へ振り向けた資産の入替2020年ソフトバンクGエヌビディアへのアーム売却米——最大400億ドルの契約と、規制が壊した世紀のディール

2010年代

2019年味の素ROIC13%超の目標設定ROICを軸にした資本効率経営への転換と事業ポートフォリオの選択と集中2019年アリアケジャパン米子会社をKerryへ譲渡現地子会社の全株式売却による米国市場からの撤退2019年東急不動産HD広域渋谷圏で段階売却総合デベロッパーから資本効率を軸とする不動産企業への転換2019年マネーフォワードマネーフォワードフィナンシャル撤退交換業者登録の手続き中止による参入計画そのものの取りやめ2019年協和キリンキリンHDへ株式譲渡バイオ子会社株式95%の切り出しによる医薬事業への一本化2019年ワークスアプリケーションズHR事業の売却会社分割を伴う中核事業の切り出しと事業構成の再編2019年SWCC古河電工と汎用電線統合ROIC を経営指標に据えたことによる低資本効率事業の整理2019年日立製作所「ホライズンプロジェクト」撤退英国での原発事業の凍結と、海外原発路線の断念2019年コクヨぺんてる株の取得試み投資組合の持分取得から過半数を狙った買付け、3年後の全株譲渡まで2019年リロGBGRSの買収と撤退グローバルリロケーション事業への参入と、5年での撤退2018年クックパッドレシピ事業への集中に転換本業への集中と、食領域の新規事業への再投資2018年ライオングロンサン等ブランド譲渡売上規模の拡大を目標から外す方針転換と、ブランドの選択と集中2018年東芝東芝メモリ(現キオクシア)分離最大の収益源であった半導体メモリ事業の切り出しと売却2017年トクヤマOCIへ全株譲渡し撤退マレーシアの多結晶シリコン事業の減損確定と完全撤退2017年日東電工杭州錦江集団へ技術供与大型偏光板技術の外部提供と、ボリュームゾーンからの離脱2017年商船三井コンテナ船事業をONEに統合邦船3社の共同出資会社への切り出しと、単独運営の終了2017年川崎汽船コンテナ船事業をONEへ切り出し半世紀続けた自社運航の終了と、共同出資会社への事業移管2016年キリンHDハイネケンへ売却し撤退巨額減損に至った現地事業の切り離しと、ブラジル展開の断念2016年旭化成水島エチレンセンターの1基化自社のエチレン設備の停止と、三菱化学との運営会社からの原料購入2016年三菱重工業アイーダ客船事業から撤退2隻で2,718億円の損失を積み、船舶海洋事業をガス船と艤装主体船へ寄せるまで2015年ラクスRigniteの譲渡撤退米国子会社の全株式売却によるSNSマーケティング事業の打ち切り2015年ビジョナルルクサをKDDIへ売却EC事業の分社と、通信大手への売却による非中核事業の整理2015年セガサミーHDアミューズメント施設撤退事業会社の機能別3社への分割と、施設運営事業の切り離し2015年太陽誘電光記録メディア事業撤退一領域の切り離しによる、電子部品単一セグメントへの事業構成の回帰2015年三菱自動車イリノイ工場の閉鎖現地生産の看板を下ろし、米国での自社生産から全面撤退2015年ヤマハ半導体のファブレス化製造事業の譲渡による自前工場の売却と、電子部品事業の縮退2015年東京電力HD火力発電をJERAへ移管燃料調達まで含めて中部電力との合弁へ委ねた発電資産の切り出し2014年参天製薬米メルクの眼科事業譲受眼科用医薬品に加えた抗リウマチ薬事業の承継による製品群の拡張2014年ソニーVAIOと電池事業の譲渡PC・電池・化学を資産と人員ごと売却し、五つの領域へ集中した構造改革2013年古河電工古河スカイと住友軽金属の統合軽金属部門を担う連結子会社を統合新会社へ預け、支配ではなく持分で持ち続けた選択2013年パナソニックプラズマテレビから撤退尼崎の専用パネル工場を止め、内製で画質を競う路線から撤退した判断2013年IHIジャパンマリンユナイテッド発足造船子会社をユニバーサル造船と合併させ、祖業を持分法適用会社へ移行させた選択2013年丸紅米ガビロンの買収穀物大手の取り込みと、穀物事業のヴィテラへの売却2012年SUMCO太陽電池用ウェーハ撤退事業再生計画に基づく尼崎・生野工場の閉鎖と生産能力の圧縮2012年デクセリアルズソニーから分離独立ケミカルプロダクツ事業の売却と、政投銀・ユニゾン主導の譲渡先会社への移管2011年住友金属鉱山シエラゴルダ鉱山を譲渡チリでの権益取得から、二度の減損を経た全持分の売却までの撤退2010年NECルネサステクノロジと統合半導体子会社NECエレクトロニクスの切り出しと、他社との一本化2010年セイコーエプソンSE07で中小型液晶を譲渡電子デバイス事業の縮小と、中小型液晶ディスプレイ事業資産の譲渡2010年ヤマハリビング事業の譲渡住宅設備事業のカーブアウトと音・音楽への集中2010年U-NEXT HOLDINGSインテリジェンスの譲渡米KKR系ファンドへの売却で区切りをつけた連続子会社譲渡

2000年代

2009年レーザーテック液晶撤退とEUV検査集中売上の半分を占めた主力事業を切り、半導体分野への一点張り2009年スクウェア・エニックスHD英Eidosの完全子会社化13年後のEmbracerへの売却2008年日清製粉G本社杏林製薬に合併し撤退5本柱の一角だった医薬事業を合弁相手へ託して撤退する決着2008年三菱樹脂三菱化学の機能材料事業承継グループ3社との合併を通じた機能材料への事業構成の寄せ2008年日立化成日立ハウステックの譲渡投資ファンドへの株式売却による住宅設備事業からの撤退2008年ツムラツムラライフサイエンス売却家庭用品事業からの撤退と、子会社を切り出す方式での事業整理2008年東芝「HD DVD」からの撤退自ら仕掛けた次世代規格戦争の終息と、劣位の受け入れ2008年富士電機メタウォーター発足日本碍子の同事業との合併による持分法適用会社への切り替え2008年富士通半導体事業をオンセミへ売却会津の200mm工場を段階的に渡し、前工程の製造を自前で抱えることをやめた2007年北の達人コーポレーションカイテキオリゴ軸のD2C転換わけあり物産ECからの撤退と、自社開発品を販売するメーカー型への移行2007年鐘紡花王へ化粧品事業譲渡残る全事業の個別売却による解体と、法人としての幕引き2007年さくらインターネットデータセンター投資後の引責辞任債務超過を受けた社長交代と、上場後に増やした子会社の一斉整理2007年グッドウィルGコムスン全介護事業を譲渡指定取消相当の通知を受けての介護事業からの全面撤退2007年オンキヨーソーテックの子会社化パソコン事業への参入と、量販店向け販売からの撤退2007年HOYAペンタックスの買収買収による事業ポートフォリオの入れ替えと収益源の組み替え2007年シチズン時計電子デバイス事業から撤退携帯電話向けカメラ部品と小型液晶パネルを切り離す選択と集中2007年GMOインターネットGローン・クレジット事業撤退参入からわずか2年で見切りをつけた金融分野の切り離し2006年エバラ食品工業日本冷食をサンマルコ食品へ譲渡冷凍食品・広告代理店・物流へ展開した周辺事業からの全面撤退2006年ライブドアマザーズ上場廃止後に現金化賠償額が見えるまでの配当停止と、子会社売却による現金の確保2006年ニチアスアスベスト製品を全廃国内外での含有製品の製造・販売の全面終了2006年栗田工業し尿処理談合で官公需撤退入札談合の摘発を受けた官公需の建設工事事業からの全面撤退2006年ヤマハレクリェーション事業の撤退減損会計の適用による損失の一括計上と、抱えてきた事業の整理2006年ニプロニッショー売却で小売撤退スーパーマーケット・ドラッグストア子会社の譲渡2005年片倉工業富岡工場を富岡市へ寄付建物の寄付と翌年の社有地売却による保有の終了2005年古河機械金属日立古河建機を譲渡建設機械事業からの撤退と、主要6事業の分社による体制再編2005年三越横浜など4店を閉鎖不採算店の整理と早期退職、新設合併による連結欠損金の一掃2004年双日航空機ファイナンス損失処理総額2500億円に及ぶ一括処理と、手を付けてこなかった事業への切り込み2004年ピジョン国立病院機構の院内保育一括受託育児用品メーカーによる院内保育所の一括運営と14年後の契約満了2004年近鉄GHDオリックスとの球団合併球団の赤字の解消と本体の構造改革を兼ねた、プロ野球事業からの撤退2004年メイテックGHDドレーク・ビーム・モリン買収不況期の新たな収益源を求めた企業買収による事業の上積み2003年SBSHDメール便事業の売却祖業の売却による3PL特化と、荷主の物流を一括して請け負う側への転換2003年武田薬品工業非医薬事業の切り離し事業の裾野を捨て医療用医薬品一本に特化する選択と集中2002年ABCマートITCからABCマートへ改称祖業である卸売から撤退しての小売専業への一本化と、業態そのものの転換2002年カナデビアユニバーサル造船への造船事業譲渡祖業の分離と、ごみ焼却施設を主力とする事業構成への転換2002年IHIIHIマリンユナイテッド設立造船事業の切り出しによる、本体からの分離運営への移行2002年岩谷産業戸建住宅撤退と水素ステーション規模を追う経営からの決別と、収益源を水素へ転換する先行投資2002年東急日本エアシステムへ統合東亜国内航空への出資に始まる航空事業への参入と、その撤退2001年クラレレーヨン撤退とクラリアントのポバール事業買収創業以来の繊維の生産停止と、欧州の樹脂生産拠点の取得2001年神戸製鋼所マイクロンに株式譲渡テキサス・インスツルメンツとの合弁の全株式売却による半導体撤退2001年住友電工ジェイ・パワーシステムズへの電力ケーブル譲渡創業以来の高圧電力ケーブルを日立電線との折半会社へ移管した祖業の切り出し2001年フジクラビスキャスへの電力事業統合古河電工との折半出資による送電線・配電線の共同運営と解散2001年セガサミーHDドリームキャスト製造中止家庭用ハード事業からの撤退と、他社ゲーム機向けソフトへの転換2001年東芝NAND型フラッシュへ集中汎用DRAM事業からの撤退と、主力メモリの入れ替え2001年芝浦メカトロニクス芝浦自販機へ事業移管自販機・モータ応用機器など非中核事業の本体外への切り離しと製造装置への集中2001年山水電気福島工場閉鎖し生産撤退自社で生産する体制を廃止し、生産機能を持たない事業構造への転換2001年伊藤忠エネクス伊藤忠エネクスへ改称改称に合わせた、燃料商社からエネルギー商社への転換2001年マルハギル&ダファスの損失処理キューバ向け前渡金の回収繰り延べと貸倒引当金の積み増し2000年日本ゼオン新第一塩ビへ事業移管水島工場での塩化ビニル生産の打ち切りによる祖業からの撤退2000年京セラ米クアルコムの端末事業承継携帯電話端末事業の引き受けと、6期連続赤字という代償2000年光通信HIT SHOP架空契約発覚契約実態のない売上計上の露見を受けた携帯電話小売からの撤退2000年ソフトバンクG資産圧縮と日債銀買収ネットバブル崩壊下の資産圧縮と銀行取得

1990年代

1999年横河電機米HPとの合弁解消36年続いた合弁の清算と、持分売却による単独経営への移行1999年名古屋鉄道名鉄グループ新中期経営計画と不採算事業整理赤字の観光・流通子会社からの撤退と損失の一括計上による財務再建1998年日東紡績泊工場の綿紡績終了祖業の綿紡績からの撤退と、ガラス繊維専業への転換1998年花王フロッピー事業から撤退多角化路線に区切りをつけ、主力事業へ集中する事業構成の見直し1998年藤沢薬品工業ライフォメッドの売却米国後発医薬品事業の売却と、新薬子会社への集約1998年三菱電機汎用DRAM事業から撤退システムLSI・パワー半導体へ軸足を移す事業領域の縮小1998年沖電気工業DRAM事業から撤退量産競争から降りたうえでの、半導体事業そのものの売却1998年カプコンメキシコ子会社の清算米国持株会社株式の評価減による最終赤字1997年シップヘルスケアHDSPD主体へ転換医療コンサルと写真フィルム販売から、院内物流代行を主軸とする体制への転換1997年ヤオハンダイエーへ主力店売却資金繰り危機下で主力16店、熱海の高収益店まで含めた中核店舗の売却1994年靴のマルトミ不採算店の一括閉鎖180店の即時整理を含む、3年で380店を減らす経営改善計画1993年旭化成宮崎輝の死後の事業売却事業を拡大し続ける路線からの転換と、食品・酒類事業の売却1993年いすゞ自動車GM説得で乗用車撤退いすゞの乗用車事業からの全面撤退と商用車・ディーゼルへの集中1993年第二電電日本イリジウムの設立米本社への218億円の出資と、2000年に終わった事業からの撤退1992年ハウス食品G本社チルド食品事業の撤退低シェア事業は持たないという方針に沿った全面撤退1992年ディスコ拡散炉事業の打ち切り半導体拡散炉事業からの撤退と開発費約50億円の損失計上1992年タカラトミーシンガポール生産撤退好調なうちに現地の生産から撤退し、技術拠点へ切り替える転換1991年日立化成低収益製品の見直し好況のうちに低収益の品目を選別し、抱えきれない範囲の切り捨て1990年パナソニック米MCA買収し5年で売却7800億円を投じた大型買収から短期で撤退する、方針の転換1990年三菱商事米アリステック・ケミカル買収日本企業初の大型LBOと6年越しの黒字化1990年近鉄GHD志摩スペイン村への投資観光客の回復と鉄道収入の拡大を兼ねた、複合リゾートへの出資

1980年代

1989年キーエンス自動線材切断機を譲渡利益率2割の事業も捨てた高付加価値への集中1989年日亜化学工業青色LEDの開発着手赤色LEDの価格競争からの撤退と、窒化ガリウムへの研究費の集中1988年片倉工業熊谷工場休止で蚕糸撤退蚕糸事業を1製糸工場・1蚕種製造所へ集約し、製造業務から完全に撤退1988年日産化学ポリエチレンなど3事業の譲渡石油化学からの完全撤退と、農薬・機能性材料への事業転換1988年阪急阪神HD球団をオリエント・リースへ譲渡球団経営という本業外の資産の売却と、プロ野球からの全面撤退1985年カネカフォンテーヌをアデランスへ譲渡女性かつら直営事業の売却と、人工毛カネカロンの素材供給への専念1985年藤沢薬品工業ピコレットなどライオンへ譲渡トイレ用芳香剤を含む家庭用品20品目の一括での切り離し1984年大日本製糖ニットーへ営業譲渡負債を残した営業全部の譲り渡しと、会社の解散1984年明治製糖明糖産業へ営業譲渡三菱商事全額出資の承継会社への全営業譲渡と、旧会社の解散1984年ヤクルト本社三菱商事との合弁リプソン設立通信販売という新しい販路への進出と、それを撤退する清算までの一巡1984年稲畑産業住友製薬へ医薬事業譲渡合弁会社への営業譲渡による、直営の医薬品事業からの撤退1981年ソフトバンクGパソコンソフト卸売事業の立ち上げ日本ソフトバンクの創業

1970年代

1960年代

1950年代

1940年代

1930年代

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集中のための事業売却96事例

2026年宝HDタカラ物流システムの中央倉庫への株式譲渡宝酒造の物流を担ってきた子会社の株式70%の、物流を本業とする中央倉庫への売却2026年レゾナックHDクラサスケミカルのスピンオフ石油化学の現物配当による切り離しと20%未満の持分の継続保有2026年トクヤマ太平洋セメントへ販売譲渡セメント・固化材の国内販売からの退出と、製造停止の検討着手2026年第一三共サントリーHDへ市販薬譲渡販売子会社を全体として切り出す方式での市販薬事業からの撤退2026年ニデックニデックコンポーネンツのカーライルへの売却旧コパル電子の全株式の、カーライル系ファンドへの1,029億円での譲渡2026年オムロン電子部品事業のカーライルへの譲渡祖業の電子部品事業の切り離しと注力13事業への投資の集中2026年アンビスHD医心館の西日本47施設を譲渡会社分割と全株売却による首都圏・東日本への経営資源の集中2026年レオパレス21アズ・ライフケアの全株式譲渡シルバー事業の日本革新投資系ファンドへの売却と、賃貸事業への集中2025年JT鳥居薬品を塩野義へ譲渡参入から38年を数えた医薬事業からの撤退と、子会社ごとの譲り渡し2025年シップヘルスケアHDSHIP VISIONで厨房撤退長期構想に沿ったグループの再編統合と、厨房業務の切り離し2025年古河電工TOTOKU・UACJなど売却非中核事業の切り離しとデータセンター向け光事業への集中2025年住友電工住友電設の売却と住友理工の完全子会社化設備工事の上場子会社の売却と自動車部材の上場子会社の完全子会社化2025年日本精工ステアリング事業の全株買戻しいったん分社し投資ファンドへ渡した過半株式の2年での取り戻し2025年デンソー日本特殊陶業へスパークプラグ譲渡スパークプラグと排気センサの国内外事業を1,806億円で専業メーカーへ渡す判断2025年京セラKDDI株売却と計画撤回中期経営計画の取り下げと、非中核事業の整理2024年サッポロビール3Dの株主提案で不動産切出し外部からの要求を受けた事業再編と、ビール本業への経営資源の集中2024年DIC星光PMC株式売却で資産圧縮液晶材料事業からの撤退と、美術品の売却まで含めた資産の圧縮2024年三菱電機三菱電機モビリティ株式50%の鴻海への譲渡自動車機器事業を会社分割で切り出した三菱電機モビリティの設立と、外部資本への開放2023年東急不動産HD東急ハンズなど非中核譲渡抜本的再構築による非中核事業の一斉譲渡(ゴルフ場・スキー場・フィットネス)2023年セブン&アイHDバリューアクトが株主提案株主提案を契機とするコンビニ事業を軸とした企業集団への収斂2023年ドリームインキュベータアイペットHDの譲渡全株式の第一生命への売却と、ビジネスプロデュース事業への経営資源の集中2022年デンカセメント事業からの完全撤退採掘の停止と、石灰石の調達・副産物処理の太平洋セメントへの移管2022年リゾートトラストホテルトラスティ6施設譲渡一般向けホテル事業のスターアジアグループへの売却による事業の集約2022年日立製作所日立金属株式の譲渡上場子会社群の売却と親子上場構造の解体2022年名村造船所佐世保重工業の新造船休止子会社の新造船からの撤収と、伊万里への造船機能の集約2022年三菱UFJFGユニオンバンク売却MUFG——米西海岸リテールからの撤退と法人取引への集中2021年キユーピーキユーソー流通システムの連結除外株式2%の売却による物流事業の分離と、食品事業への資源の集中2021年JSRENEOSへエラストマー譲渡素材事業の切り出しによる半導体材料・ライフサイエンスへの集中2021年資生堂パーソナルケア事業の売却日用品の一角を売却することによる、事業の集中2020年DeNAMOV・JapanTaxi統合配車アプリ事業の譲渡と承継会社38.39%の持分法適用2020年神戸物産クックイノベンチャー売却外食関連11社の一括売却による、本業への経営資源の回帰2020年ブリヂストン非タイヤ事業の切り離し非タイヤ・非中核事業の一斉売却とタイヤ×ソリューションへの資源集中2020年オリンパス日本産業パートナーズへ譲渡祖業であるカメラからの撤退と、映像事業の外部への切り出し2020年ノーリツ鋼機ハルメクHDを譲渡買収した医療・シニア・農業事業の連続譲渡と、製造事業への集約2019年味の素ROIC13%超の目標設定ROICを軸にした資本効率経営への転換と事業ポートフォリオの選択と集中2019年アリアケジャパン米子会社をKerryへ譲渡現地子会社の全株式売却による米国市場からの撤退2019年協和キリンキリンHDへ株式譲渡バイオ子会社株式95%の切り出しによる医薬事業への一本化2019年SWCC古河電工と汎用電線統合ROIC を経営指標に据えたことによる低資本効率事業の整理2019年日立製作所「ホライズンプロジェクト」撤退英国での原発事業の凍結と、海外原発路線の断念2018年クックパッドレシピ事業への集中に転換本業への集中と、食領域の新規事業への再投資2018年ライオングロンサン等ブランド譲渡売上規模の拡大を目標から外す方針転換と、ブランドの選択と集中2016年旭化成水島エチレンセンターの1基化自社のエチレン設備の停止と、三菱化学との運営会社からの原料購入2016年三菱重工業アイーダ客船事業から撤退2隻で2,718億円の損失を積み、船舶海洋事業をガス船と艤装主体船へ寄せるまで2015年ラクスRigniteの譲渡撤退米国子会社の全株式売却によるSNSマーケティング事業の打ち切り2015年太陽誘電光記録メディア事業撤退一領域の切り離しによる、電子部品単一セグメントへの事業構成の回帰2014年参天製薬米メルクの眼科事業譲受眼科用医薬品に加えた抗リウマチ薬事業の承継による製品群の拡張2014年ソニーVAIOと電池事業の譲渡PC・電池・化学を資産と人員ごと売却し、五つの領域へ集中した構造改革2012年デクセリアルズソニーから分離独立ケミカルプロダクツ事業の売却と、政投銀・ユニゾン主導の譲渡先会社への移管2010年セイコーエプソンSE07で中小型液晶を譲渡電子デバイス事業の縮小と、中小型液晶ディスプレイ事業資産の譲渡2010年ヤマハリビング事業の譲渡住宅設備事業のカーブアウトと音・音楽への集中2009年レーザーテック液晶撤退とEUV検査集中売上の半分を占めた主力事業を切り、半導体分野への一点張り2008年日清製粉G本社杏林製薬に合併し撤退5本柱の一角だった医薬事業を合弁相手へ託して撤退する決着2008年三菱樹脂三菱化学の機能材料事業承継グループ3社との合併を通じた機能材料への事業構成の寄せ2008年日立化成日立ハウステックの譲渡投資ファンドへの株式売却による住宅設備事業からの撤退2008年ツムラツムラライフサイエンス売却家庭用品事業からの撤退と、子会社を切り出す方式での事業整理2008年富士通半導体事業をオンセミへ売却会津の200mm工場を段階的に渡し、前工程の製造を自前で抱えることをやめた2007年シチズン時計電子デバイス事業から撤退携帯電話向けカメラ部品と小型液晶パネルを切り離す選択と集中2006年エバラ食品工業日本冷食をサンマルコ食品へ譲渡冷凍食品・広告代理店・物流へ展開した周辺事業からの全面撤退2006年栗田工業し尿処理談合で官公需撤退入札談合の摘発を受けた官公需の建設工事事業からの全面撤退2006年ヤマハレクリェーション事業の撤退減損会計の適用による損失の一括計上と、抱えてきた事業の整理2006年ニプロニッショー売却で小売撤退スーパーマーケット・ドラッグストア子会社の譲渡2005年古河機械金属日立古河建機を譲渡建設機械事業からの撤退と、主要6事業の分社による体制再編2003年SBSHDメール便事業の売却祖業の売却による3PL特化と、荷主の物流を一括して請け負う側への転換2003年武田薬品工業非医薬事業の切り離し事業の裾野を捨て医療用医薬品一本に特化する選択と集中2002年岩谷産業戸建住宅撤退と水素ステーション規模を追う経営からの決別と、収益源を水素へ転換する先行投資2002年東急日本エアシステムへ統合東亜国内航空への出資に始まる航空事業への参入と、その撤退2001年クラレレーヨン撤退とクラリアントのポバール事業買収創業以来の繊維の生産停止と、欧州の樹脂生産拠点の取得2001年神戸製鋼所マイクロンに株式譲渡テキサス・インスツルメンツとの合弁の全株式売却による半導体撤退2001年フジクラビスキャスへの電力事業統合古河電工との折半出資による送電線・配電線の共同運営と解散2001年東芝NAND型フラッシュへ集中汎用DRAM事業からの撤退と、主力メモリの入れ替え2001年芝浦メカトロニクス芝浦自販機へ事業移管自販機・モータ応用機器など非中核事業の本体外への切り離しと製造装置への集中1999年横河電機米HPとの合弁解消36年続いた合弁の清算と、持分売却による単独経営への移行1999年名古屋鉄道名鉄グループ新中期経営計画と不採算事業整理赤字の観光・流通子会社からの撤退と損失の一括計上による財務再建1998年日東紡績泊工場の綿紡績終了祖業の綿紡績からの撤退と、ガラス繊維専業への転換1998年花王フロッピー事業から撤退多角化路線に区切りをつけ、主力事業へ集中する事業構成の見直し1998年三菱電機汎用DRAM事業から撤退システムLSI・パワー半導体へ軸足を移す事業領域の縮小1998年沖電気工業DRAM事業から撤退量産競争から降りたうえでの、半導体事業そのものの売却1993年旭化成宮崎輝の死後の事業売却事業を拡大し続ける路線からの転換と、食品・酒類事業の売却1993年いすゞ自動車GM説得で乗用車撤退いすゞの乗用車事業からの全面撤退と商用車・ディーゼルへの集中1992年ハウス食品G本社チルド食品事業の撤退低シェア事業は持たないという方針に沿った全面撤退1992年ディスコ拡散炉事業の打ち切り半導体拡散炉事業からの撤退と開発費約50億円の損失計上1991年日立化成低収益製品の見直し好況のうちに低収益の品目を選別し、抱えきれない範囲の切り捨て1989年キーエンス自動線材切断機を譲渡利益率2割の事業も捨てた高付加価値への集中1988年阪急阪神HD球団をオリエント・リースへ譲渡球団経営という本業外の資産の売却と、プロ野球からの全面撤退1985年カネカフォンテーヌをアデランスへ譲渡女性かつら直営事業の売却と、人工毛カネカロンの素材供給への専念1985年藤沢薬品工業ピコレットなどライオンへ譲渡トイレ用芳香剤を含む家庭用品20品目の一括での切り離し1984年稲畑産業住友製薬へ医薬事業譲渡合弁会社への営業譲渡による、直営の医薬品事業からの撤退1973年三菱鉛筆ROYALSOVEREIGN買収手芸用品・粘着テープ・化粧品・印章への多角化と、英企業の買収・売却1967年青山商事広島県府中で紳士服へ一本化食料品・特産品部門から撤退し1964年飯野海運川崎汽船へ定期航路を移管海運集約での定期航路部門の譲渡とタンカー専業体制への転換1961年日東電工マクセル分離と日立へ売却乾電池・磁気テープ部門の切り出しと、親会社への売却1960年三機工業鋼管株を富士製鉄へ売却合弁で持った製造部門の切り離しと、本業への経営資源の集中1950年川崎重工業川崎製鉄を分離独立製鉄部門の切り出しと、造船・造機・電機3部門への集約1937年南満洲鉄道昭和製鋼所株の譲渡保有株75%など重工業持分1億890万円の満州国政府への譲渡1932年安川電機モートル事業へ集中配電盤と変圧器の切り捨てと、単一製品への集中1931年日本製鋼所輪西製鉄を分離設立製鉄・採鉱事業の切り離しと、鋳鍛鋼・兵器・産業機械への集中

構造改革に伴う事業売却35事例

2026年ジャパンディスプレイ茂原工場の新光電気工業への譲渡液晶の国内量産拠点の売却による債務超過の解消と石川工場への生産集約の完結2026年名古屋鉄道名鉄百貨店本店の閉店百貨店事業の店じまいと、名古屋駅地区再開発への資産の振り向け2023年日本ハムウルグアイBPUの売却井川構造改革と「自前主義」からの転換2023年東急不動産HD東急ハンズなど非中核譲渡抜本的再構築による非中核事業の一斉譲渡(ゴルフ場・スキー場・フィットネス)2022年ENEOS HD和歌山製油所を閉鎖製油所としての役割を終えた拠点の次世代燃料拠点への転換2022年名村造船所佐世保重工業の新造船休止子会社の新造船からの撤収と、伊万里への造船機能の集約2022年サイゼリヤ新業態8店舗の全店閉店都市部で試してきた別ブランドの全廃と、小型店・未出店地域への出店の振り替え2021年青山商事リーバイス事業撤退コロナ禍での159店の統廃合と、創業以来初の希望退職2019年SWCC古河電工と汎用電線統合ROIC を経営指標に据えたことによる低資本効率事業の整理2017年川崎汽船コンテナ船事業をONEへ切り出し半世紀続けた自社運航の終了と、共同出資会社への事業移管2016年旭化成水島エチレンセンターの1基化自社のエチレン設備の停止と、三菱化学との運営会社からの原料購入2015年セガサミーHDアミューズメント施設撤退事業会社の機能別3社への分割と、施設運営事業の切り離し2015年太陽誘電光記録メディア事業撤退一領域の切り離しによる、電子部品単一セグメントへの事業構成の回帰2015年三菱自動車イリノイ工場の閉鎖現地生産の看板を下ろし、米国での自社生産から全面撤退2015年ヤマハ半導体のファブレス化製造事業の譲渡による自前工場の売却と、電子部品事業の縮退2012年SUMCO太陽電池用ウェーハ撤退事業再生計画に基づく尼崎・生野工場の閉鎖と生産能力の圧縮2010年セイコーエプソンSE07で中小型液晶を譲渡電子デバイス事業の縮小と、中小型液晶ディスプレイ事業資産の譲渡2008年日立化成日立ハウステックの譲渡投資ファンドへの株式売却による住宅設備事業からの撤退2007年シチズン時計電子デバイス事業から撤退携帯電話向けカメラ部品と小型液晶パネルを切り離す選択と集中2006年ライブドアマザーズ上場廃止後に現金化賠償額が見えるまでの配当停止と、子会社売却による現金の確保2006年ヤマハレクリェーション事業の撤退減損会計の適用による損失の一括計上と、抱えてきた事業の整理2005年三越横浜など4店を閉鎖不採算店の整理と早期退職、新設合併による連結欠損金の一掃2002年岩谷産業戸建住宅撤退と水素ステーション規模を追う経営からの決別と、収益源を水素へ転換する先行投資2001年セガサミーHDドリームキャスト製造中止家庭用ハード事業からの撤退と、他社ゲーム機向けソフトへの転換2001年山水電気福島工場閉鎖し生産撤退自社で生産する体制を廃止し、生産機能を持たない事業構造への転換2001年マルハギル&ダファスの損失処理キューバ向け前渡金の回収繰り延べと貸倒引当金の積み増し1999年名古屋鉄道名鉄グループ新中期経営計画と不採算事業整理赤字の観光・流通子会社からの撤退と損失の一括計上による財務再建1998年沖電気工業DRAM事業から撤退量産競争から降りたうえでの、半導体事業そのものの売却1997年ヤオハンダイエーへ主力店売却資金繰り危機下で主力16店、熱海の高収益店まで含めた中核店舗の売却1994年靴のマルトミ不採算店の一括閉鎖180店の即時整理を含む、3年で380店を減らす経営改善計画1992年ハウス食品G本社チルド食品事業の撤退低シェア事業は持たないという方針に沿った全面撤退1991年日立化成低収益製品の見直し好況のうちに低収益の品目を選別し、抱えきれない範囲の切り捨て1988年片倉工業熊谷工場休止で蚕糸撤退蚕糸事業を1製糸工場・1蚕種製造所へ集約し、製造業務から完全に撤退1985年藤沢薬品工業ピコレットなどライオンへ譲渡トイレ用芳香剤を含む家庭用品20品目の一括での切り離し1967年宝HDキリン・サッポロへ工場売却ビール事業からの全面撤退と、二工場を売却しての経営資源の集約

祖業の売却25事例

2026年トクヤマ太平洋セメントへ販売譲渡セメント・固化材の国内販売からの退出と、製造停止の検討着手2024年三井松島HDリデル炭鉱終掘で石炭撤退連続M&Aによる脱石炭転換と、111年続いた石炭事業からの撤退2022年UBEUBEへ改称祖業セメントの連結除外と、社名の書き換えを揃えた事業構成の転換2022年ENEOS HD和歌山製油所を閉鎖製油所としての役割を終えた拠点の次世代燃料拠点への転換2021年JSRENEOSへエラストマー譲渡素材事業の切り出しによる半導体材料・ライフサイエンスへの集中2021年三井E&S常石造船へ株式譲渡造船事業からの撤退と、舶用エンジン・港湾クレーンへの集約2015年東京電力HD火力発電をJERAへ移管燃料調達まで含めて中部電力との合弁へ委ねた発電資産の切り出し2013年IHIジャパンマリンユナイテッド発足造船子会社をユニバーサル造船と合併させ、祖業を持分法適用会社へ移行させた選択2008年ツムラツムラライフサイエンス売却家庭用品事業からの撤退と、子会社を切り出す方式での事業整理2007年北の達人コーポレーションカイテキオリゴ軸のD2C転換わけあり物産ECからの撤退と、自社開発品を販売するメーカー型への移行2002年ABCマートITCからABCマートへ改称祖業である卸売から撤退しての小売専業への一本化と、業態そのものの転換2002年カナデビアユニバーサル造船への造船事業譲渡祖業の分離と、ごみ焼却施設を主力とする事業構成への転換2001年クラレレーヨン撤退とクラリアントのポバール事業買収創業以来の繊維の生産停止と、欧州の樹脂生産拠点の取得2001年住友電工ジェイ・パワーシステムズへの電力ケーブル譲渡創業以来の高圧電力ケーブルを日立電線との折半会社へ移管した祖業の切り出し2001年セガサミーHDドリームキャスト製造中止家庭用ハード事業からの撤退と、他社ゲーム機向けソフトへの転換2001年伊藤忠エネクス伊藤忠エネクスへ改称改称に合わせた、燃料商社からエネルギー商社への転換2000年日本ゼオン新第一塩ビへ事業移管水島工場での塩化ビニル生産の打ち切りによる祖業からの撤退1998年日東紡績泊工場の綿紡績終了祖業の綿紡績からの撤退と、ガラス繊維専業への転換1997年シップヘルスケアHDSPD主体へ転換医療コンサルと写真フィルム販売から、院内物流代行を主軸とする体制への転換1988年片倉工業熊谷工場休止で蚕糸撤退蚕糸事業を1製糸工場・1蚕種製造所へ集約し、製造業務から完全に撤退1988年日産化学ポリエチレンなど3事業の譲渡石油化学からの完全撤退と、農薬・機能性材料への事業転換1974年東京エレクトロン電卓・カーステレオからの撤退消費財輸出からの全面撤退1973年古河機械金属足尾銅山を閉山採掘事業の幕引きと、収益源の機械部門への移行1967年青山商事広島県府中で紳士服へ一本化食料品・特産品部門から撤退し1957年UBE石炭からセメント・化学への転身祖業から撤退したうえでの約7,000名の他部門への配置転換

経営再建のための事業売却17事例

2025年日本精工ステアリング事業の全株買戻しいったん分社し投資ファンドへ渡した過半株式の2年での取り戻し2024年ユニチカREVIC支援下の繊維撤退祖業から撤退するための870億円の金融支援と経営陣の総退陣2021年三井E&S常石造船へ株式譲渡造船事業からの撤退と、舶用エンジン・港湾クレーンへの集約2019年ワークスアプリケーションズHR事業の売却会社分割を伴う中核事業の切り出しと事業構成の再編2016年キリンHDハイネケンへ売却し撤退巨額減損に至った現地事業の切り離しと、ブラジル展開の断念2014年ソニーVAIOと電池事業の譲渡PC・電池・化学を資産と人員ごと売却し、五つの領域へ集中した構造改革2010年U-NEXT HOLDINGSインテリジェンスの譲渡米KKR系ファンドへの売却で区切りをつけた連続子会社譲渡2007年さくらインターネットデータセンター投資後の引責辞任債務超過を受けた社長交代と、上場後に増やした子会社の一斉整理2007年GMOインターネットGローン・クレジット事業撤退参入からわずか2年で見切りをつけた金融分野の切り離し2004年双日航空機ファイナンス損失処理総額2500億円に及ぶ一括処理と、手を付けてこなかった事業への切り込み1994年靴のマルトミ不採算店の一括閉鎖180店の即時整理を含む、3年で380店を減らす経営改善計画1990年三菱商事米アリステック・ケミカル買収日本企業初の大型LBOと6年越しの黒字化1988年日産化学ポリエチレンなど3事業の譲渡石油化学からの完全撤退と、農薬・機能性材料への事業転換1984年明治製糖明糖産業へ営業譲渡三菱商事全額出資の承継会社への全営業譲渡と、旧会社の解散1950年川崎重工業川崎製鉄を分離独立製鉄部門の切り出しと、造船・造機・電機3部門への集約1937年トヨタ自動車豊田自動織機からの独立織機メーカーの自動車部を母体とした国産量産車の事業化1932年安川電機モートル事業へ集中配電盤と変圧器の切り捨てと、単一製品への集中

分社を経た事業売却16事例

2026年レゾナックHDクラサスケミカルのスピンオフ石油化学の現物配当による切り離しと20%未満の持分の継続保有2025年ソニーソニーFGをスピンオフ株式の一部を残したままの分離と再上場という、部分的な切り出し2024年三菱電機三菱電機モビリティ株式50%の鴻海への譲渡自動車機器事業を会社分割で切り出した三菱電機モビリティの設立と、外部資本への開放2018年東芝東芝メモリ(現キオクシア)分離最大の収益源であった半導体メモリ事業の切り出しと売却2015年ビジョナルルクサをKDDIへ売却EC事業の分社と、通信大手への売却による非中核事業の整理2015年セガサミーHDアミューズメント施設撤退事業会社の機能別3社への分割と、施設運営事業の切り離し2012年デクセリアルズソニーから分離独立ケミカルプロダクツ事業の売却と、政投銀・ユニゾン主導の譲渡先会社への移管2005年古河機械金属日立古河建機を譲渡建設機械事業からの撤退と、主要6事業の分社による体制再編2002年カナデビアユニバーサル造船への造船事業譲渡祖業の分離と、ごみ焼却施設を主力とする事業構成への転換2002年IHIIHIマリンユナイテッド設立造船事業の切り出しによる、本体からの分離運営への移行2001年芝浦メカトロニクス芝浦自販機へ事業移管自販機・モータ応用機器など非中核事業の本体外への切り離しと製造装置への集中1964年飯野海運川崎汽船へ定期航路を移管海運集約での定期航路部門の譲渡とタンカー専業体制への転換1961年日東電工マクセル分離と日立へ売却乾電池・磁気テープ部門の切り出しと、親会社への売却1950年川崎重工業川崎製鉄を分離独立製鉄部門の切り出しと、造船・造機・電機3部門への集約1937年トヨタ自動車豊田自動織機からの独立織機メーカーの自動車部を母体とした国産量産車の事業化1931年日本製鋼所輪西製鉄を分離設立製鉄・採鉱事業の切り離しと、鋳鍛鋼・兵器・産業機械への集中

事業ポートフォリオのほかの論点

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