上場企業の経営論点>事業ポートフォリオ
事業の売却と撤退
撤退は祖業から始まる。社名に残っている事業ほど、やめる判断は遅れる。日東紡績は綿紡績を打ち切ってガラス繊維専業へ移り、日本ゼオンは水島工場の塩化ビニル生産をやめ、クラレはレーヨンの生産を止めてポバールへ主力を移した。日立造船は造船を分社して環境企業へ転じ、後にカナデビアへ社名を改めている。半導体では三菱電機と沖電気工業が汎用DRAMの量産競争から降り、セガはドリームキャストの製造を中止してソフトメーカーへ回った。いずれも、やめた事業が赤字だったから降りたのではない。続けられはするが伸びない事業を抱えたまま次の主力を育てられないと判じたことが、祖業を手放させている。
財務諸表のどこを見るか
撤退の年には、事業整理損・減損損失・割増退職金が特別損失にまとまって計上される。売却なら関係会社株式売却損益、会社分割なら移転した資産と負債の額が注記に載る。翌期からセグメントの区分が消えるため、売上高は減っても営業利益率は上がることが多い。見るべきはやめた後の営業キャッシュ・フローで、赤字事業を切って本当に現金が残るようになったかがここに出る。やめた事業の従業員がどこへ移ったかは、従業員数のセグメント別内訳で追える。
2020年代
太平洋セメントへ販売譲渡 セメント・固化材の国内販売からの退出と、製造停止の検討着手 サントリーHDへ市販薬譲渡 販売子会社を丸ごと切り出す形での市販薬事業からの撤退 名鉄百貨店本店の閉店 百貨店事業の店じまいと、名古屋駅地区再開発への資産の振り向け Metro社を買収 カナダ物流大手の取り込みと資産圧縮を同時に進める事業構成の入れ替え MGCの全株式譲渡 保有していた米国子会社 Mary's Gone Crackers からの撤退 鳥居薬品を塩野義へ譲渡 参入から38年を数えた医薬事業からの撤退と、子会社ごとの譲り渡し SHIP VISIONで厨房撤退 長期構想に沿ったグループの再編統合と、厨房業務の切り離し TOTOKU・UACJなど売却 銅管・巻線・電池を含む非中核事業の切り離しと、データセンター向け光事業への集中投資 住友電設の売却と住友理工の完全子会社化 設備工事の上場子会社を手放し、自動車部材の上場子会社を100%取り込むグループの入れ替え ステアリング事業の全株買戻し いったん分社し投資ファンドへ渡した過半株式の2年での取り戻し ソニーFGをスピンオフ 株式の一部を残したままの分離と再上場という、部分的な切り出し 日本特殊陶業へ事業譲渡 スパークプラグ・排気センサという内燃機関の成熟事業を1,806億円で切り離す判断 KDDI株売却と計画撤回 中期経営計画の取り下げと、非中核事業の整理 秋田・銚子沖の洋上風力撤退 総取りした国内洋上風力3海域からの撤退 リデル炭鉱終掘で石炭撤退 連続M&Aによる脱石炭転換と、111年続いた石炭事業からの撤退 ベネフィット・ワン売却 保険会社への譲り渡しによる中核子会社の手放し 3Dの株主提案で不動産切出し 外部からの要求を受けた事業再編と、ビール本業への経営資源の集中 上埜修司退陣と繊維撤退 祖業を畳むための870億円の金融支援と経営陣の総退陣 星光PMC株式売却で資産圧縮 液晶材料事業からの撤退と、美術品の売却まで含めた資産の圧縮 鴻海からの出資受け入れ検討 自動車機器事業を会社分割で切り出した三菱電機モビリティの設立と、外部資本への開放 堺SDP・亀山を清算 大型液晶パネルからの全面撤退と、自前の量産拠点の手放し 日本KFCとローソンの売却 保有事業の選別と資産の組み替えを本格化させる方針への転換 エリオットの資本効率要求 資産リサイクルの加速と株主還元の強化 ウルグアイBPUの売却 井川構造改革と「自前主義」からの転換 東急ハンズなど非中核譲渡 抜本的再構築による非中核事業の一斉譲渡(ゴルフ場・スキー場・フィットネス) バリューアクトが株主提案 株主提案を契機とするコンビニ事業を軸とした企業集団への収斂 アイペットHDの譲渡 全株式の第一生命への売却と、ビジネスプロデュース事業への経営資源の集中 スペースジェット開発中止 国産ジェット旅客機の事業化断念と、民間機開発からの撤収 米フォートレスへ売却 コンビニ集中のための百貨店切り離し 太平洋セメントへ譲渡撤退 セメント事業からの全面撤退と、販売部門の他社への切り出し UBEへ改称 祖業セメントの連結除外と、社名の書き換えを揃えた事業構成の転換 アクゾへのアフリカ事業譲渡撤回 いったん公表した事業譲渡の白紙撤回と、対象事業の手元への残留 ホテルトラスティ6施設譲渡 一般向けホテル事業のスターアジアグループへの売却による絞り込み 和歌山製油所を閉鎖 製油所としての役割を終えた拠点の次世代燃料拠点への転換 日立金属株式の譲渡 上場子会社群の売却と親子上場構造の解体 佐世保重工業の新造船休止 子会社の新造船からの撤収と、伊万里への造船機能の集約 ユニオンバンク売却 MUFG——米西海岸リテールからの撤退と法人取引への集中 キユーソーの連結除外 株式の一部の立会外分売と、物流子会社の連結からの切り離し ENEOSへエラストマー譲渡 素材事業の切り出しによる半導体材料・ライフサイエンスへの集中 パーソナルケア事業の売却 日用品の一角を手放すことによる、事業の重心の絞り込み 常石造船へ株式譲渡 造船事業からの撤退と、舶用エンジン・港湾クレーンへの集約 リーバイス事業撤退 コロナ禍での159店の統廃合と、創業以来初の希望退職 MOV・JapanTaxi統合 配車アプリMOVを吸収分割でJapanTaxiへ渡し、38.39%の持分法会社として残す クックイノベンチャー売却 外食関連11社の一括売却による、本業への経営資源の回帰 MACROKIOSKからの撤退 マレーシアで抱えた子会社の全株式譲渡と海外事業の整理 大衆薬をブラックストーンへ売却 創業以来の一般用医薬品事業を投資ファンドへ手放す選択 石橋秀一の非中核事業売却 非タイヤ・非中核事業の一斉売却とタイヤ×ソリューションへの資源集中 三菱日立パワーシステムズ解消 合弁関係の清算と、火力発電事業からの全面撤退 三菱日立パワー合弁を解消 火力発電事業の合弁からの離脱と、単独運営への切り替え ベインキャピタルへ売却 三井E&Sホールディングス保有株の手放しと、公開買付けを経た上場廃止 日本産業パートナーズへ譲渡 祖業であるカメラからの撤退と、映像事業の外部への切り出し ハルメクHDを譲渡 買い集めた医療・シニア・農業事業の連続譲渡と、製造事業への集約 新宿駅西口の資産入替 1,300億円再開発へ振り向けた資産の入替 エヌビディアへのアーム売却 米——最大400億ドルの契約と、規制が壊した世紀のディール
2010年代
西井孝明のROIC経営転換 ROICを軸にした資本効率経営への転換と事業ポートフォリオの選択と集中 米子会社をKerryへ譲渡 現地子会社の全株式売却による米国市場からの撤退 広域渋谷圏で段階売却 総合デベロッパーから資本効率を軸とする不動産企業への転換 マネーフォワードフィナンシャル撤退 交換業者登録の手続き中止による参入計画そのものの取りやめ キリンHDへ株式譲渡 バイオ子会社株式95%の切り出しによる医薬事業への一本化 HR事業の売却 会社分割を伴う中核事業の切り出しと事業構成の作り直し 古河電工と汎用電線統合 ROIC を経営指標に据えたことによる低資本効率事業の整理 「ホライズンプロジェクト」撤退 英国での原発事業の凍結と、海外原発路線の断念 ぺんてる株の取得試み 37%の取得から子会社化を狙い、45.6%の全株をプラスへ手放す幕引き BGRSの買収と撤退 グローバルリロケーション事業への参入と、5年での撤退 レシピ事業への集中に転換 本業への絞り込みと、食領域の新規事業への再投資 ZOZOSUITへの投資撤退 採寸データを武器に自社ブランドへ踏み出し、海外事業からの撤退と特別損失で1年余りで畳んだ判断 グロンサン等ブランド譲渡 売上規模の拡大を目標から外す方針転換と、ブランドの選択と集中 東芝メモリ(現キオクシア)分離 稼ぎ頭であった半導体メモリ事業の切り出しと売却 OCIへ全株譲渡し撤退 マレーシアの多結晶シリコン事業の減損確定と完全撤退 杭州錦江集団へ技術供与 大型偏光板技術の外部提供と、ボリュームゾーンからの離脱 コンテナ船事業をONEに統合 邦船3社の共同出資会社への切り出しと、単独運営の終了 コンテナ船事業をONEへ切り出し 半世紀続けた自社運航の終了と、共同出資会社への事業移管 ハイネケンへ売却し撤退 巨額減損に至った現地事業の切り離しと、ブラジル展開の断念 水島エチレンセンター停止 自社設備を手放し、西日本3社による生産集約に加わる選択 アイーダ客船事業から撤退 2隻で2408億円に達した損失を受けた大型客船からの手仕舞い Rigniteの譲渡撤退 米国子会社の全株式売却によるSNSマーケティング事業の打ち切り ルクサをKDDIへ売却 EC事業の分社と、通信大手への売却による非中核事業の整理 アミューズメント施設撤退 事業会社の機能別3社への分割と、施設運営事業の切り離し 光記録メディア事業撤退 一領域の切り離しによる、電子部品単一セグメントへの事業構成の回帰 イリノイ工場の閉鎖 現地生産の看板を下ろし、米国での自社生産から全面撤退 半導体のファブレス化 製造事業の譲渡による自前工場の手放しと、電子部品事業の縮退 火力発電をJERAへ移管 燃料調達まで含めて中部電力との合弁へ委ねた発電資産の切り出し 米メルクの眼科事業譲受 眼科用医薬品に加えた抗リウマチ薬事業の承継による製品群の拡張 平井氏、VAIOと電池事業を譲渡 PC・電池・化学を資産と人員ごと手放し、五つの領域へ集中した構造改革 プラズマテレビから撤退 尼崎の専用パネル工場を止め、内製で画質を競う路線を畳んだ判断 米ガビロンの買収 穀物大手の取り込みと、既存穀物事業のヴィテラへの売却 太陽電池用ウェーハ撤退 事業再生計画に基づく尼崎・生野工場の閉鎖と生産能力の圧縮 ソニーから分離独立 ケミカルプロダクツ事業の売却と、政投銀・ユニゾン主導の受け皿会社への移管 シエラゴルダ鉱山を譲渡 チリでの権益取得から、二度の減損を経た全持分の売却までの撤退 ルネサステクノロジと統合 半導体子会社NECエレクトロニクスの切り出しと、他社との一本化 SE07で中小型液晶を譲渡 電子デバイス事業の縮小と、中小型液晶ディスプレイ事業資産の譲渡 リビング事業の譲渡 住宅設備事業のカーブアウトと音・音楽への集中 インテリジェンスの譲渡 米KKR系ファンドへの売却で区切りをつけた連続子会社譲渡
2000年代
液晶撤退とEUV検査集中 売上の半分を占めた主力事業を切り、半導体分野への一点張り 英Eidosの完全子会社化 13年後のEmbracerへの売却 杏林製薬に合併し撤退 5本柱の一角だった医薬事業を合弁相手へ託して畳む決着 三菱化学の機能材料事業承継 グループ3社との合併を通じた機能材料への事業構成の寄せ 日立ハウステックの譲渡 投資ファンドへの株式売却による住宅設備事業からの撤退 ツムラライフサイエンス売却 家庭用品事業からの撤退と、子会社を切り出す形での事業整理 「HD DVD」からの撤退 自ら仕掛けた次世代規格戦争の終息と、敗北の受け入れ 半導体事業をオンセミへ売却 半導体・携帯・PCを手放した祖業ハードからの連続撤退 カイテキオリゴ軸のD2C転換 わけあり物産ECからの撤退と、自社開発品を売るメーカー型への移行 花王へ化粧品事業譲渡 残る全事業の切り売りによる解体と、法人としての幕引き 笹田亮氏の引責辞任 債務超過を受けた社長交代と、上場後に広げた子会社の一斉整理 コムスン全介護事業を譲渡 指定取消相当の通知を受けての介護事業からの全面撤退 ソーテックの子会社化 パソコン事業への参入と、量販店向け販売からの撤退 ペンタックスの買収 買収による事業ポートフォリオの入れ替えと収益源の組み替え 電子デバイス事業から撤退 携帯電話向けカメラ部品と小型液晶パネルを切り離す選択と集中 ローン・クレジット事業撤退 参入からわずか2年で見切りをつけた金融分野の切り離し 日本冷食をサンマルコ食品へ譲渡 冷凍食品・広告代理店・物流へ広げた周辺事業からの全面撤退 マザーズ上場廃止後に現金化 上場廃止後の子会社売却による現金化と、解散を選ばなかった法人の存続 アスベスト製品を全廃 国内外での含有製品の製造・販売の全面終了 し尿処理談合で官公需撤退 入札談合の摘発を受けた官公需の建設工事事業からの全面撤退 レクリェーション事業の撤退 減損会計の適用による損失の一括計上と、抱えてきた事業の整理 ニッショー売却で小売撤退 スーパーマーケット・ドラッグストア子会社の譲渡 富岡工場を富岡市へ寄付 建物の寄付と翌年の社有地売却による保有の終了 日立古河建機を譲渡 建設機械事業からの撤退と、主要6事業の分社による体制再編 横浜など4店を閉鎖 大阪・枚方・倉敷を含む不採算店の整理と早期退職の実施、新設合併による連結欠損金の一掃 航空機ファイナンス損失処理 総額2500億円に及ぶ一括処理と、手を付けてこなかった事業への切り込み 国立病院機構の保育受託 院内託児の一括請負による新規事業の柱づくりと、14年後の撤退 オリックスとの球団合併 近鉄バファローズの消滅を受け入れた球団経営からの撤退 ドレーク・ビーム・モリン買収 不況期の新たな収益源を求めた企業買収による事業の上積み メール便事業の売却 祖業を手放しての3PL特化と、荷主の物流を丸ごと請け負う側への転換 武田國男の非医薬事業売却 事業の裾野を捨て医療用医薬品一本に絞り込む選択と集中 ITCからABCマートへ改称 祖業である卸売を畳んでの小売専業への一本化と、業態そのものの転換 ユニバーサル造船へ譲渡 祖業・造船の分社化と環境企業への転身 IHIマリンユナイテッド設立 造船事業の切り出しによる、本体からの分離運営への移行 牧野明次の戸建住宅撤退 規模を追う経営からの決別と、収益源を水素へ移す先行投資 日本エアシステムへ統合 東亜国内航空への出資に始まる航空事業への参入と、その撤退 クラリアントから事業取得 祖業レーヨンの生産停止と、ポバール・PVB事業への軸足の移し替え マイクロンに株式譲渡 テキサス・インスツルメンツ社と組んだ半導体合弁の設立と、その全株式の売却による撤退 ジェイ・パワーシステムズへの電力ケーブル譲渡 創業以来の高圧電力ケーブルを日立電線との折半会社へ移した祖業の切り出し ビスキャスへ事業切出 電力ケーブル事業の古河電工との合弁への移管と、15年後の国内事業の振り分け ドリームキャスト製造中止 セガの家庭用ゲーム機ハード事業からの撤退とソフトメーカーへの転身 NAND型フラッシュへ集中 汎用DRAM事業からの撤退と、主力メモリの入れ替え 芝浦自販機へ事業移管 自販機・モータ応用機器など非中核事業の本体外への切り離しと製造装置への集中 福島工場閉鎖し生産撤退 自社で作る体制を手放し、生産機能を持たない事業構造への転換 伊藤忠エネクスへ改称 改称に合わせた、燃料商社からエネルギー商社への転換 ギル&ダファスの損失処理 本社ビル証券化による穴埋め 新第一塩ビへ事業移管 水島工場での塩化ビニル生産の打ち切りによる祖業からの撤退 米クアルコムの端末事業承継 携帯電話端末事業の引き受けと、6期連続赤字という代償 HIT SHOP架空契約発覚 契約実態のない売上計上の露見を受けた携帯電話小売からの撤退 資産圧縮と日債銀買収 ネットバブル崩壊下の資産圧縮と銀行取得
1990年代
米HPとの合弁解消 36年続いた合弁の清算と、持分売却による単独経営への移行 中部圏集中と不採算事業整理 多角化で広げた路線と関連会社の切り離し、本業への経営資源の絞り込み 泊工場の綿紡績終了 祖業の綿紡績からの撤退と、ガラス繊維専業への転換 フロッピー事業から撤退 多角化路線に区切りをつけ、主力事業へ絞り込む事業構成の見直し 藤澤友吉郎引責の米国事業売却 米国後発医薬品事業の売却と、新薬子会社への集約 汎用DRAM事業から撤退 システムLSI・パワー半導体へ軸足を移す事業領域の絞り込み DRAM事業から撤退 量産競争から降りたうえでの、半導体事業そのものの売却 メキシコ子会社の清算 米国持株会社株式の評価減による最終赤字 SPD主体へ転換 医療コンサルと写真フィルム販売から、院内物流代行を主軸とする体制への転換 ダイエーへ主力店売却 資金繰り危機下で主力16店、熱海の高収益店まで含めた稼ぎ頭の手放し 不採算店の一括閉鎖 180店の即時整理を含む、3年で380店を減らす経営改善計画 宮崎輝の死後の事業売却 事業を広げ続ける路線からの転換と、食品・酒類事業の売却 GM説得で乗用車撤退 いすゞの乗用車事業からの全面撤退と商用車・ディーゼルへの集中 日本イリジウムの設立 米本社への218億円の出資と、2000年に終わった事業からの撤退 チルド食品事業の撤退 低シェア事業は持たないという方針に沿った全面撤退 関家憲一の拡散炉撤退 半導体拡散炉事業からの撤退と開発費約50億円の損失計上 シンガポール生産撤退 好調なうちに現地の生産を畳み、技術拠点へ切り替える転換 丹野毅の低収益製品見直し 好況のうちに低収益の品目を選り分け、抱えきれない範囲の切り捨て 米MCA買収し5年で売却 7800億円を投じた大型買収から短期で手を引く、方針の転換 米アリステック・ケミカル買収 日本企業初の大型LBOと6年越しの黒字化 志摩スペイン村への投資 巨額投資と建物の全額評価減
1980年代
自動線材切断機を譲渡 利益率2割の事業も捨てた高付加価値への集中 青色LEDの開発着手 赤色系LEDの量産競争からの撤退と、窒化ガリウムという材料への賭け 熊谷工場休止で蚕糸撤退 蚕糸事業を1製糸工場・1蚕種製造所へ集約し、製造業務から完全に撤退 中井武夫氏の石化撤退 石油化学からの完全撤退と、農薬・機能性材料への事業転換 球団をオリエント・リースへ譲渡 球団経営という本業外の資産の手放しと、プロ野球からの全面撤退 フォンテーヌをアデランスへ譲渡 女性かつら直営事業の手放しと、人工毛カネカロンの素材供給への専念 ピコレットなどライオンへ譲渡 トイレ用芳香剤を含む家庭用品20品目の一括での切り離し ニットーへ営業譲渡 負債を残した営業全部の譲り渡しと、会社の解散 明糖産業へ営業譲渡 三菱商事全額出資の受け皿への全営業譲渡と、旧会社の解散 三菱商事との合弁リプソン設立 通信販売という新しい販路への進出と、それを畳む清算までの一巡 住友製薬へ医薬事業譲渡 合弁会社への営業譲渡による、直営の医薬品事業からの撤退 パソコンソフト卸売事業の立ち上げ 日本ソフトバンクの創業