マネーフォワード仮想通貨交換事業への参入を取りやめ、交換業者登録の手続きを中止する

完成間際の取引所を、稼働させないまま損失に振り替えるまで

時期 2019年4月
意思決定者(推定) 辻庸介・神田潤一(マネーフォワードフィナンシャル社長) 社長
論点 新規事業の撤退判断
概要
2019年4月15日、マネーフォワードが子会社マネーフォワードフィナンシャルによる仮想通貨関連事業への参入を取りやめ、交換業者登録に向けた手続きの中止と取引所・交換所システムの開発停止を発表した判断。
背景
2018年3月に日本銀行・金融庁の出身者を社長に迎えて子会社を設立し、同年中の取引所開設を目指した。ところがコインチェックとテックビューロで大規模な流出事故が続き、金融庁の登録審査は凍結され、相場も冷え込んだ。
内容
交換業者登録の手続き中止、取引所・交換所システムの開発停止、ブロックチェーン・仮想通貨メディア『Onbit』の2019年5月31日での終了を決め、2019年11月期第1四半期に事業整理損6,139万5千円を特別損失に計上した。
含意
社内テストまで終えた事業を、累積損失と黒字化までの時間を条件に定めた撤退ラインの運用で止めた。金融領域そのものからは退かず、Financeドメインは2025年11月期に売上高15億4985万円・セグメント利益2億7615万円の黒字となっている。
筆者の見解

13か月で引き返した事業

参入を決めた2018年3月から中止の2019年4月まで、この事業が費やした時間は13か月であった。日本銀行と金融庁で20年以上を過ごした人物を社長に据え、業界団体にも加入し、社内での試験まで終えたところで止めている。準備の水準が低かったから止めたのではなく、準備が整っていたからこそ、残る障害が相場と規制の側にしかないことがはっきり見えていたとみられる。

事業整理損6,139万5千円という金額は、同じ期の営業赤字24億4615万円に比べれば小さい。その小ささが、あらかじめ引いた撤退ラインが実際に働いた跡でもある。仮想通貨は2020年5月に施行された改正資金決済法で法令上「暗号資産」と改称され、参入の敷居はさらに上がった。マネーフォワードが2025年11月期に売上高503億円まで伸ばした先に、交換所の看板はない。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

フィンテックの代表格が仮想通貨へ向かう

2017年9月に東京証券取引所マザーズへ上場した同社は、国内フィンテックの代表格と呼ばれていた。上場から3か月後、辻庸介社長は取材に対し、仮想通貨には個人的に強い関心があり、ブロックチェーンは本当に価値のある技術になる可能性が極めて高いと述べている。同時に、しばらくはビットコインもICOも詐欺などの事件が起きるとみており、規制は必要だが成長を阻害しないさじ加減が大切だとも語った。ビットコインの取引で通貨別では日本円が最も多いことを挙げ、日本が一番になれる分野かもしれないという見方も示している[1][2]

準備は子会社で進めた。2018年3月にマネーフォワードフィナンシャル株式会社を設立し、社長には神田潤一氏を迎える。神田氏は日本銀行に20年以上在籍し、出向先の金融庁総務企画局で信用制度参事官室企画官としてフィンテック産業の振興に携わった経歴を持つ。会社は2018年中の取引所開設を目標に置き、2019年2月1日には日本仮想通貨交換業協会へ、交換業者登録を申請中または申請予定の事業者にあたる第二種会員として加入した。規制当局の内側を知る人物をトップに据える布陣であった[3][4]

二度の流出事故と、凍結された登録審査

準備の途中で、業界の外形が変わった。2018年初めにコインチェックから580億円相当、同年9月にはテックビューロの交換所から70億円相当の仮想通貨が流出する事故が続き[5]、金融庁の規制は格段に厳しくなる。とくにテックビューロの代表が雲隠れする不誠実な対応をとったことで、業界全体への信頼が損なわれた。金融庁は新規の登録審査を凍結し、その解除が延びるほど、開設の時期は後ろへずれた[6]

体制を整える費用も上がった。仮想通貨の流出やマネーロンダリングをめぐる国際的な議論が高まり、利用者の資産保護と利便性を両立させる体制を組むための費用は、参入を決めた時点の想定を超えた。一方で相場は冷え込み、収益の見込みは下がる。神田氏は当時の1年を振り返り、ようやく前向きに動き始めていた流れがあのタイミングでまた冷え込んでしまい、定めたはずのゴールが都度、遠ざかっていく感覚だったと述べている[7][8]

決断

2019年4月15日、登録手続きの中止

2019年4月15日、同社は仮想通貨関連事業への参入延期を発表した。内容は延期という語より踏み込んでおり、交換業者登録に向けた手続きの中止と、取引所・交換所に関するシステム開発の停止を含む。ブロックチェーン・仮想通貨のメディア『Onbit』も同年5月31日でサービスを終える。理由には、仮想通貨マーケットが急速に冷え込み事業継続による収益性のダウンサイドのリスクが高まったこと、利用者の資産保護と利便性確保のための体制構築にかかる費用が上昇していることの二点を挙げた[9][10]

中止の時点で、システムはほとんど出来上がっていた。神田氏は、2019年1月から一部の社員にアプリを入れてもらって試験を続け、その2か月は報告のあった不具合の改善を進めていたと明かしている。会社は2019年11月期第1四半期に事業整理損6,139万5千円を特別損失として計上した。同期の連結の特別損失7,393万円の大半にあたる金額である。完成間際まで作った資産を、一度も稼働させずに損失へ振り替えた処理であった[11][12]

あらかじめ引いてあった撤退ライン

この中止は、その場で決めた判断ではなかった。同社は新規事業について、累積損失をどこまで許容できるか、黒字化までにどれだけの時間がかかるかといった複数の条件をあらかじめ定め、例外を設けずに運用していた。仮想通貨交換事業は、金融庁の登録審査の凍結が延び、相場の冷え込みも長引いたことで、当初想定していた筋書きから外れる。撤退ラインに触れた事業を、社内の期待や投入済みの費用にかかわらず止める仕組みが働いた[13]

手放したのは領域の全部ではなかった。中止の対象は交換業者としての登録と取引所・交換所の運営であり、金融機関との接続やデータを扱う事業はそのまま残る。会社の主戦場はすでに法人向けのクラウドサービスへ移っており、交換業に投じるはずだった人員と資金は、そちらへ振り向けられた。フィンテックの代表格と呼ばれた会社が、当時のフィンテックの中心にあった領域から降りた判断であった[14][15]

結果

金融事業は残り、資金は法人向けへ回った

撤退を挟んでも、金融の領域から手を引いたわけではなかった。同社は2019年に事業ドメインをHome・Business・X・Financeの4区分へ改め、金融サービスをFinanceとして残す。2017年1月に始めた中小企業向けの資金調達支援に加え、2021年8月には三菱UFJ銀行との合弁会社である株式会社Biz Forwardを設立し、売掛金の早期資金化などへ広げた。2025年11月期のFinanceセグメントは売上高15億4985万円、セグメント利益2億7615万円の黒字である[16][17][18]

会社全体としては、撤退の年も赤字が広がった。2019年11月期の売上高は71億5678万円と前期比56%増となる一方、営業損益は24億4615万円の赤字である。もっともこの赤字は広告宣伝費と人員への先行投資によるもので、仮想通貨の整理額は6,139万5千円にとどまる。同年11月には当時として過去最大規模となるスマートキャンプ株式会社の株式72.3%を取得しており、資金は法人向けSaaSの周辺へ回された[19][20]

出典・参考

免責事項およびポリシー