総取りした国内洋上風力3海域からの撤退
破格の安値で総取りした国策プロジェクトを、三菱商事はなぜ手放すに至ったか
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- 概要
- 2025年8月27日、三菱商事が、2021年に企業連合で総取りした国内洋上風力発電の第1ラウンド3海域(秋田由利本荘市沖、能代市・三種町・男鹿市沖、千葉銚子市沖)からの撤退を表明した経営判断。資材価格の高騰と円安のもとで採算が成り立たなくなり、破格の安値で落札した国策プロジェクトを自ら手放す結末となった。
- 背景
- 三菱商事は脱炭素を成長領域と位置づけ、オランダのエネコ買収などで再生可能エネルギーへの投資を積み増していた。2021年12月、洋上風力の第1ラウンドで、上限を大きく下回る売電価格を提示して秋田・千葉の3海域すべてを落札し、業界に価格破壊の衝撃を与えた。
- 内容
- 落札から数年でインフレ・円安・金利上昇が想定を超え、風車価格は入札時の約2倍に膨らんだ。2025年2月に522億円の減損損失を計上して事業性を再評価し、収益改善策を探ったものの成立せず、8月に中部電力とともに3海域からの撤退を決めた。
- 含意
- 安値落札で得た国策案件が、事業環境の変化で座礁した。保証金の没収と次回公募からの一時排除という代償を負い、国のエネルギー政策にも空白を残した。脱炭素を掲げて広げた再エネ事業ポートフォリオの手綱さばきが問われる判断となった。
総取りの野心と、座礁の後に残るもの
この判断の核心には、脱炭素を成長領域に育てようとする野心と、事業環境の変化に対する読みの甘さが同居している。破格の安値で3海域を総取りした2021年の一手は、欧州で積んだ経験を武器に国内洋上風力の主導権を握ろうとする賭けであった。その賭けは、応札から数年でインフレ・円安・金利上昇という逆風にさらされ、風車価格の高騰と地盤調査の遅れが重なって崩れていった。固定価格で20年間売電するという前提が、コスト転嫁の余地を奪い、安値で勝ち取った条件そのものが撤退を強いる制約に転じたとみることができる。
総合商社にとって、事業ポートフォリオの入れ替えは日常の営みであり、採算の合わない案件から退くこと自体は珍しくない。ただ、今回退いたのは国が主力電源化の切り札と位置づけた国策プロジェクトであり、地域の期待も政策の工程も巻き込んだ点で、通常の撤退とは重さが異なる。安値落札の妥当性、役員会での検証、社外取締役によるガバナンスの働き——撤退の後に問われる論点は、脱炭素という長い時間軸の事業を商社がどう見極めるのかという問いにつながっている。三菱商事の再エネ事業ポートフォリオが、この座礁からどのような教訓を引き出すのかは、なお見定める段階にあるといえる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
脱炭素を成長領域に据えた再エネ拡大
三菱商事は2020年前後から脱炭素を新たな収益の柱に据え、再生可能エネルギーを成長領域として投資を積み増していた。2020年3月には中部電力と組み、約5,000億円を投じてオランダの電力会社エネコを買収した(三菱商事80%、中部電力20%出資)。エネコは欧州で洋上風力の開発実績とエンジニアリング機能を持ち、三菱商事とは2013年から共同で洋上風力を手がけてきた間柄であった。2025年3月期を最終年度とする中期経営戦略では、3兆円の投資枠のうち1.2兆円をエネルギートランスフォーメーションに向ける計画を掲げていた[1]。
電力畑を歩んできた中西勝也社長は、この事業を成長の軸のひとつとみていた。洋上風力について「収益は出る」と語り、四方を海に囲まれた日本の潜在性に賭ける考えを示していた。国も洋上風力を再生可能エネルギー主力電源化の切り札と位置づけ、一般海域を促進区域に指定して海域ごとに公募を実施する制度を整えていた。その第1弾となったのが、秋田県沖と千葉県沖の3海域であった[2]。
3海域総取りという価格破壊
2021年12月24日、経済産業省が公募の結果を各社に伝えると、業界に衝撃が走った。三菱商事を中心とする企業連合が、秋田県由利本荘市沖、能代市・三種町・男鹿市沖、千葉県銚子市沖の3海域すべてを落札した。発電容量は3海域合計で約174万キロワット、総事業費は1兆円規模にのぼる。事前の下馬評では東京電力子会社やレノバの陣営が本命で、三菱商事連合はダークホースとみられていた。本命を破っての総取りは異例であった[3]。
決め手は売電価格であった。入札は1キロワット時当たり29円を上限としていたが、三菱商事連合が示したのは11.99〜16.49円と、海域によっては半値以下の水準であった。価格点と定性点の合計で競う採点方式のもと、他陣営に大差をつけての圧勝となった。三菱商事の岡藤裕治エネルギーサービス本部長は、赤字覚悟との見方を否定し「与えられた条件下で必要なリターンを乗せ、ボトムアップで精査をした結果だ」と述べ、勝因を欧州でエネコとともに積んだ経験と技術の内製化に求めた[4]。
決断
想定を超えた資材高と減損
落札から数年のうちに、事業の前提が崩れていった。ロシアによるウクライナ侵攻を機に世界的なインフレが進み、円安と金利上昇も重なって、資材価格が想定を大きく上回っていった。設備の根幹をなす風車では、採用予定だった米GE製の価格が応札時の見積もりから約2倍に膨らみ、契約に定めた価格調整の前提を超えていった。三菱商事とGEの協議はかみ合わず、両社は契約を解消するに至った。加えて秋田2海域では海底地盤の調査が難航し、想定より軟弱な地盤や漁業関係者との調整の遅れから、風車設計の完了時期が後ろにずれていた[5]。
2025年2月6日、三菱商事は2024年4〜12月期決算で、3海域の洋上風力事業について522億円の減損損失を計上し、開発段階で資産計上していた費用を全損処理した。中西社長は記者会見で、今後の方針を「ゼロベースで検討する」と述べた。決算説明会では、当事者として「今回、取り込める最大限の損失を計上している」とし、追加損失は事業性の再評価次第で「業績に与える影響は限定的だろう」との見立てを示した。この時点で撤退は明言されていなかったものの、全損処理という判断そのものが行き詰まりの深さを映していた[6]。
撤退という結論
事業性の再評価で、三菱商事はコストの最適化や収入の改善を探った。風車や工事会社の切り替えを検討し、公募の前提であった固定価格買い取り制度に代えて、再エネの価値を重んじる需要家との相対契約(PPA)による採算確保も模索した。しかし高い電力を20年間にわたって買い取る需要家は現れず、落札の決め手であった安い売電価格を横に置いた検討を重ねても、成り立つ事業計画は描けなかった。ゼロベースで見直さざるをえないところまで追い込まれた時点で、残された道は限られていた[7]。
2025年8月27日、三菱商事は中部電力とともに、3海域すべてからの撤退を表明した。建設費が入札時の見込みから2倍以上に膨らみ、将来さらに増すおそれがあるとして、継続は困難と判断した。中西社長はこの日、武藤容治経済産業相を訪ねて撤退を直接報告した。武藤経産相は「日本における洋上風力導入に遅れをもたらすものであり、たいへん遺憾である」と述べた。国策として推し進めてきた事業の中核が、落札から4年足らずで担い手を失った[8]。
結果
代償と後始末
撤退には相応の代償がともなった。三菱商事連合が積み立てていた保証金約200億円は国のものとなり、事実上の没収となった。あわせて、同連合は次回以降の公募入札への参加を一時的に認められない扱いとなった。損失の大半は2025年2月の減損で計上済みであり、撤退にともなう追加の損失は限定的にとどまるとされたものの、破格の安値で得た国策案件を手放すために支払う対価は小さくなかった[9]。
影響は三菱商事一社にとどまらなかった。国は撤退の前段で、第1ラウンドの案件に固定価格買い取り制度からFIP制度への転換を認める救済策を審議会に示していたが、他事業者から公平性を疑う声が相次ぎ、事態の収拾には至らなかった。撤退表明の後、資源エネルギー庁は「安値落札の影響も否定できない」として原因の検証に入った。インフレと円安に直面するのは他の事業者も同じであり、撤退の連鎖をどう防ぐかが国のエネルギー行政の課題として残された[10]。
- 週刊東洋経済 2022年2月12日号「洋上風力 価格破壊ショック 三菱商事『独占』の内幕」
- 週刊東洋経済 2023年3月25日号「INTERVIEW 三菱商事 社長 中西勝也 『洋上風力は稼げるビジネスだ』」
- 週刊東洋経済 2025年3月29日号「三菱商事の洋上風力事業 『FIP転換』で光明か」
- 週刊東洋経済 2025年6月7日号「三菱商事『救済策』の余波 揺れる洋上風力」
- 週刊東洋経済 2025年9月27日号「洋上風力発電に激震 三菱商事が総撤退」
- 週刊東洋経済 2025年11月22日号「洋上風力プロジェクト崩壊の真相 三菱商事 安値受注が招いた蹉跌」
- 三菱商事 2024年度第3四半期決算 アナリスト向け説明会 質疑応答(2025年2月6日)
- 日本経済新聞(2025年8月27日)「三菱商事、洋上風力撤退を発表 中西社長『事業計画実現が困難』」
- 日本経済新聞(2025年8月27日)「洋上風力撤退、三菱商事連合は保証金200億円没収 公募参加も一時停止」
- 三菱商事 有価証券報告書(連結・IFRS)