オービックビジネスコンサルタント の歴史

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創業 1980年
創業者 和田成史
創業地 東京都千代田区
創業
1980年12月、公認会計士の和田成史氏が東京都千代田区に株式会社ビック・システム・コンサルタント・グループを設立した。コンピュータの販売とプログラムの製作、システム設計を事業目的に据えている。設立を持ちかけたのは出入り先だったオービックの野田順弘氏で、会計士としてではなく企業として会計システムを手がけないかという誘いに、出資が添えられていた。翌1981年5月に商号を株式会社オービック・ビジネス・コンサルタントへ改め、本店を東京都新宿区へ移す。1983年11月に業務ソフト『TOPシリーズ』、1993年7月に『奉行シリーズ』の販売を始め、1995年12月に現在の商号となった。
決断
手元の開発資源を、そのつど一つの方向へ全量寄せてきた。1980年12月の設立にあたって沖電気から得た1億円を製品開発へ全額投入したが、製品ができあがったのはその1億円を使い切る頃だった。1998年1月には新規開発の資源をすべて2000年以降の製品へ振り替え、企業バンキング・新ERP・会計事務所向けの3分野へ絞っている。根拠は1995年のWindows 95で経験した基本ソフトの世代交代だったが、需要の立ち上がりは読みより遅く、2005年3月期に235億円という計画に対し実績は145.7億円にとどまった。2018年2月に完全SaaS型の『奉行クラウド』を投入したときだけは、時期の決め方が違う。約4,000社の販売代理店が初回の販売収入で成り立っており、月額利用へ替えれば代理店の採算がその場で細るため、全量を寄せる時期を自社の準備だけでは決められなかった。
現況
売上の84%が、毎年更新される契約から入るようになった。2026年3月期の売上高514億円のうちクラウドが313億円で61.0%を占め、保守を合わせた継続収益は431億円・83.9%に達した。契約継続率は99.4%、年間経常収益は457億円である。買い切りから月額へ替える過程では2023年3月期に売上高337億円・経常利益158.3億円と減収減益になったが、そこから3期で売上を1.5倍に戻し、2026年3月期の経常利益は252.2億円、経常利益率は49%となった。従業員1,065人でこの利益を出せるのは、業種ごとに作り分けず、どの会社にも共通する経理と人事の業務だけを標準品で売ってきたからである。
競合
出資者のオービックが直販を選んだ隣で、代理店に売らせてきた。全国13か所の営業拠点は自ら販売せず、約4,000社の販売代理店への支援に専念する体制を1990年代に固めている。1974年に会計機の販売から自社開発ソフトへ転換したオービックは、中堅・大企業向けに自社の人員だけで導入まで手がけ、1社あたりの単価を上げた。オービックビジネスコンサルタントはその逆で、中小企業に売る代理店の数を増やし、単価ではなく本数で伸ばしている。2026年3月期の稼働システムは27.5万件、うち14.7万件がクラウドである。オンプレミス製品『奉行11』のサポートは2027年4月に終わり、買い切りの顧客は期限までに移行を迫られる。
オービックビジネスコンサルタント:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円
2002年3月期2026年3月期
オービックビジネスコンサルタントにおける経営の転換点(その1) Q なぜ1980年に、順調だった公認会計士が会計ソフトの事業会社を興したのか
A 和田成史氏は公認会計士としての仕事が順調だったうえで、これからは会計システムが重要になり、できることなら自分の手で作りたいと考えていた。会計士として学んだことをすべて盛り込めるのが動機である。踏み切らせたのは、出入り先だったオービック社長の野田順弘氏から、会計士としてではなく企業として会計システムの仕事をやらないか、自分も出資すると持ちかけられたことだった。1980年前後はパソコンの登場に合わせて公認会計士らがPCA、日本マイコン、ミルキーウェイと相次いで会社を興した時期にあたり、和田氏もその流れの中にある
オービックビジネスコンサルタントにおける経営の転換点(その2) Q なぜ1998年に、新規開発の資源をすべて2000年以降の製品へ振り替えたのか
A 和田成史氏は1998年1月から、新規開発の資源をすべて2000年以降の製品へ向けた。対象は企業バンキング、新ERP、会計事務所向けの3分野である。根拠は1995年のWindows 95で経験した基本ソフトの世代交代であり、次はインターネット対応が同じ役割を果たすと読んだ。ところが結果は計画に届かなかった。2000年3月期に124.7億円だった売上高は2001年3月期に109億円へ減り、2005年3月期に235億円という計画に対し実績は145.7億円だった。読み違えたのは方向ではなく、需要が立ち上がる速さである。
オービックビジネスコンサルタントにおける経営の転換点(その3) Q なぜ2018年まで完全SaaS化を遅らせ、そこで踏み切ったのか
A オービックビジネスコンサルタントは約4,000社の販売代理店に売ってもらう間接販売で伸びてきた会社であり、買い切り型を月額利用型へ替えることは代理店の収益をその場で細らせる。SaaS化を遅らせたのは、この販売網を守る判断だった。2018年2月に完全SaaS型の奉行クラウドを投入してからは、移行の代償も出ている。2023年3月期はオンプレミス売上の減少で売上高337億円、経常利益158.3億円と減収減益になった。それでも2026年3月期には、クラウドが売上高の61.0%、継続収益が83.9%を占めるまで入れ替わった

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オービックビジネスコンサルタントの沿革1980〜2026年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1980〜1986年公認会計士が「自分の手で作りたい」と興した会社と、最初の資金難和田成史公認会計士業からの転身と会計ソフト事業会社の設立、沖電気から得た1億円の製品開発への全額投入

1980年12月、公認会計士の和田成史氏が、オービック社長の野田順弘氏の誘いを受けてパソコン向け会計ソフトの事業会社を東京都千代田区に設立した経営判断。沖電気から得た1億円を全額製品開発に投じ、製品が完成した時点で運転資金が尽きた。

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★★★
和田成史オービック・ビジネス・コンサルタントへの商号変更と本店の新宿区移転
和田成史業務ソフト「TOPシリーズ」の発売★★
和田成史東京支店・大阪営業所の開設
1987〜1998年社内公募で決まった「奉行」と、最初の消費税で出遅れ次の消費税で稼いだ12年和田成史名古屋営業所の開設
和田成史福岡営業所の開設
和田成史物流センターの開設
和田成史仙台営業所の開設
和田成史業務ソフト「奉行シリーズ」の発売★★★
和田成史広島営業所の開設
和田成史札幌営業所の開設
和田成史金沢営業所の開設
和田成史横浜営業所の開設
和田成史オービックビジネスコンサルタントへの商号変更
和田成史静岡営業所の開設
和田成史大宮営業所の開設
和田成史新ERP・インターネット対応製品への新規開発資源の全面振替と、2005年3月期235億円の計画

1998年1月、オービックビジネスコンサルタントは新規開発のリソースのすべてを2000年以降の製品へ振り向けた。対象は401kシステムを含む企業バンキング、新ERP、会計事務所マーケットの3分野で、1999年9月に奉行2000新ERPシリーズを発売し、2005年3月期に売上高235億円という計画を掲げた。

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★★★
1999〜2010年1999年の店頭公開の直後に始まった減速と、売上が戻るまでの4年和田成史日本証券業協会への株式店頭登録
和田成史東京三菱銀行とのEBシステム「せるふバンク」共同開発
和田成史東京三菱銀行とのオンライン外為システム共同開発
和田成史2001年3月期の減収、売上高109億円★★
和田成史東京証券取引所市場第一部への上場
和田成史統合基幹業務システム「奉行V ERPシリーズ」の発売★★
2011〜2026年パッケージソフトの会社が継続収益型に切り替え、売上を15年で3倍にした和田成史日本マイクロソフトとの基幹業務システムのクラウド運用での協業★★
和田成史完全SaaS型「奉行クラウド」の投入と、買い切り型から継続収益型への収益構造の入れ替え

2018年2月、オービックビジネスコンサルタントが主力の奉行iシリーズを完全SaaS型の『奉行クラウド』として発売し、買い切り型から継続収益型へ収益の立ち方を入れ替えた経営判断。和田成史社長が決めた。

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★★★
和田成史「奉行クラウドEdge」の発売
和田成史「奉行11シリーズ」の発売
和田成史東京証券取引所プライム市場への移行
和田成史「奉行V ERPクラウド」の発売★★
和田成史「奉行AIエージェント 新リース会計識別クラウド」の発売★★
和田成史主要クラウド3サービスのISMAPクラウドサービスリストへの登録
和田成史日経コンピュータ顧客満足度調査ERP部門で7年連続の首位
和田成史「奉行AIエージェント 連結会計支援クラウド」の発売
和田成史「奉行LAND ユーザーコクピット」の提供開始
和田成史「健康経営銘柄2026」への初選定
出典・参考
  • 有価証券報告書
  • 証券アナリストジャーナル 1999年11月号

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