オンキヨーソーテックの子会社化によるパソコン事業への参入と、量販店向け販売からの撤退

縮む単品コンポの外側に客を求め、量販店の棚に4年半だけ並んだ高音質パソコン

時期 2007年7月
意思決定者(推定) 大朏直人 会長兼社長
論点 音響専業からの隣接領域への多角化
概要
2007年7月2日、オンキヨーが取締役会でパソコンメーカーであるソーテックの発行済株式の50.1%を取得し、連結子会社とすることを決めた経営判断。公開買付と第三者割当増資の引き受けにより同年8月に取得し、2008年7月に株式交換で完全子会社としたうえ、9月1日に吸収合併した。創業以来スピーカーとアンプを主力としてきた会社が、音を出す装置以外の完成品を柱の一つに置いた。
背景
音楽を聴く装置がコンポからパソコンへ移り、国内ではミニコンポ市場が低迷していた。オンキヨー自身も2006年3月期・2007年3月期と2期続けて当期純損失を計上している。相手のソーテックは低価格パソコンで名を知られた会社だが、6期連続の当期純損失を抱え、単独での資金調達が限界に達していた。
内容
買収の狙いは、パソコン事業の開発・技術力の向上と、効率的な生産・サポート体制の確保に置かれた。オンキヨーは自社の音響技術を載せた高音質パソコンを鳥取県倉吉市の自社工場で組み立て、2009年10月にはPC製品へONKYOブランドを本格展開し、あわせてカンパニー制を導入した。
含意
高音質という差別化は、部材コストの差を客が値段の上乗せとして受け入れて初めて成立する。音響機器で働いていたこの前提は、台数で原価が決まるパソコンでは働かなかった。ネットブックが市場を作り替えるなかで採算は薄くなり、参入から4年半で量販店の棚から降りた。
筆者の見解

載せる先の選び方

ソーテックの年間出荷は20万台余りで、5年をかけても累計100万台に届いていない。台数で原価が決まる商売へ、その規模のまま入った点がこの判断の性格を決めている。音響機器では、音質のために積んだ原価を客が値段の上乗せとして受け入れてきた。同じ前提をパソコンでも置けると読んだところに、誤算があった。折しも約5万円のネットブックが市場を作り替えた時期にあたり、上乗せを払う客の層は最も薄くなっていた。

ただ、この4年半が空振りだけで終わったわけでもない。量販店から降りた同じ時期、Windows搭載のスレートPCで国内シェアは3割を超えており、法人向けと直販には売れる場所が残っていた。倉吉に置いた生産・修理・サポートの体制も、ソーテックを買う前の同社は持っていない。載せる先の選び方を誤っても、載せる技術そのものは残った。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

本業で利益が出ない音響専業

2000年代半ばのオンキヨーは、本業の音響機器で利益を出せずにいた。連結売上高は2006年3月期が450億円で、経常損失6億円・当期純損失8億円を計上している。続く2007年3月期も売上高464億円に対して当期純損失5億円を計上した。国内ではミニコンポ市場が低迷し、単品コンポの需要は細っている。音の良さで客を集めるという構えを崩さないまま、どこに新しい客を探すかが残っていた[1][2]

2004年12月、同社は高品質音楽配信サービス「e-onkyo music」を始めている。音楽を聴く装置はコンポからパソコンへ移っており、パソコン向けの高品位オーディオ事業も強めていた。音を出す部分だけを担うのか、装置そのものを作るのか——その線をどこに引くかが、次の判断の分かれ目にあたる[3][4]

6期連続の赤字を抱えていたソーテック

相手のソーテックは、1990年代末に低価格パソコンで名を知られた会社である。2007年7月の時点で社員は128人、年間の出荷台数は20万台余り、5年間の累計でも100万台にとどまっていた。6期連続で当期純損失を計上し、山田健介社長は「自主自立でやるには、時間も含めて、もう限界のところにきている」と語り、必要な資金を3年間で35億円、当座で20億円程度と見ていた[5]

価格で客を集めてきた会社と、音質で客を集めてきた会社であり、客層も価格帯も販路も重なっていない。ソーテックの側には開発と部材調達を支える資本が要る。オンキヨーの側にはWindowsパソコンを設計できる技術者と、生産・サポートの体制が要る。互いに欠けているものが違ったからこそ、この組み合わせが成り立った[6][7]

決断

50.1%の取得から吸収合併までの14カ月

2007年7月2日、オンキヨーは取締役会でソーテックの発行済株式総数の50.1%を取得し、連結子会社とすることを決めた。方法は公開買付と第三者割当の引き受けを組み合わせたもので、有価証券報告書の沿革は取得の時期を同年8月と記録している。会社は規格・開発・設計の効率化、品質の向上、原価低減、販売力の強化を見込むとし、デジタルホーム事業の拡大につなげる方針を示した[8][9]

2007年8月15日、オンキヨーは第三者割当で293万5000株を発行価格265円で割り当て、アクティブ・インベストメンツ・ファンド・エル・ピーと三井住友銀行が引き受けた。代金の一部は自社の株式で賄っている。2008年7月22日には株式交換で740万5065株を発行してソーテックを完全子会社とし、9月1日に吸収合併している。この間に自動車部品のテクノエイトも株式交換で子会社としており、発行済株式総数は2366万株から4782万株へ倍増した[10][11]

高音質という差別化をどこに置いたか

買収の狙いをめぐっては、当時から観測が分かれていた。日経エレクトロニクスの生島大嗣氏は、高価なHDメディア・コンピューターを買うマニア層だけを相手にしていては市場の拡張が望めないとしたうえで、「ソーテックのパソコンを高音質の世界へのエントリー機として位置付け、活用するのだ」と読んだ。通常のパソコンが備えるオーディオ回路では音楽の再生に荷が重い、という前提がこの見立てを支えている[12]

2009年10月、オンキヨーはPC製品へのONKYOブランドの本格展開を始め、あわせてカンパニー制を導入した。直販サイトもONKYO DIRECTへ寄せている。ただし菅正雄常務取締役は「今回の発表は、オンキヨーブランドへの『統一』ではなく、『展開』というのが正しい」と述べ、2つのブランドで台数を伸ばす考えを示した。「PCの出荷台数を増やしたいということがベース」であり、十数万台の出荷を早い時期に倍へ、という目標であった[13][14][15]

結果

台数で決まる原価

連結売上高は2007年3月期の464億円から2008年3月期に590億円、2009年3月期には850億円へ増えた。ただし増加分がすべてパソコンではない。2008年1月に子会社としたテクノエイトの売上高168億円が加わっている。同じ2009年3月期に経常損失38億円・当期純損失63億円を計上し、自己資本比率は前期の16.8%から10.0%へ下がった。2009年7月には資本準備金43億円を取り崩して欠損を埋めている[16][17][18]

パソコンは台数で原価が決まる商売である。2007年10月に台湾のアスース・テックが約5万円のEeePCを出し、ネットブックという市場が生まれた。1400ドル以上の高価格帯は1年で販売台数が44%減り、499ドル以下の比率は2.1%から18.3%へ拡大している。高音質という差別化は、部材の原価差を客が値段の上乗せとして受け入れて初めて成立する。音響機器で働いていたこの前提が、パソコンでは働かなかった[19][20]

量販店の棚から降りるまで

調査会社BCNによれば、家電量販店の2007年の販売台数トップ10には日本メーカーが7社入っていた。2008年のトップ10からはシャープ・オンキヨー・日立製作所が外れ、代わりに台湾のアスースやエイサーが入っている。参入から1年余りで、量販店の棚における位置は後退した。生産は鳥取県倉吉市の自社工場が担い、生産35人・修理55人・カスタマーセンター45人という体制であった[21][22]

2011年12月、オンキヨーは2011年度内をめどに家電量販店を通じたパソコン販売から退く方針を固め、以後はインターネットでの直販に絞った。同社は「撤退ではなく、あくまでも休止」と説明している。買収時に8割を占めていた個人向けパソコンの比率は2012年には半分へ、その先は2割程度まで下がる見込みであった。代わりに置いた法人向けのスレートPCでは、Windows搭載機の国内シェアが3割を超えている。参入から4年半が経っていた[23][24]

出典・参考

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