オンキヨー投資ファンドを交えた当初スキームの組み替えと、パイオニアのホームAV事業の全株取得

ファンドの過半出資を退け、44歳の大朏宗徳社長がホームAV事業を全株で引き受けた2015年

時期 2014年9月
意思決定者(推定) 大朏宗徳 社長
論点 縮小市場での規模確保と、資金負担の分担
概要
2014年9月、オンキヨーは同年6月に基本合意していた投資ファンドを交えた3社の枠組みを取りやめ、パイオニアの完全子会社パイオニアホームエレクトロニクスの全株式を自社で取得する形へ組み替えると発表した。2015年3月2日に統合を完了し、同子会社はオンキヨー&パイオニアへ商号を変えている。
背景
音響機器の国内出荷額は1988年の6620億円をピークに2013年には1017億円まで縮んでいた。ディーアンドエムホールディングス、JVCケンウッド、ティアックがいずれも投資ファンドの下で再建を経験するなか、パイオニアはプラズマテレビの失敗を受けて車載事業へ集中するため、ホームAV事業の引き受け手を探していた。
内容
2014年6月の当初案では、香港のベアリング・プライベート・エクイティ・アジアがパイオニア子会社株式の過半を握り、オンキヨーは少額出資にとどまる予定であった。9月に固まった最終案では、パイオニアがオンキヨー株式の14.95%を取得して主要株主となり、オンキヨーが同子会社の全株式を取得した。
含意
資金負担は重くなるが、関係当事者が増えて事業の運営が縛られる事態は避けられた。連結売上高は2015年3月期の356億円から2016年3月期には644億円へ増える一方、同時に増えた生産拠点・販売網・開発部隊は固定費として残り、2016年3月期も経常損失22億円を計上した。
筆者の見解

手にした裁量と、その使い道

大朏宗徳社長は、6月の案から資金の出し手を外した。ベアリング・プライベート・エクイティ・アジアが子会社株の過半を握れば、オンキヨーの持ち出しは少額の出資で済む。それを退けて全株を引き受けたのは、関係当事者が増えれば事業の運営が縛られるとみたためである。ディーアンドエムホールディングスもJVCケンウッドもティアックもファンドの手を借りて再建した業界で、44歳の社長は単独で背負う側に立った。短期の経済合理性より、中期の構想を動かせる余地を採った。

増えたのは売上だけではなかった。644億円に届いた2016年3月期も経常損失22億円で、生産拠点も販売網も開発部隊も固定費として残っている。縮む市場で規模を取る策は、増えた固定費を上回る速さで市場が縮めば逆に働く。ただ、単独で残った場合も、356億円の売上で次の規格に応じる開発費を負担できたとは考えにくい。効いたのは一つではない。統合で積み上がった固定費、81億円余の譲渡が消えて売却代金の入金待ちに戻った資金繰り、疑義注記の下で細った調達手段——三つが同時に重なった。どれか一つが欠けても、2期連続の債務超過には届かなかったはずである。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

25年で6分の1になった国内市場

オンキヨーが拠って立つ音響機器の国内市場は、1980年代の終わりから四半世紀にわたって縮み続けていた。電子情報技術産業協会の集計では、国内出荷額は1988年の6620億円をピークに、2013年には1017億円まで落ちている。オーディオセットやミニコンポを買わなくても、スマートフォンとイヤホンがあれば音楽を聴ける時代に入り、据置型の機器を家庭に置くという前提そのものが崩れていた[1]

縮む市場には、投資ファンドが相次いで入っていた。デノンとマランツを抱えるディーアンドエムホールディングスは米リップルウッド・ホールディングスの傘下で再建され、JVCケンウッドはケンウッドと日本ビクターが統合する過程でスパークス・グループの力を借りている。オンキヨーが資本業務提携していたティアックも、フェニックス・キャピタルの傘下で立て直しに取り組んだ。音響機器業界とファンドの距離は、当時すでに近かった[2]

売り手・パイオニアが手放したかったもの

パイオニアは1997年に世界初のプラズマテレビを発売し、パネル工場の建設とNECの同事業買収に累計1000億円超を投じたが、液晶に市場を奪われて2009年に完全撤退している。国内外30工場の半数を閉鎖し、東京・目黒の本社も売却した。小谷進社長は2014年9月、「ホームAVとDJ機器は継続的な投資が必要。成長のため、カーエレクトロニクスに集中させる決断をした」と述べている[3]

手放す二つの事業の質は、対照的だった。DJ機器は1990年代半ばに社内の新規事業として始まり、世界のトップDJと組んで製品を磨いた結果、世界シェア6割・営業利益率20%超まで育っている。この事業は米投資ファンドのKKRへ590億円で売られた。一方、祖業のスピーカーを含むホームAVは、低価格のミニコンポの普及で採算が悪化した側である。オンキヨーは、売り手が最も手放したかった事業を引き受けた[4][5]

決断

ファンドを外し、全株取得へ組み替える

統合の枠組みは、途中で一度組み替えられている。2014年6月に発表された当初案には、オンキヨー、パイオニアに加え、香港のベアリング・プライベート・エクイティ・アジアが並んでいた。ファンドがパイオニア子会社の株式の過半を握り、オンキヨーの出資は少額にとどまる内容である。ところが9月に正式発表された最終案では、オンキヨーが同子会社の全株を取得することになり、ファンドの姿は消えていた[6][7]

見直しは、当時44歳の大朏宗徳社長が主導した。ファンドとパイオニア双方の幹部に自ら掛け合ったと伝えられる。ファンドの力を借りれば、資金面の負担は軽くなる。だが同社長は、関係当事者が増えることで事業の自由な運営が難しくなる点をより重く見た。パイオニアも、2社で本格的に取り組むほうが環境変化により機動的・戦略的に対応できると説明している[8][9]

「日本連合」と、21年前の同じ構想

「日本の音響機器メーカーは多すぎる。日本連合を作りたい」。大朏社長はかねてそう公言していた。25年で6分の1になった市場では、開発費を分け合う相手が減る前に規模を確保するほかない、という読みである。枠組みは、パイオニアがオンキヨー株式の14.95%を取得して主要株主となり、オンキヨーがパイオニアホームエレクトロニクスの全株式を取得する形に固まった。2015年3月2日、同子会社はオンキヨー&パイオニアへ商号を変えている[10][11]

この構想には前史がある。1993年に東芝からオンキヨーを個人で買い取った父・大朏直人氏は、当時「大同団結に成功すれば、パイオニアに匹敵する売り上げ規模(4500億円)と3倍の経常利益(700億円)を上げるAV会社をつくってみせる[12]」と語っていた。候補5社をすでに挙げていたが、この構想は実現しないまま終わっている。21年後、息子はそこで名指しされた相手そのものと組む形で、同じ構想を実行に移した。

結果

売上は1.8倍、利益は戻らず

規模という点では、統合はねらいどおりに働いた。連結売上高は2015年3月期の356億円から2016年3月期には644億円へ、1年で1.8倍に増えている。国内の音響専業では突出した売上を持つ会社となり、ONKYOとPioneerの二つのブランドを同時に扱う体制も手に入れた。国内で相対する相手はディーアンドエムホールディングス、JVCケンウッド、ティアックに絞られ、残存者になるという構想はこの時点まで成立して見えた[13]

売上が644億円に達した2016年3月期も、経常損失22億円・純損失11億円を計上した。営業利益が黒字になったのは2017年3月期の8億円だけである。増えたのは売上ばかりではない。生産拠点も販売網も開発部隊も、固定費として残った。2019年12月、週刊東洋経済は同社を継続企業の前提に疑義注記が付く会社の一覧に載せ、「固定費の増加が裏目に出て営業損失に苦しんでいる」と書いている[14][15]

売却の空転と、消えた提携先

オンキヨーが進めた事業売却は、途中で止まった。2019年5月21日、オンキヨーはホームAV事業を米サウンド・ユナイテッドと持株会社ヴァイパー・ホールディングスへ約81億7500万円で譲渡することに合意する。ところが同年10月4日、譲渡の実行に必要な条件の達成が互いに難航し、契約の有効期限である11月30日までに完了する見通しが立たないとして、この譲渡は中止となった。売却代金を前提に組んだ資金繰りが、振り出しに戻っている[16][17]

同じ時期、資本提携の相手も姿を消している。米ギブソン・ブランズは2018年5月1日付で連邦破産法第11章の適用を申請した。オンキヨーは同社株を2017年11月以降に減損しており、2018年3月末時点の帳簿価格は0円で、業績への影響はないと説明している。提携から引き出せる支援は、破綻を待たずに尽きていた。ホームAV事業は結局2021年5月、シャープと米VOXX Internationalの新会社へ33億2300万円で移る。2年前に合意した額の4割まで下がっている[18][19]

出典・参考

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