ファミリーマートエーエム・ピーエム・ジャパンの買収と、am/pm店舗のファミリーマートブランドへの一本化

ブランドを残すか、消すか——出店余地が細る市場で、債務超過の業界7位に120億円を投じる

時期 2009年11月
意思決定者(推定) 上田準二 社長
論点 首都圏の店舗網の獲得とブランドの一本化
概要
2009年11月13日、ファミリーマートが取締役会で、レックス・ホールディングスの保有する㈱エーエム・ピーエム・ジャパン(am/pm)の全株式と貸付債権の取得を決議した経営判断。同年12月28日に完全子会社化し、2010年3月1日に吸収合併したうえで、am/pm店舗をファミリーマートブランドへ転換した。
背景
コンビニエンスストアの国内店舗数は4万店を超え、既存店の成長も頭打ちとなっていた。一方でマルチメディア端末をはじめ店舗に必要な投資は重くなり、上田準二社長は中小チェーンの再編は避けられないとみていた。am/pmは2009年2月にローソンへの売却が破談し、2008年12月期に139億円の債務超過を抱えていた。
内容
買収額は120億円で、破談したローソンの提示額145億円を下回った。ファミリーマートは交渉で「1ブランド」への統一を譲らず、商標権を持つ米エーエムピーエム・インターナショナルの同意を得た。am/pm850店のうち280店を閉鎖し、570店を2年かけてファミリーマート店へ転換する計画を組んだ。
含意
合併により東京都内の店舗数は業界首位となり、転換した店の1日当たり売上高は平均3割弱伸びた。ブランドを消す統合を加盟店の離反を招かずにやり切った経験は、その後の関西・九州への転換と、業界再編を見据えた交渉の前例となった。
筆者の見解

買ったのは純資産ではなく立地であった

139億円の債務超過を抱えた会社に120億円を払うという値づけは、貸借対照表だけを見れば説明がつかない。ファミリーマートが買ったのは純資産ではなく、東京に散らばる568店の立地と、そこですでに商売をしている加盟店オーナーであった。自力の出店は年500〜600店が上限で、しかも上田準二社長は5万店で出店地域が埋まるとみていた。時間では買えないものを金額で買う取引であり、飽和までの残り時間が値づけの根拠になっていたとみられる。

ただ、この買収でファミリーマートが業界2位に立ったわけではない。合併後の8,700店はローソンを急追する水準にとどまり、順位そのものは動いていない。転換を終えた733店が効いたのは、東京都内の店舗数で首位に立つという一点である。それでも、ブランドを消す統合を加盟店の離反を招かずに完了させ、転換費用を計画の8割弱に抑えた手順は、次の再編で使える経験として残った。成果は店舗数の順位よりも、統合を実行できると示した点にあったといえる。

Yutaka Sugiura, 2026年8月

背景

4万店を超えた市場と、重くなる店舗投資

2009年のコンビニエンスストア業界は、国内の店舗数が4万店を超え、既存店の成長も頭打ちとなっていた。出店できる場所が減る一方で、店舗に載せる設備は重くなっていた。ファミリーマートはチケット購入などをこなすマルチメディア端末「Famiポート」に350億円を投じており、上田準二社長は同じ規模の投資を中小チェーンが続けるのは厳しいとみて、再編は避けられないと語っていた[1][2]

上田社長の見立てでは、全国のコンビニは5万店ほどで出店地域がほぼ埋まる。ファミリーマートはそれまでの3〜4年、毎年500〜600店を出しながら、老朽化した店や後継者のいない店を300〜350店閉じ、純増200〜300店を積む計画を置いていた。自力の出店で伸ばせる幅は年ごとに縮んでおり、この間に再編が起こる可能性を、社長自身が同じ場で見込んでいた[3]

二度流れたam/pmの売却

エーエム・ピーエム・ジャパンの身売り話は、このときが初めてではなかった。最初の打診は2004年に金融機関を経由してファミリーマートへ届いたが、金額で折り合わず、am/pmは171億円を投じたレックス・ホールディングスの傘下に入った。この額はファミリーマートが示した価格の倍以上にあたる。2008年にも買収話が持ち上がり、複数の企業が交渉に加わっている[4]

2009年2月には、7カ月に及ぶ交渉の末にローソンが145億円での買収を発表した。ところが、am/pmの商標権を持つ米エーエムピーエム・インターナショナルがブランドの維持を強く求めたため、この合意は破談に終わる。売り物として残ったam/pmは、2008年12月期に139億円の債務超過を抱えていた。ローソンが降りた案件を、より低い価格で引き受けられるかが問われた[5]

決断

債務超過の業界7位に付けた120億円

2009年11月13日、ファミリーマートは取締役会で、レックス・ホールディングスが保有するam/pmの全株式と貸付債権を取得することを決議し、同日付で株式及び債権譲渡契約を結んだ。買収額は120億円で、ローソンが提示していた145億円を下回る。有価証券報告書に記された取得原価は131億5,700万円、うち取得に直接要した費用が2億9,900万円であり、実質的な取得の対価は120億円とされた[6][7]

債務超過の会社に値を付けた理由を、上田社長は首都圏のドミナント店舗網に求めた。am/pmは最大市場の東京に568店を構えており、合併後の都内シェアは31.6%と業界首位に立つ計算になる。合計店舗数は8,700店となり、2位のローソンを急追する。有価証券報告書も企業結合の理由を、首都圏を中心とした店舗網の拡充と事業インフラの統合による効率化に置いている[8][9]

「1ブランド」を譲らなかった交渉

交渉が本格化したのは2009年7月で、大株主の伊藤忠商事を経由して話が持ち込まれた。上田社長は社長室の向かいにプロジェクトチームを置き、半年にわたって昼夜を分かたず議論を重ねている。一貫して主張したのはファミリーマートへの一本化である。複数のブランドを残せば弁当工場や配送センターの合理化ができないというのが、譲らなかった理由である。ローソンが飲めなかった条件を、より低い価格で通した交渉だった[10]

ローソンとの交渉を壊した米エーエムピーエム・インターナショナルは、ここでも当初はブランドの維持にこだわった。ファミリーマートは加盟店の経営継続に責任を持つという立場から米社を説得し、最後は相手が折れている。am/pm側にも、自社の経営資源だけでは加盟店を守りきれないという本多利範社長の危機感があり、悪化する経営環境が交渉を後押しした[11][12]

結果

850店の選別と、転換した店の日販3割増

ファミリーマートは2009年12月28日にam/pmの全株式を取得して完全子会社とし、2010年3月1日にこれを吸収合併した。上田社長は子会社化のあと、am/pmの加盟店オーナー全員と話し合い、ブランド統合に同意するか、反対するか、店を畳むかを選ばせている。850店のうち280店を閉鎖し、570店を2年かけてファミリーマート店へ転換する計画となった[13][14]

改装した店の1日当たり売上高は、平均して3割弱伸びた。当初は転換対象570店のうち3割が反対もしくは態度を保留していたが、増収の実績が伝わると反対の声は消え、早く転換してほしいと催促されるまでになった。集中的な改装で施工が効率化し、80億円を見込んだブランド転換費用は60億円、90億円の閉鎖費用は75億円に収まる見通しとなり、初年度は赤字とみていた合併効果は若干のプラスへ転じた[15][16][17]

業績への反映と、関西・九州への波及

統合の効果は翌期の数字に表れた。2011年2月期の営業総収入は3,198億円と前期から15.0%増え、営業利益は382億円、経常利益は399億円、当期純利益は180億円といずれも二桁の伸びとなった。有価証券報告書は増収の主因を、am/pmとの吸収合併による加盟店からの収入と直営店売上高の増加に置いている。未転換のam/pm店舗は1,104店から469店へ減った[18][19]

転換の対象は首都圏にとどまらなかった。2010年には鉄道沿線の店を移すため東武商事、コミュニティー京成、イストと包括提携を結び、JR九州リテールとは九州地区の共同エリア・フランチャイズ契約を締結している。2011年4月1日には、カッパ・クリエイト傘下のエーエム・ピーエム・関西を取得原価19億円で吸収合併した。2011年12月、2年に及んだam/pmとの事業統合は完了し、転換した店は計733店に達した[20][21]

出典・参考
  • 週刊東洋経済 2009年8月8日号「コンビニ大異変!<INTERVIEW>上田準二 ファミリーマート社長 3〜4年後に市場は飽和 中小チェーン再編は必至」
  • 週刊東洋経済 2009年11月28日号「コンビニ粘り勝ちのファミマ am/pm獲得の成算」
  • 週刊東洋経済 2010年10月23日号「コンビニ 猛暑後「再々編」の胎動 ファミマ増殖に対抗も」
  • 週刊東洋経済 2011年1月8日号「都内トップの店舗数で次なる再編に備え am/pm統合で経験積むファミリーマートの自信」
  • ファミリーマート 有価証券報告書(2010年2月期・連結)
  • ファミリーマート 有価証券報告書(2011年2月期・連結)
  • ファミリーマート 有価証券報告書(2012年2月期・連結)

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