ファミリーマートの歴史
1972年〜西友ストアーからの独立と10年での1
- 西友ストアー企画室に小型店担当を設置[4]
- ファミリーマート1号店を埼玉県狭山市に開店[5]
- 西友ストアーがフランチャイズ方式でコンビニエンスストア事業を開始[6]
- コンピュータを利用した商品発注システムが稼動[4]
- 西友ストアーから営業譲渡を受けた休眠会社ジョナスがファミリーマートに商号変更[6]
- 沖正一郎氏が初代社長に就任[7]
- 店舗数が500店に到達[7]
- 綜合酒販センターとの合弁会社中部ファミリーマートを設立[7]
- 翌日納品体制が完成[5]
- 加盟時負担金を50万円に引き下げた第3種を導入[7]
筆者所見
セブン-イレブンとの差は、店の数よりもノウハウの出どころにあった。セブン-イレブンが米サウスランド社のノウハウを全面的に活用したのに対し、当社は純国産でロイヤリティを支払っていない[1][2]。手本を持たない分、仕組みは加盟する店主の資金と年齢の事情から逆算して設計された。1986年1月には加盟時負担金を430万円から50万円へ下げた第3種契約を導入した[3]。対価を払わない独立は加盟の門を低くし、運営の規律を自前で作る負担を本部に負わせた。
- [1]日本産業史 第3巻 金融・商業(日本経済新聞社、1994年)「流通-コンビニエンスストアの台頭」
- [2]証券アナリストジャーナル 1988年26巻1号「ファミリーマート」(沖正一郎、1987年12月22日 日本証券アナリスト協会企業分析部会 講演要旨)
- [3]証券 1988年40巻1号「株式会社ファミリーマート」(新規上場会社紹介)
1987年〜全家便利商店による台湾進出と伊藤忠商事の筆頭株主化
- 沖縄ファミリーマートを設立[6]
- 東京証券取引所市場第二部に株式上場[7]
- 台湾に全家便利商店を設立し海外初出店[6]
- キャッチコピー「あなたと、コンビに、ファミリーマート」が誕生[5]
- POSシステムの全店導入を開始[5]
- 東京証券取引所市場第一部銘柄に指定[6]
- POSシステムと一体化した発注を開始[5]
- 新企業理念「CO-GROWING」を制定[10]
- VI(ビジュアル・アイデンティティ)を変更[5]
- 伊藤忠商事出身の後藤茂氏が社長に就任[11]
- タイにSiam FamilyMartを設立[12]
- 南九州ファミリーマートを設立[6]
- 検品システムMATの導入を開始[5]
- インターネットにホームページを開設[10]
- 伊藤忠商事グループ入り
- イーネットのATMサービスを開始[5]
- 伊藤忠商事出身の田邉充夫氏が社長に就任[13]
筆者所見
後藤茂氏の就任は、コンビニを小売の店ではなく顧客に届く経路として捉え直す転機になった。人工衛星や情報機器の取引を手掛けた伊藤忠商事の専務が、1992年5月に社長へ就任した[8]。1店の日商より来店客の総数を事業の単位に置く発想は、小売の出身者には乏しい。1999年の平均日商は、セブン-イレブン・ジャパンの68万円に対し49万円だった[9]。経路の視点は1店の稼ぐ力を立て直す処方を伴わず、課題は伊藤忠商事グループ入りを経て田邉充夫氏へ持ち越された。
- [8]日経ビジネス 1992年11月30日号「後藤茂氏[ファミリーマート]登場「実力と風格」備えたコンビニづくり」
- [9]日経ビジネス 1999年11月29日号「田邉充夫氏[ファミリーマート]新社長 情熱秘めた戦略家、セブン追撃の策練る」
2000年〜ファミマ・ドット・コムの設立と中国本土への出店
- Famiポートの実験導入を開始[5]
- ファミマ・ドット・コムを設立[6]
- 全家便利商店が台湾店頭市場に株式を店頭公開[6]
- 中国・上海市に上海福満家便利を設立し中国本土に出店[6]
- 全国47都道府県への出店を達成[5]
- 「ファミチキ」を発売[5]
- 北海道ファミリーマートを設立[10]
- 中国・広州市に広州市福満家便利店を設立[6]
- 「ファミマTカード」のサービスを開始[5]
- 中国・蘇州市に蘇州福満家便利店を設立[6]
- ニコマートから約160店舗の営業権譲渡を受ける[16]
筆者所見
ファミマ・ドット・コムの設計の要点は、ネット通販の利益を本部ではなく加盟店に帰属させたことにある。他社の専用サイトでは加盟店に手数料しか残らなかったのに対し、当社の仮想店舗の売上・利益は各加盟店に計上された[14][15]。ネットの客を店頭へ呼ぶ仕掛けは、加盟店の取り分を先に保証して初めて現場の協力を得られる。加盟店の採算を本部の収益より先に置く順序は、2001年度以降の店舗の選別でも経営の基準として残った。
- [14]日経ビジネス 2000年3月13日号「加盟店に利益譲るファミリーマートの思惑」
- [15]ファミリーマート アニュアルリポート 2000「An Interview with the President」
2009年〜ユニーグループとの統合と伊藤忠商事のTOBによる上場廃止
- am/pmジャパンの買収[6]
- エーエム・ピーエム・ジャパンを吸収合併[6]
- エーエム・ピーエム・関西を吸収合併[6]
- 中国・杭州市に杭州頂全便利店を設立[21]
- 中国・成都市に成都福満家便利を設立[21]
- シニアライフクリエイトの株式を取得[6]
- 中国・深圳市に深圳市頂全便利店を設立[21]
- 中国・無錫市に無錫福満家便利店を設立[6]
- 中国・北京市に北京頂全便利店を設立[21]
- 中国・東莞市に東莞市頂全便利店を設立[21]
- ココストアを株式取得により完全子会社化[6]
- ココストアを吸収合併[12]
- ユニーグループの吸収合併[6]
- 名古屋証券取引所市場第一部に株式上場[21]
- ユニー株式の40.0%をドンキホーテホールディングスに譲渡[6]
- ユニーの完全子会社化[6]
- 子会社ファミリーマートを吸収合併し商号をファミリーマートに変更[22]
- 名古屋証券取引所市場第一部の上場を廃止[21]
- ファミリーマートの非公開化[6]
- 全家便利商店の発行済株式5.0%の譲渡が完了[6]
- ゲート・ワンを設立[21]
筆者所見
2009年以降の当社は、出店より他社の店舗網の取得で規模を競う会社になった。am/pmジャパンの買収では都心に強い同社を131億57百万円で取得し、転換店の日商は約25%伸長した[17][18][19]。看板を替えて日商を上げる手順の確立で、統合が成長の手段になった。ユニーグループの吸収合併後はサークルK・サンクスを約2年3ヵ月で転換し、国内約16,500店舗の網を構築した[20]。網の価値は伊藤忠商事の食料事業と一体で測られ、2020年の非公開化はその帰結だった。
- [17]ファミリーマート 有価証券報告書 第29期(2010年2月期)【企業結合等関係】【経営上の重要な契約等】
- [18]ファミリーマート アニュアルリポート 2010「社長インタビュー」(代表取締役社長 上田準二)
- [19]ファミリーマート アニュアルリポート 2012「社長インタビュー」(代表取締役社長 上田準二)
- [20]ユニー・ファミリーマートホールディングス 統合レポート 2019「会長メッセージ」(代表取締役会長 髙柳浩二)