決断
震災の痛手を外国資本で埋め、その系列の看板で売ると決めた会社である。1923年の関東大震災で横浜の本店と川崎工場が損じたのち、1924年に大和木工を買って外箱の木工を内に取り込み、1925年ごろにはニッポダイン印のラジオに着手した。1927年には英国コロムビアが35.7%、米国コロムビアが11.7%の株式を取得し、1931年にはコロムビアの商標を得て盤のマークを二連音符に揃えた。1932年に電気製品とテレビを営業目的に加えた一方で、外資の支配は1935年に日本産業が英国側の持株を譲り受けるまで続いた。